8-3
「武、ここで待ってて」
夕食を終わらせ、玲美は店から出ると小走りでコンビニに走って行く。
今日は俺の家に泊まりたいと言われ、断れない俺は承諾。
家に行く前に近くのレストランで食事をした。
藤川の言葉を聞いたわけじゃないが、とりあえず普通に接するようにした。玲実は俺の様子に安心したのか、嬉しそうにしていたことに罪悪感を覚える。
仕方ない。
俺は眞有とよりを戻したいんだ。
だから計画は実行する。
ふと玲実を待っていると、懐かしいものが見える。
それは今ではほとんど見かけることがなくなった公衆電話で、コンビニの方に目を向けた後、小走りで近づく。
「動きそうだな」
携帯電話を取り出すと眞有の番号を探す、そして公衆電話に十円硬貨を入れる。ダイヤルを押してしばらくすると呼び出し音が鳴った。
「もしもし?」
「眞有」
眞有の声を聞いて嬉しくなる。
「武?」
驚いた彼女の声に同じように喜びの声があふれていて、胸が熱くなった。
「……よかった。出てくれて。今ならかけても大丈夫だと思って」
携帯電話でかけると絶対に玲美にばれそうだった。
公衆電話だと絶対にばれない。しかも、まだ玲美が店から出てくる様子が見えない。
大丈夫だ。まだ
「今公衆電話。まだ存在しててよかった。おかげで電話かけれた」
電話の向こうの眞有に笑いかける。彼女の吐息が聞こえ、俺の胸が苦しくなる。本当は堂々と電話をかけたかった。
こんな風に隠れてではなく。
「眞有。俺、あきらめないから。好きだって気持ちは本当だ。だから……」
「武!」
そう玲美に呼ばれ、慌てて電話を切る。
しかし、時は遅く、玲美は怒りをにじませて俺を見ていた。
「あの女に電話したの?別れたんじゃなかったの?」
「違う。親だ。携帯電話を落としたみたいで」
「落とした?」
玲美はふふんと皮肉げに笑う。
「電話かけてもいい?落とした人が取ってくれるかもしれないし」
「池垣さん!」
声をかけられ、電話をかけようとしていた玲美が手を止める。
現れた木村さんが神様だと思った。
「こんばんは。どうしたんですか?」
玲美に背を向け、木村さんに話しかける。
「店の様子を見に来たんですよ。こっちにしばらく顔を出していなかったし。そうだ、池垣さんに、えーと……」
「玲美です」
「玲美さんね!二人ともお店にきませんか?」
「え?」
「いいですね。玲美、そうしようぜ」
戸惑う玲美の腰を引き寄せる。
「木村さんの作るカクテルはうまいんだ。お前とちゃんと飲んだこともなかったし。な。いいだろう?」
「……いいけど」
玲美は不服そうだが頷いた。
そうして俺と玲実は木村さんのバーで飲むことになった。
「木村さん、ありがとう」
すうっと寝息を立て始めて玲美を見ながら、カウンター越しにお礼を言う。
木村さんのカクテルがおいしかったせいか、玲美ががんがんと飲み続け、とうとう寝てしまった。
今日こそ抱くしかないと思っていた俺は、かなりほっとしていた。
玲実は軽そうだから、家におぶっていっても大丈夫そうだ。
「池垣さんはどうするつもりなんですか?」
「まだわからないです。でも努力はするつもりです」
木村さんがどこまで知っているのかわからなかった。ただそう答え、ウォッカの入ったグラスを煽る。
「じゃ、ありがとうございました。霧元さんによろしく言っておいてください」
数分後、さすがに玲美に悪いと思い、バーを出ることにした。木村さんは俺の言葉に少しだけ顔を赤くしたが、またきてくださいと手を振る。
「武、武」
「なんだ?
呼ばれて返すが、背中の彼女は寝息を立てているだけだ。
なんだ、寝言か。
それほど想われてるってことだよな。
でも無理だ。
やっぱり眞有が好きだ。
彼女の声を聞くだけで、心が揺れる。
「よっしょ」
マンションの部屋に着き、寝室のベッドに玲美の体を横たえる。
シャワーでも浴びて、ソファで寝るか。
そう思ってベッドから離れようとすると、袖を引っ張られた。
「武。一緒に寝て」
それは玲美で、ベッドから半身を起して俺を見上げていた。その視線はぼんやりとしており、どう見ても寝ぼけているようだった。
「シャワー浴びたらな」
玲美の頭をなでる。
すると彼女はゆるりと笑い、体を再び横たえた。すぐに寝息が始まり、息を吐くと部屋を出た。
玲美を抱くつもりはない。
でもいつか抱かないといけない日が来る。
できればその日を少しでも遅らせたかった。




