10-13
「武」
そして祝賀会の日、朝早く俺と眞有は駅前で待ち合わせした。
日曜日の早朝は、人が少なくて俺達は席を確保できた。
かたん、かたんと電車に揺られる。
「悪かったな。早めに呼び出して」
「全然。みんなで一緒だと、多分ゆっくり話す暇なそうだし」
眞有はにっこり笑う。
商店街の祝賀会はお昼から始まる。
撫山、永香、友亜貴、そして永香の彼を誘った。
待ち合わせしようかと永香に提案されたが、どうにか断り、俺は眞有と二人っきりで行くことができた。一緒にいくと、すごいことになりそうだ。
「武。ほら、見て。すごいいい風景だよ」
眞有はきらきら目を輝かせて、外を見ていた。
風景よりも彼女の笑顔に目を奪われる。
やっぱり、いい女だよな。
「何?」
じっと見ていたのに気が付かれたらしい、眞有は眉間に皺を寄せる。
ははは。こっちのほうが眞有らしいか。
「別に」
笑いかけると、窓の外に目を向けた。
電車を二本乗り継ぎ、俺達は町にたどり着く。
ひんやりと冷たく、山の恵みが含まれているような空気に、すがすがしい気持ちになる。眞有も同様らしく、すらりと伸びた手を大きく振って、深呼吸を繰り返してる。
「さ、行こうか」
「うん」
俺と眞有は歩き出す。
商店街に入り、賑やかな音楽が聞こえてきた。料理の準備をしているのか、いい匂いが漂ってる。
「おはよう!」
「あ、おはようございます」
商店街の人たちは皆、戻ってきたらしい。
閉まっていた店も開けられ、なにやら、割引などと書かれた看板が置かれていた。
活気づいた商店街の様子に圧倒されたのか、眞有が俺の服の裾を掴む。
かわいい。
俺は彼女の腰に手を当てると、実家の方へ足を進めた。
「兄ちゃん」
店には学の姿しかなかった。
「どうしたの?こんなに早くに」
「いや、何か手伝おうと思って」
「手伝い、ないない。あ、そうだ。彼女、えっと眞有さんでしたっけ?」
「はい」
「眞有さん連れて、町でもぶらぶらしたら。兄ちゃん、ひさしぶりだろう?」
「あ、うん。そうだな」
学にそう言われ、俺達は少し戸惑い気味に店を出る。そして歩いていると、ある場所を思い出し、眞有の手を取ると走った。
草の匂いがつんと鼻を刺激する。懐かしい匂いに目を閉じる。
俺は眞有を公園に連れてきた。
ここは母さんが出て行く前によく家族で訪れた公園だった。父さんと喧嘩して、家を出たとき、よくここに来ていた。
この場所が父さんが絶対に来ない場所で、隠れ家には最適だった。昼と違って夜は静かで、光が少なく、草の上に寝転がって空を見上げると美しい夜空が見えた。
昼はやっぱり少し煩いか。
ブランコや砂場が設置された場所で遊ぶ子供の声が聞こえてきて、そんなことを思う。
「いい匂い」
隣に同じように横になった眞有が空を見ながら声を漏らす。
「そうだろう?」
よかった。
嬉しそうな彼女の様子にほっとする。
「こうやって草の上に寝っ転がって空を見てると、なんか気持ちがすっとするんだ。まあ、時たま犬のフンとかあるから気をつけないといけないけど」
驚く彼女を見たくて俺はウィンクしながらそういう。すると顔を強張らせて、体を起こした。
「嘘?!」
「冗談だよ。ここの芝生は犬の散歩が禁止されてるから大丈夫」
まんまと俺の嘘にひっかかった眞有がおかしくて笑う。
すると彼女が目を見開いた。
「何?」
「いや、そんな表情初めてみた」
「そうか?」
笑顔なんていつも見せてるけど?
「うん」
彼女は神妙に頷く。
何か違うのか?
そうか。気持ちの違いかな。父さんにこの間会うまで、ずっと父さんに嫌われてると思っていた。だから、何もかがなんだか面白くなかった。
でも父さんに会って、気持ちを聞いて心が変わった気がした。ふわりと心が軽くなった気がした。
「眞有」
真有に実家のことはほとんど話したことがなかった。
でも少し話すべきだと思い、口を開く。
「俺、父さんとかなり仲悪かったんだ。だから家を出た。だけど、この件があって、父さんに感謝されて、今までのこと謝られた。母さんが男と逃げて以来、父さんは母さんに似てる俺を見るのが辛かったらしい。嫌いじゃなくて、どう接していいかわからなかったみたいだ」
高ぶった感情のまま、一気にそう言葉を吐き出す。涙があふれそうになったので、堪えるため、空に目を向ける。
「武。よかったね」
眞有はごろんと俺の隣に横になる。そしてそっと俺の手を触れた。
温かな眞有の手の感触は俺の心をますます和らげてくれる。
彼女の手を握り返した。
青い空にはぽっかりと白い雲が浮かび、ゆったりと流れていた。
隣の彼女に目を向けると、彼女は空を見たままだ。
彼女が好きだ。
俺に安らぎを与え、こうやって父さんと仲直りする機会を作ってくれた。
彼女は俺の救世主だ。
「眞有」
体を起こすと彼女を見つめる。
彼女にしっかり俺の心を伝えよう。そして正式に付き合ってもらう。
「眞有、本当にありがとう。俺、やっぱりお前とずっと一緒にいたい。だから、俺と付き合って」
俺の言葉に彼女が体を起こす。
「もちろん」
答えはYESで俺は踊りだしたくなる。
「眞有」
彼女の名を呼ぶとぎゅっとその体を抱きしめる。
そして唇を重ねた。
彼女は俺の単なる友達だった。
でもそんな彼女は、俺に優しさを与えた。
彼女は俺の大切な女だ。
友達なんて、なまちょろいもんじゃない。
眞有、
好きだ。
「あ、ここにいた!」
「加川くん!?」
目を閉じてキスをしていた彼女が慌てて俺から離れる。
「あらら。抜け駆け?よくないわね」
「安田。公共の場でよくないと思うぞ」
次々そう言葉があがり、友亜貴の後ろに永香とその彼氏の姿が見える。
「そんなんじゃないんです!」
眞有は顔を赤らめると腰を上げる。
くそ、邪魔しやがって。
溜息をつきながらも、しょうがないと立ち上がった。
「あれ?港は?」
「撫山さん?ああ、商店街の人に捕まって、なんか英語のミニレッスンしてるわ」
ははは。
そういえばここでは外人は珍しがられるよな。
「さあ、池垣さん。町でも案内してもらおうかしら?」
永香が腕を組んでふふふと笑う。
邪魔する気だな。
畜生。
「武。そういえばこの町に温泉とかあるの?私、温泉入ったことないから、あれば行きたい」
「温泉。それはいいわね」
眞有の言葉に永香が同意する。
「温泉?!あったかなあ」
俺は頭を捻って考える。
聞いたこと無かった。
「ありますよ」
ふいにそう声が割り込み、英語のミニレッスンをしていたはずの奴がふいに現れた。
「え、本当?どこ?」
「それはですね」
俺のほうが詳しいのに、奴がどこから持ってきたのか地図を広げる。
「池垣。お前の町だろう?すぐ案内できないのか?」
地図を囲んでいた永香の隣で男がそう言う。
温泉なんて、聞いたことない。
あるのか? そんなもの。
「ああ、ここです。歩いていけそうですね」
しかしあるらしい。
撫山が地図を指差しながら頷く。
「祝賀会まで時間ありそうだから、行きましょうよ」
「そうだな」
「武? いい?」
困惑してる俺に眞有が心配げな顔を向ける。
いいよ。
まったく、邪魔な奴らだ。
「行こうぜ、眞有。でも撫山、俺は場所知らないから。お前が案内しろよな」
「池垣さん、それはないんじゃないんですか?無責任ですよ」
「無責任とはなんだ」
友亜貴、可愛い顔してずばり言うな。
「言葉そのままの意味ですよ。あーやっぱり、池垣さんは頼りになりませんね。前言撤回です。私、やっぱり諦めないですから」
「な、撫山?!」
「港!?」
「ほほほ。私は大賛成よ。撫山さん、応援してるわ」
「俺も撫山さんだな」
「僕…僕もです」
くうう。
邪魔者たちめ。
俺の怒りをよそに、撫山たちはその温泉を目指して歩き始める。
「池垣さん、急いでください。遅れてますよ。眞有、そんな人置いといて先に行きましょう」
ぐいっと眞有の腕を掴むと撫山は俺に笑顔を向けて歩き出す。
「この、撫山~!」
しかし、俺の叫びは無視され、奴らは先を急ぐ。
よそから見たら、俺達は仲のいい友達に集まりに見えただろう。
でも俺は友達なんかより、眞有とゆっくりしたかった。
友情なんて、クソくらえだ!
撫山のあほやろう!
俺はそう叫びだしたくなりながらも、後を追った。




