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29「わたくし達の戦いはこれからだわ!」(終)

 

 正直、壊れた校舎はどうとでも言い訳が利くだろう。


 実際に当たって壊したのはフォーブラス・テイン先生だ。当然、先生にも後処理の協力はしてもらう。


 問題は怪我人の方だった。


 公爵令嬢としての立場を振りかざして「何も無かった事になさい」と命令、或いは言い含めてみたところで、このままでは怪我という物証が残ってしまう。


 今この段階では誤魔化せても、それぞれの自宅に戻った後で家族に傷が知られれば改めて問題にされてしまうだろう。


 蒸し返されるであろう事は目に見えているのだから、先にこの場で対応をしておくしかない。ではどのような対応が必要なのか。またどのような対応が可能なのか。


「……クラウディウスに看てもらうしかないのよね」


 テルマは深く息を吐く。


 一人一人の怪我を全てクラウディウスの聖属性の魔力で治療してもらった上でその事も含めた今日の出来事を全部、無かった事にさせるしかないか。……人の口に戸は立てられないのは重々承知だがそれしか道は無さそうだった。


「怪我の切っ掛けであるという悪評か、魔力で怪我を治して聖女候補と噂されるか」


 ……どっちもどっちではあるが、まだ「魔力治療」程度なら話の大きさの絶対値は高くない。「聖女候補」の噂を避けたいが余りに「『ゴーレム』を暴れさせて校舎を破壊し、他クラスの生徒に怪我を負わせた」などという前代未聞の悪評を受け容れてしまっては本末転倒になりかねない。


 アムレート公爵家の名前に傷が付く。クラウディウス本人にとってもマイナスしか無い。だったらまだ「魔力治療程度は聖属性の魔力を持った人間なら誰でも出来ますから」と嘘ではない言葉で煙に巻く事が出来る「聖女候補」の噂の方がマシだった。


 ――と。ちょうどテルマが今後の方針を決め終えたところで、


「お姉さまっ。テイン先生の魔力治療が終わりました。見えてるところも見えてないところも治しましたから。まだ眠ってますけどもう大丈夫です」


 クラウディウスがテルマのもとに帰ってきた。


「御苦労様」とテルマは笑顔で迎えた――つもりであったが、


「……どうかしましたか?」


 クラウディウスには何らかの違和感を覚えられてしまったようだった。


「ええ……と」


 テルマは少しだけ考えてから「……クラウディウス本人の事でもあるのよね……」と今し方、固めた方針の内容を軽く説明してあげた。


「あっ。じゃあじゃあ、みなさんの怪我は治すけどそれをわたしがやったって分からなければ良いんじゃないでしょうか」


「……頭巾でも被って顔を隠しながら治療するの?」


 クラウディウスの無邪気な話にテルマは疲れ顔で微笑んだ。


「そんな事しなくても。多分――」


 言いながらクラウディウスは突然、テルマに抱き付いた。


 テルマの胸に額を寄せる。合わせる。


「え? え? ちょ、なに? どうしたの? クラウディウス?」


 とテルマは慌てふためく。クラウディウスは、


「お姉さま。お姉さま。お姉さま……」


 テルマの胸におでこを押し付けながらぶつぶつと呟き続けていた。


 その体勢にあわあわとしていたテルマだったが、


「……え?」


 ふと気が付いた。


 ……空から何か降ってきている……?


「クラウディウス。これはあなたが……?」と自身の胸元に目を戻せば、


「…………」


 先程まで「お姉さま、お姉さま」と呟いていたクラウディウスが口と目を閉じて、何やら深く集中していた。


「……クラウディウス」とテルマは小さくこぼした。


 その表情、姿勢に漂わせている厳かな空気感は、まるで「聖女」だった。この国の人間ならば誰しもが一度は見た事のある「聖女」さながらの姿であった。


 気圧されたのかそれとも見惚れてしまったのか本人にも分からないがテルマェイチには「聖女」の祈りを妨げる事など出来なかった。


 空から降る「何か」は白く光っていた。まるで白い雨だった。


「きゃ……あ、あれ? 何かしら。この感じ……?」


「なん……だ? あたたかい……?」


「痛……くない? 血が……止まってる? ……え? 傷が無くなった……?」


 その「雨」に触れた人間の怪我はあっと言う間に癒えてしまった。その効力は魔力治療とは比べ物にならないくらい高かった。……とんでもない話だ。


 はっきり言って「奇跡」のレベルだった。


 これはもう「聖属性の魔力を持った人間なら誰でも出来ますから」なんて言い訳が嘘にしかならない「聖女の御業」だ。


 ……実体を持つ「ゴーレム」であったクランツを消滅させてしまったあの「槍」にしてもそうだが、クラウディウスはもう完全に聖属性の魔法を使いこなせているようだった。末恐ろしい……。


 ただでさえ「人の口に戸は立てられない」というのに。この「奇跡」を口止めしてみたところでどれほどの意味があるのか。その効果は全く期待出来そうになかった。


 どうして。こんな事に――。


 テルマにはもう、


「はあ……」


 と溜め息を吐く事しか出来なかった。




 その日の夕方、騒動からわずか数時間後には「固く口止めされていたはずの状況」の詳細な報告がオフィール・エルシノア第二王子の元に届けられていた。


「『白い雨』は怪我人を癒やすと同時に『ゴーレム』も無力化させました」


「カタチだけ『雨』を模したのではなくて『水属性』の性質も持ち合わせていたと」


「報告から見ればそういう事になりますね」


 報告書を閉じた王子の侍従が私見を述べる。


「クラウディウス・アムレートにはすでに『聖女』の資格があるのでは?」


「だが公的には『何もしていない』という事になっているのだろう? まだ何もしていない者を唐突に『聖女』と認定する事は無理であろう」


 オフィールは「くっくっくっ」と喉で笑った。


「公式には『魔法の暴発で校舎の壁が崩れた』だけだ。そして、あのクラスで魔法が使えるのは担当教師のフォーブラス・テインのみ――という事になっている」


「フォーブラス・テインも『自分の責任』としか証言しておりません」


 ――が。王子も侍従も当然のようにその証言は真実とは異なると捉えていた。


 そして、そのような工作をした『真犯人』の目星も付けられていた。勿論である。


「公爵令嬢の立場さえあれば誰でも簡単に教師を黙らせられるのか。責任を押し付けられるのか。そんな事はない。此処は王立学院だ。相手が長く勤めている老教師なら尚の事だろう」


 王子は笑った。


「何をどうすれば学院の一生徒が老教師を思うように操る事が出来るのか。やはり、テルマェイチの性格と頭脳は『現代の聖女』に相応しいと思わないか?」


「……お答え出来かねます」


「ふん。詰まらない奴だな」と一瞬は不機嫌になったオフィールだったがすぐに、


「まあ良い」


 とその表情を改める。テルマェイチ・アムレートの行動が余程愉快だったようだ。


「それにしても『白い雨』か。聖属性の魔法を普通に使っては出来ない芸当だな」


「する意味が無いとも言えます。敢えて雨の雫を形作るよりも光のままの方が無駄も手間も無く広い範囲に効果を望めます」


「しかし。今回のクラウディウスは――我々としては比較的に『簡単』だと思われるそれが『出来なかった』からこそ、わざわざ雨を降らせたのではないのか」


「そうとも考えられますが」


「『雨』有りきだ。先に『雨』があったからこそクラウディウスはその雨に聖属性の魔力を乗せて白い雨を作る事が出来た。クラウディウス一人では何も出来なかった。その『雨』を作った者とクラウディウスの二人が居たからこそ、聖女さながらの力が発揮された――というのはどうだ?」


「それは最早、想像を超えた創作です」


「今回は向こうの話を飲んでやるのだ。その代わり今後はこちらの話にも付き合ってもらわねばならん」


 オフィール第二王子は楽しそうに笑い、その侍従は困り顔をこしらえた。




 この日より数年の後に代替わりを果たす次代の「聖女」はその歴史上で初めて二人一組の一対が認定された。


 一部からは「半人前の聖女モドキ」と侮られるも徐々に積み上げられていく二人の功績から次第にその言葉も聞かれなくなっていくのであった。


 後の世に偉業として語り継がれる事となる二人一組の「聖女」が収めた成果の数々は過去の聖女の二人分どころか三人分にも四人分にも勝っていたという――。




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