5-4
「あら?池垣さん?」
玄関に現れた眞有の母親は驚いた顔をした。
「こんにちは。突然すみません。眞有さん、いらっしゃいますか?」
「眞有……。ちょっと買い物に出かけてるわ。もうすぐしたら帰ってくると思うけど」
「それじゃあ、待たせていただいていいですか?これはお土産です。つまらないものですけど」
「ま、竹部のシュークリーム! 池垣さん、覚えてくれていたの? 嬉しいわあ。さ、どうぞ。上がってください」
眞有の母親は顔を輝かせると俺を中に入るように促した。
俺はスニーカーを脱ぐと、お邪魔しますと中に入った。
「まあ。そうなのね!」
「すみません。ご挨拶もせず」
「いいわよ。そんなの。大方眞有が挨拶なんかいらないって言ってんでしょ。はあ。嬉しいわ。お父さんに電話しなきゃ。池垣さん、今日この後ご予定あるかしら?うちで夕食でも一緒にいかが?」
「いいんですか?」
「もちろんよ。娘の彼氏と夕食を一緒にできるなんて嬉しいわ」
眞有の母親は、ほほほと笑うと、夫に電話かけてくると席を立つ。
うまくいった。
やっぱり、撫山はまだ眞有とは付き合っていないんだ。
今の時点で俺のほうが有利だ。
眞有の母親は俺を彼女の彼氏として認めている。
彼女も母親の嬉しそうな様子をみれば、きっと俺と素直に付き合ってくれるに違いない。
俺はそう期待して眞有を待つ。
「あ。眞有が帰ってきたみたいだわ」
電話をかけた後、十分ほどして眞有のお母さんがそう言った。
なんでわかるんだ?
そう思いながら、彼女と談笑を続ける。
笑顔を浮かべているが内心俺はどきどきしていた。
眞有を思いっきり否定されたら、どうする?
その可能性が大いにあった。
足音が聞こえ、台所のほうで物音が聞こえる。
眞有か?!
早鐘を打つ心臓を抱えている俺の前で眞有の母親がソファから立ち上がる。
「眞有~。お帰りなさい。池垣さん、来てるわよ。ほら、私が好きな竹部のシュークリーム覚えていてくれたみたいで、いただいたの」
彼女はほほほと笑いながら眞有の元へ向かう。
俺はゆっくりと振り返る。
すると三メートルほど先で眞有が顔を強張らせているのが見えた。
その表情には怒りも混じっているようで、少しだけ困惑する。
しかし笑顔を浮かべたまま、母子の会話に耳を傾ける。
「眞有。どうして教えてくれなかったのよ。池垣さんとお付き合いしてるってこと。隠さなくてもいいのに」
「!?」
母親の言葉に眞有の目が見開き、すぐに俺に鋭い視線を送ってきた。
何を考えているかわかる。
否定されるのが怖くて、立ち上がる。
「眞有。水臭いよな。眞有のお母さんなら何度も会ったことがあるから、話してもいいのに」
内心の動揺を隠して、笑顔を維持して眞有の元へ向かう。
彼女が金魚のように口をぱくぱくさせている。
「お母さん、嬉しくて、お父さんにも電話しちゃったわ。今日は池垣さんを囲んで夕飯にしましょうね」
そんな娘の感情に気づかない母親はにこりと笑い、さらに彼女を混乱に陥れた。
これは俺が提案したことじゃないからな、眞有。
混乱する眞有に同情しながらも、この機会に彼女を陥落しようと決める。
「奴には渡さないから」
彼女の肩を引き寄せ、その耳元に囁く。彼女がぎょっとして俺を見つめる。しかしその表情には驚きだけではない、別の感情が見えた。
眞有。
いいよな。
「どういうこと?」
後は二人でゆっくりといわれ、眞有は俺を部屋に連れ込んだ。そして部屋の扉を閉め、俺を睨みつけた。
「どういうって。俺は奴にお前のことをむざむざ渡すつもりはない」
その視線を余裕で返して笑う。
ここまできたんだ。
自分の気持ちに正直に行動するつもりだった。
かっこつけていたら、奴に眞有をとられちまう。
「っていうか、なんで? あんたは私のことなんてどうでもいいでしょ? 私と撫山さんがキスして動じてなかったし、今日なんて女の子と歩いていたじゃないの!」
眞有は畳み掛けるように俺へそう叫ぶ。
「……見てたのか?」
あの子とは玲美のことだ。
撫山と見ていたのか?
「ええ、ばっちりね。何を突然、思ったかわからないけど、私はあんたの遊び相手になる気はないのよ」
彼女はうんざりとばかり、息を吐いた。
確かに俺はいままで遊びすぎた。
彼女が信じないのもわかる。
「遊びか、遊ぶつもりはない。本気だ」
俺は彼女を見つめて、ゆっくりとそう言葉を紡ぐ。
「本気?だったらなんで、今日他の女の子といたのよ。かなり親しげだったけど」
彼女が口を尖らして俺を再び睨む。
可愛い。
嫉妬してるのか?
やっぱり俺のことが好きなんだ。
撫山でなくて。
俺の能天気な頭はそう結論を出す。
「偶然会ったんだ。むげに扱うと後で余計に面倒だから」
俺は玲美のことをそう説明した。他にどう説明していいかわからなかった。彼女には謎が多すぎる。何度か食事をしたなんて言ったら余計眞有が信じてくれなさそうだし。
しかし彼女の疑惑の目を変わらなかった。
「悪いけど、変な冗談やめてよね。あんたが私のことなんて、好きなわけないじゃないの!」
「なんでそう思うんだ?」
なんで信じてくれないんだ?
こんなに好きなのに。
「だって、私はあんたの好みじゃないし、かわいくもない。第一、撫山さんとキスしてた私を見ても顔色一つ変えなかったじゃないの!」
あれか。
だって、口なんて挟めないじゃないか。
あの時かなり動揺していた。
「……そう思う?」
かろうじて出した言葉に彼女は噛み付くように返す。
「思うわよ。だって私、見てたもん。あんた全然、私になんて構わなくて……」
彼女の声が不意にくぐもる。泣くんじゃないかとに思った。
その瞳が涙で潤んでるようだった。
俺のせいか。
俺は彼女の前で遊びすぎた。
「眞有」
信じて欲しくて彼女を見つめる。
「眞有」
「好きだ。これからもずっと俺の傍にいてくれ」
その言葉に眞有が何か言おうとするのがわかった。
でも俺は強引にその口を塞ぐ
彼女の唇はやわらく、俺はその感触を楽しむ。
眞有が体を震わすたびに俺の心がざわめく。俺は体を預け始めた彼女をベッドに押し倒した。
彼女がはっと気づき、体を起こそうとしたので、俺はその首筋を撫でるようにキスを落とす。彼女が震え、俺の両腕をぎゅっと掴む。
可愛い。
なんて可愛い反応なんだ。
やっぱり、眞有は初めてか?
俺が初めての男なんて、嬉しすぎる。
「眞有。好きだ。今日こそ、お前の処女をもらう」
馬鹿で正直な俺は、気がつくとそう口走っていた。
「!?」
そしてその言葉が、彼女の目を覚ましたことに、気がつかなかった。
気がついたのは頬に痛みが走った瞬間だった。
バチーン!
「いて!何するんだ。眞有」
俺は痛みでベッドから体を起こす。
眞有は俺から逃げ出すと立ち上がる。そして乱れた服を整えながら呆然とする俺を睨みつけた。
「もう、あんたの遊びに付き合うのはうんざりよ。好きだなんて嘘ついて。私と寝るのが目的なんでしょ!でも残念ね。私は処女じゃないの!」
処女じゃない?
あんな初な反応なのに?
「え? そうなのか? 相手は誰なんだ? 撫山さん? いや、まだだよな。じゃ、友亜貴? いや、違う。じゃ誰だ? 大学のころの奴か? それとも一夜の間違い。それとも、うーん。誰なんだ?」
あの反応はどうみても処女だ。
純粋すぎるだろう。
あれは。
「う、うるさいわね! なんで、あんたにそんなこと話さないといけないのよ。関係ないでしょ」
彼女が真っ赤になってそう怒鳴つける。
それがまた可愛くみえて俺は胸が躍る。
「悪かったなあ。俺はてっきり眞有は処女だと思ってた。そうか、そうじゃないのか。残念だけど、まあ。初めてじゃないと遠慮しなくていいよな。眞有」
痛む頬を摩りながら、眞有に笑いかける。
彼女が傷ついてるなんて思わなかった。
すっかり彼女が俺を受け入れると思っていた。
「いいだろう?」
再度言った俺の言葉に彼女が般若のような顔を見せた。
「誰が!帰って!」
バシーン!
再度彼女から痛い仕打ちを受ける。
なんでだ?
だって、正直に言ったまでだけど。
戸惑う俺に彼女の怒りが収まることはなく、家から追い出される。
駅に向かって歩きながら、彼女が怒った理由がわからなかった。




