9-2
十五禁ギリギリの表現があります。
なんだ?
パーティーが始まり、眞有の仕事の邪魔をするのもなんだと思い、階下のバーにいた。しばらく飲んでいたらトイレに行きたくなって、洗面所に駆けこんだ。
用を済まし、手を洗っていると鏡の中の俺が見つめているような気がした。
鏡の向こうの俺は、皮肉な笑みを浮かべ、嘲笑ってるようだった。
俺が選んだんだ。
自分の幸せを選んだ。
学と父さんのことを捨て、自分の幸せを選んだんだ。
十年も考えたことがなかった。
今更、捨てるも何もない。
でも……
鏡の向こうの俺はじっと俺を見つめる。
『武』
ふと脳裏に眞有の声が響き、胸が軽くなる。
俺にしがみついた眞有の暖かさを思い出し、安らぎを覚える。
そう。俺には眞有がいる。
彼女と一緒にいたいから、彼女の笑顔を見たいから、選んだ。
冷たい水で顔を洗うと、ハンカチで顔を拭う。
そして洗面所を出た。
腕時計を見ると、時間は十一時近く。
今ごろ、片付けか?
眞有のことを思いながら、バーに戻ろうと足を動かす。
するとエレベーターから少し離れた観葉植物の陰で、男女の影が見えた。お熱いことで視線をはずそうとすると、ふいに金髪の男の髪が光を受け、目に入る。なぜか気になってよく見ると抱かれている女は眞有だった。
「眞有?撫山?」
立ち止まり、気がつくとそう、二人の名を呼んでいた。
「武!」
眞有は俺に気がつくと顔色を変える。
「そういうことか。馬鹿は俺か」
結局、そういうことなんだ。
眞有は本当は、奴が好きなんだ。
俺じゃなくて。
馬鹿だ、俺は。
吐き気を覚え、二人から逃げるように背を向ける。
「武!待って」
眞有の声が聞こえたが、無視して、足早にホテルを抜けた。
間抜けな俺を、情けない俺を見られたくなかった。
眞有は俺を選んだと思っていた。
俺の側にいてくれると思っていた。
タクシーを待つ人の横に立ち、早くホテルを出ることを祈る。
「武!」
眞有が名を呼ぶのがわかり、俺の前に立つ。
乗客を乗せたタクシーが眞有に気づかず、発車しようとしているのがわかった。
「馬鹿!」
慌てて彼女の腕を引き、胸に抱きしめる。
「何やってるんだ!」
タクシーの運転手が急停止した後、窓から顔を出し怒鳴り声をあげる。
「すみません」
彼女を胸に抱いたまま、素直に頭を下げた。
馬鹿眞有、なんて無茶をするんだ。
無視した俺が悪かったが、こんな無茶をするとは思わなかった。
彼女らしくない。
言い訳でもする気だったのか?
それともに俺に同情か?
タクシーを待つ列から彼女を連れて離れる。彼女と話をするためにホテルの入り口の端っこで立ち止まり、彼女を解放した。
「眞有。お前、本当は撫山が好きなんだろう?」
情けない俺は眞有の言葉を待たず、そう尋ねる。
裏切られたわけじゃない。
俺が彼女を先に振ったのは事実だ。
「……違う」
眞有は俺を見上げるとそう答えた。
その瞳に揺ぎ無い気持ちが見えた気がした。
「じゃ、なんで奴の腕の中でじっとしていた?」
でも彼女を信じられず、再度尋ねる。
奴は本当に眞有のことを好きだ。
そんな奴の気持ちに眞有が答えても何も言えない。
最初に彼女を裏切った。
「それは……」
眞有が言葉を詰まらせる。
わかってる。
俺は答えを知ってる。
息を吐くと、口を開く。
「それは奴が好きだからだ」
「違う!私は好きなのは武だもん」
眞有は泣きそうな声でそう言い、俺を見上げる。
信じられるのか?
眞有が奴じゃなくて、俺を好きだなんて。
「……じゃ、俺の部屋に来て。今夜は俺と一緒に寝て」
彼女を試すつもりでそう言う。
本当に好きなら、答えるはずだ。
「うん」
ゆっくりだが、彼女がしっかりと頷くのがわかった。俺を見つめ返す視線は真っ直ぐで、固い決意が見てとれる。
彼女の腰に手を回すとタクシーを拾った。
彼女を逃がすつもりはなかった。
寂しい心を彼女の温もりで温めて欲しかった。
何も考えられないくらい彼女を強く抱きしめたかった。
マンションに着くと彼女を寝室に招きいれる。
震える彼女を抱き、唇を重ねる。
眞有の全てを感じたくて、何度もキスをした。
「眞有」
名を呼ぶと、その体をベッドに押し倒す。
眞有は俺だけのものだ。
「俺は奴にお前を渡すつもりはない。お前が奴を好きでもだ。好きだ。ずっと俺の側にいて。俺だけの眞有でいて」
俺は顔を上げると、彼女を見つめる。
眞有は俺をじっと見つめ返した後、両手で俺の頬を包む。手の平から彼女の優しさ伝わり、俺の胸がじんと温かくなる。
そして欲情以外の別の感情が浮かび、俺の目頭を熱くする。
眞有はやはり優しい。
俺を優しく包んでくれる。
眞有……
「武。私はいつも側にいるから。安心して」
彼女はそう囁くと、俺の頭をその胸に抱きかかえた。
彼女の鼓動がすぐ近くで聞こえ、安らぎを覚える。
「眞有……。側にいて。俺の側に」
そうして俺はその夜、彼女を初めて抱いた。




