5-2
「武の顔は本当、ミエ子さんにそっくりだね」
祖母がそう言うと、父はいつも嫌な顔をした。
母の記憶はおぼろげだ。
俺が三歳、弟が一歳の時に家を出て行ったらしい。
原因は男だと、後から分かった。
父は母を憎んでいた。
だから、母に似た俺の顔が嫌いだったんだろう。
「お前はどうしていつもそうなんだ!」
中学一年の時に初めて殴られた。
その時はやっと、父さんが俺を嫌いなんだとわかった。
その時から家を出ることばかりを考えていた。
そして、高校二年の時に奨学金制度があることを知って、別の県の大学に進むことを決めた。
「じゃ」
あの日、そう言って家を出た。
見送りは弟だけだった。
父はいつも通り店番をしており、俺に声をかけることはなかった。
父さん……
父さんの笑顔を見たのはいつだったか。あれは母さんがまだ家にいた頃だったか。おぼろげだけど覚えている。
「げっ」
水滴で頬を濡れたのを感じた。
それが涙だとわかり、慌てて体を起こす。
かっこ悪い。
夢で泣くなんて最悪だ。
テッシュペーパーをとりだし、涙をふく。
「げえ!」
ベッドの横の置き時計を見ると、時間は9時……
最悪すぎる。
いいや。
休もう。
そう決めると会社に電話を掛けた。
軽く怒られたが発熱を装い、切り抜ける。
でも昨日の今日では、仮病だとわかるだろうな。
ま、一日くらいそんな日があってもいいだろう。
涙で濡れた頬を水でばしゃんと洗い流し、歯を磨く。
さあ、どうしようか。
コーヒーでも飲もうと思ったとき、ふいに携帯電話が鳴る。
「もしもし?」
「池垣さん?」
それは意外にも加川友亜貴で俺は驚く。
何のようだ?
「あの今日、撫山さんが安田さんの家に行くみたいです」
そうやって友亜貴が話し始め、なんで彼が掛けてきたかわかった。
セックスの指南をしてやるからと言って、眞有のスパイをさせていたんだっけ。
でも昨日撫山に会うことは知らせなかったくせに。
そう思いながらも、撫山が眞有の休みを知り、家にお見舞いに行くことがわかり、にやりと笑う。
昨日のことは水に流してやろう。
これでわかった。
二人の仲はまだ、そこまで進展していない。
撫山がわざわざ会社に電話をかけて、眞有のことを聞くなんて、まさにその証拠だ。
高笑いしそうになる。
チャンスだ。
これは。
「池垣さん?」
「ああ、貴重な情報ありがとうな。今度ゆっくりセックスの秘訣教えてやるから!」
電話口で、友亜貴がもごもご何か言っているのを無視して電話を切った。
「さあ、俺も家に行ってみるか。たしか眞有のお母さんは竹部のシュークリームが好きだったよなあ」
大学の時、たまたま偶然、街で会った眞有のお母さんが竹部のシュークリームを持ってる俺にそんなことを言っていたのを思い出す。
竹部はちょっと遠いが、行くしかない。
意気揚々と外出するための服を選ぶ。
お母さんやお父さんにうけそうな、服か。
スーツじゃなあ、かっちりしすぎる。
よっし、ポロにするか。
爽やか青年風がよさそうだ。
眞有と撫山がまだ恋人関係でないことがわかり、心が躍っていた。
おかげで朝方見た家の夢なんて、頭の片隅に追いやられていた。




