愛妻家となった魔法師と彼に愛された半夢魔夫人
ラスト、第4話です!
かなり駆け足でしたが、楽しんで頂けたでしょうか?
少しでも楽しんでもらえたなら、幸いです。
暑い日が続きますが、熱中症には気をつけてお過ごし下さい!
それでは〜私の他作品を含め、今後ともよろしくどうぞっ(`・ω・´)ノ 島田莉音
始まりは、ただただ悪魔の血への興味だった。
悪魔は魔法に長けた種族。ハーフとはいえ、その血を引くならば彼女もまた、魔法に長けているはずだと思った。
けれど、実際に会ってみた少女は……とても小さくて。とても怯えていて。
………悪魔の血云々とか研究とか、そんなの言える雰囲気ではなかった。
それこそ、王子から言われた閨なんて殊更、出来そうになくて。
ラファエルは研究をしてみるつもりで、ニアの観察を開始した。
そして、彼は気づいた。
彼女は、普通の生活をしたことがなかったのではないか──と。
何を見るにも驚いていて、怯えていた。でも、目を輝かせて楽しんでいた。
必要最低限の知識はあるようだったが、身についている様子はなくて。
そこで、今更ながらに気づいてしまう。
ラファエルは自分の妻となる少女の過去を、話を、何も聞いていなかったのだ。
ただ、研究についてしか考えていなかった。
これから先、ずっと一緒にいることになるというのに……彼女のことなんて何も考えていなかった。
……そうして、互いを知る時間を作るようになって。
あまりにも無垢なニアの姿に、ラファエルは絆されて。
気づいた時には、ゆっくりとその胸に柔らかくて温かい気持ちを抱くようになっていた。
彼女のために、自分がしてやれることをしてやりたいと思うようになった。
そして──。
(……半分とはいえ、夢魔の血を引くのであれば……ニアはきっと、永生きする。ならば……独りにさせないために……彼女に残せるモノを残してやりたい)
そんなことを考えていることに気づいたラファエルは、ハッとして苦笑を零した。
全てを切り捨てて、魔法の研究を優先してきたのに。
…………少し前の自分では、こんな風になるなんて想像出来なかっただろう。
でも、悪い気分ではなくて。それどころか……今の方が、頭が冴えている気すらしていて。
「…………あぁ、そうか……俺はずっと……自分を自分で追い込んでいたんですね……」
ラファエルはほんの少しだけ泣きそうな顔で、微笑んだ。
*****
微かに開いた窓から入ってきた柔らかな風に、ベッドに横たわったラファエルは閉じていた目を、久し振りに開いた。
「おはようございます、旦那様。良かった……目覚めて下さって」
ふと声のする方に顔を向ければ、そこには今だに美しい妻の姿。
六十六歳だというのに二十代後半と言っても通ってしまうその容姿に、悪魔の血は凄いなとラファエルは思ってしまう。
相反して、彼の姿はどうだろうか?
もう殆どベッドから起き上がれなくなった。
髪の毛は白く染まり、肌は枯れた枝のようになってしまった。
…………もうすぐ、ラファエルは寿命を迎えて死ぬだろう。
これからも生き続けることになるニアを残して──。
もうこれ以上、同じ時間を共に歩めないことに。大切な妻を残して逝くことに……ラファエルは悔しさと悲しさを感じた。
「…………泣きそうな顔をしないで下さい、旦那様」
……五十年も連れ添えば、相手の考えていることなんて分かるようになるモノで。
ニアは困ったような顔をしながら、皺くちゃになった夫の手を取る。
「…………そんな顔、してませんよ」
「嘘つき。今にも泣きそうですよ」
「…………」
ラファエルは苦笑を零す。
いつから彼女には頭が上がらなくなったのだろうか?
いつから彼女の尻に敷かれるようになったのだろうか?
……もう、それも出来なくなるのだと思うと更なる寂寥が胸に満ちる。
彼はそれを誤魔化すように……ふと、ずっと聞き忘れていたことを口にした。
「………ねぇ、ニア」
「なんですか?」
「一つだけ、聞いても良いですか?」
「はい。一つと言わず、幾らでも」
「……何故、ニアは結婚を受け入れたんですか?」
「…………」
──きょとん……。
ニアは目を見開いて固まる。ラファエルはそんな変なことを聞いたかと、思わず首を傾げる。
しかし、彼女は驚いていた訳ではなく……今更過ぎる質問に呆れていただけだった。
「結婚五十年目にしてそれ聞きますか?」
「………なんだかんだと、聞いてなかったなぁと」
「……まぁ、確かに。旦那様が結婚した理由は、私の悪魔の血に興味があったからってのは聞いてましたけどね」
「…………それを話した記憶がないんですが」
「それはそうでしょうね。これ、殿下から聞いたので」
「…………ア、アイツ……」
ラファエルは七年前に先に旅立った上司……友人トラバルの顔を思い出して、若干の怒りを覚える。
きっと今頃、空の上で「あっ……やらかした」と呟いていることだろう。
ラファエルは追いついたらひとまず一発殴ることを決意する。
「私が旦那様と結婚した理由ですが」
亡き友人から妻への意識を切り替えたラファエルは、真剣な眼差しで彼女を見つめる。
ニアはその視線を受け止めながら、優しく微笑む。
そして──自身が結婚を受け入れた理由を、打ち明けた。
「悪魔って悪意が大好きじゃないですか」
「ん? あ、あぁ……そう、ですね?」
「それで、私もハーフなだけあって……その悪意を嗅ぎ取る能力を持ってたんです」
「…………」
ラファエルは何気に初めて聞く妻の秘密に、目を見開く。
「旦那様との結婚を殿下に提案された時──殿下から悪意は感じられませんでした。それに、私はずっと地下室暮らしで。自分で決めることも、どうすれば良いのかも分からなかった。だから……殿下に結婚してみないかと言われて、何も考えずに頷いただけだったんです」
「…………まぁ、そりゃそうでしょうね……」
「釣書を見て、一目惚れしたから……とかの方が良かったですか?」
こてんっと首を傾げた仕草は、どことなくあざとい。
ラファエルは苦笑を零して、首を横に振った。
「いや……悪魔の血に興味があって結婚した俺がとやかく言えるはずがないでしょう。それに……今が幸せだと言えるんだから、始まりがどうであろうと構わないですよ」
「…………そう、ですか。それなら……良かった」
ニアは少しだけ安堵したような柔らかな顔で、微笑む。
何も考えずに結婚したと打ち明けたことが、少し不安だったらしい。
けれど、政略結婚が当たり前の世界だ。顔を合わさずに結婚することもあるし、親の言う通りに従う結婚だってある。
結婚後にきちんと想いを通じ合わせて。子宝に恵まれたのだから……ラファエル達の結婚は〝良かった〟のだと断言出来るだろう。
ラファエルは自身の手に力を入れて、妻の手を強く握り返す。
「……ねぇ、ニア」
「はい、旦那様」
「……俺は、君を幸せに出来ましたか?」
「……………」
ゆっくりと閉じられていく瞼。
直前までハキハキと喋っていたと言うのに、ほんの一瞬で……彼の身体から生気が抜けていく。
〝あぁ、最後の時が近いのだ〟──と。
ニアは泣きそうになる。
「………俺、は……幸せでしたよ……君は、どうでしたか……?」
最後の時に幸せだったと言えるならば、それは良い人生だったのだ──そう言ったのは、誰の言葉だったか?
辛いこともあったけれど……ラファエルは今、確かに幸せだったと言える。
ニアは目尻から溢れた涙を拭って笑う。
──最後は笑顔で送ると決めていたから。
「私も幸せでした、旦那様。貴方と一緒になれて……私は、とても幸せでした」
「…………そう……なら、良かっ……た……」
閉じられていた瞼が微かに上がる。
覗いた瞳に宿っていたのは愛情。
ラファエルは口元に笑みを浮かばせながら、最後の言葉を告げた。
「……先に……いって、ます……ね……後から……おいで」
「っ……!」
「………沢山……思い、出を………聞かせ……て……」
ゆっくりと上下していた胸が動かなくなる。
それが意味することは……彼は二度と目覚めぬ眠りについたということで。
まるで眠るように彼は息を引き取った。
「………っ……あ……」
ニアの目から涙がポロポロと零れ落ちる。
今までの思い出が走馬灯のように脳裏に浮かび……胸を満たす悲しみに、嗚咽が漏れる。
「旦那っ……様っ……!!」
ラファエルの胸に顔を埋めて、彼女は号泣する。
まだまだこれから先──ニアは夫のいない人生を生きていくことになるだろう。
きっと、ラファエルと共にいた時間の方が短くなるはずだ。
それでも、彼女は……彼を想って生きていく。
彼の残してくれた愛の証を見守りながら、生きていく。
〝後からおいで〟という言葉は……ちゃんと、天寿を全うしておいでという意味だから。
「………はい、旦那様……いつか私が追いつくまで……どうか待っていて下さいね」
窓の隙間から入り込んだ風が、彼女の頬を撫でていく。
まるでニアを慰めるように、優しい風だった。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!
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