5-5
「いらっしゃい」
家に帰る気もせず、木村さんのバーに立ち寄る。
しかし、店に入ったとたん、俺は後悔した。
霧元さんだ。
帰りたいが、木村さんの手前そうもいかない。
俺は悟られないように溜息をつきながら、霧元さんから離れた席に腰かける。
「どうしたんですか?元気なさそうですけど?」
木村さんがにこにこしながら、俺のところにやってきた。
するとすーっと、背中が凍るような視線を浴びる。
いや、マジで怖い。
男の嫉妬は怖すぎる。
いや女の嫉妬の方が怖いのか。
いやいや。
そんな馬鹿なことを考える。
「木村さん、ウォッカをロックでください」
こういうときは飲んでしまうのが一番だと、注文する。
「はいはい」
木村さんがそう返事して、俺に背を向けると視線が和らいだ。
はあー怖い。
まあ、これくらい嫉妬すると、木村さんも安心なのか。
眞有が撫山にキスした時、自分の惨めな姿を見せたくなくて、堪えた。
本当はあの時、奴の綺麗な顔を殴り飛ばすなりしたほうが、信じてもらえたかもしれない。
眞有は泣きそうだった。
もしかして彼女は俺を好きだったのか。
だったら、なんで今日、彼女は怒ったんだ?
わからん。
「どうぞ」
木村さんがにこりと笑って、グラスを俺の前に置く。
「ありがとうございます」
俺は霧元さんの刺すような視線を感じながら、グラスを煽る。香りが鼻から入り、俺の思考を震わせる。
「池垣さん、今回はどの方と付き合ってるのですか?」
ふいにそう聞かれ俺はぎょっとしてグラスを置く。
木村さんがそういうことを聞いてくるなんて初めてだった。
いや、俺に興味があるの?
それはないだろう?
そんなことになったら俺が霧元さんに殺される。
顔を引きつらせながら、木村さんを見る。すると彼は苦笑した後、言葉を続けた。
「私はあの安田さんって方が気になってて。彼女の会社が近くなので、よく見るんですよ。彼女は気づいていないみたいですけど。いつもなんだか張り詰めているような顔をしてるから。池垣さんが彼女を好きだったらいいなと思ったのですが……」
どうしようか。
言うべきか。
いや、言った方がいいだろう。
霧元さんの誤解も解けるだろうし。
「……俺はその安田が好きです。でも彼女は違うみたいですけど」
ちょっと子供じみてるなと思いながらもそう答える。
彼女が俺を好きかどうかなんて、まだ確証が持てない。
ただ、彼女を撫山に渡したくなかった。
「そうなんですね。それはよかった。彼女はきっと池垣さんが好きですよ。見ていたらわかります」
「そ、そうなんですか?」
「そうですよ」
ふふふと木村さんが笑う。
それがなんだか弟に言われているみたいな気になり、心が温かくなる。
そうか、眞有は俺が好きなんだ。
だったら自信をもってもいい。
よっし、明日、もう一度告白してやる。
嬉しくなり、木村さんにお代りを頼む。
そうして、終電まで飲み続けた。




