4-3
「キス?」
「そうです。なんでも頬にちゅって感じだったみたいですよ」
翌朝、俺は時間を見つけて、永香の弟に電話した。突然かけてきた俺に少し驚いたが、素直に二人の関係を話してくれた。
が、俺の心配は当たったようで、ハーフの美男は眞有にキスをしたらしい。
撫山の奴。
会ったこともない男に対抗心を燃やす。
好きでもない女に頬にでも、キスはしないよな。
眞有のことが好きなのか、そのハーフの美形は。
いらつく。
眞有も昨日は全然そんなそぶりをみせなかった。
俺には秘密かよ。
もんもんとそんな想いを抱えている俺の耳に、拗ねた様な友亜貴の言葉が入ってくる。
「いいニュースだと思って、いろんな人に話したら安田さん、怒っちゃって。今から僕、あれは嘘でしたと言いにいかないといけないんです」
「え?!」
そんなこと、そんなこと言いふらしたら、逆に変な噂が流れると思うが。
「そういうことで池垣さん、僕忙しいので、次回またお話しましょう。その時はぜひそのテクニックを教えてください」
「テクニック?!」
驚く俺を無視して、電話は一方的に切られる。
なんだよ。
テクニックって。
姉もおかしいが、弟も同様だな。
しっかし、眞有も痛いこと頼んだよな。
周りからの視線が痛そうだ。
痛い視線を浴びる彼女の姿を想像する。
しゃーない、助けに行ってやるか。
「池垣?」
「すみません~! 外回り行ってきます」
椅子にかけてあるジャケットを掴むと上司に軽快にそう言い、部屋を出る。
足取りは軽い。
眞有に会えるのが嬉しかった。
でもキスされていたのはむかつくな。
そこらへん、聞いてみようか。
俺はジャケットを羽織ると駅に向かって歩いた。
ロビーで待とうか。
どうしようか。
眞有の会社の入っているビルに入り、俺はきょきょろと周りを見る。
五階だったよな。
電話してみるか。
そう思って携帯電話を取り出すと、エレベーター付近で身を凍らせている眞有を見つける。
やっぱりな。
俺は速足で近づくと彼女の腕を掴んだ。
「!」
眞有は驚いて顔をあげる。そして俺の顔を見て安堵の顔を浮かべた。
「さあ。お昼行こう」
俺の言葉に、彼女はこくんと頷く。俺達は周りの好奇な視線を感じながらも、颯爽とビルの外に出た。
「救世主登場だろ?」
会社近くの喫茶店に入り、メニューを広げながら、俺は眞有に笑いかける。彼女は先ほどまで強張っていた表情を幾分緩め、俺を見つめる。
その表情がなんだか一瞬俺を勘違いさせうようなもので嬉しくなった。
「なんで来たの?」
しかしやっぱりそれは一瞬で、彼女はぷいっと俺から視線をそむけるとそう聞く。
「確かめたいことがあって」
そう、キスのことを確かめたかった。
でもその前に……
「それにしても、お前馬鹿だなあ。広まった噂がデマだったなんて、友亜貴に言いふらさせるなんて」
「なんでそんな細かいこと知ってるのよ!」
彼女は一瞬考えた後、驚いてそう言いかえす。
それがまた可愛く見えてしまう。
俺って重症だな。
「知りたい?」
じっと眞有を見つめる。
「……別に」
しかし、彼女は視線を窓際に向けて、ぶっきらぼうに答えた。
ちぇ、眞有はいつもこうだ。
でも教えてやるか。
「つまんないな。友亜貴に聞いたんだよ。あいつ、永香と同じですんごい面白いな」
そう言いながら、宇宙人のような思考を持つ可愛い姉弟の様子を思い出す。
あの二人は本当におかしな姉弟だ。
常識を逸脱してる感じ。
眞有もさぞかし手を焼いているんだろうな。
その様子を想像し、くすくすと笑う。そんな俺を彼女は怪訝な顔を向けたが、はっと何かに気がつき、姿勢を正す。
「とりあえず来てくれてありがとう。あの時、武が来なかったら私、多分動けなかった」
手を膝の上に置き、俺を見上げる彼女は真剣だった。
その瞳に映る色は感謝の気持ちだ。
他意にはない。
本当、眞有は真面目な女だよ。
だから不器用で愛しい。
「本当、お前って不器用な女だよな」
溜息混じりにそう口にする。
「悪かったわね」
彼女はふんと鼻を鳴らし、すねたように頬杖をつく。
眞有も今回の失敗はわかってるらしい。
しかし、なんで、わざわざ噂を消させようとしたんだ?
キスされたのが本当は嘘だったとか、そういう落ちか?
「でも、キスされたのは本当なんだろう?」
真相を確かめたくて、そう尋ねる。
その視線が、追及するようなものだったのか、彼女は逃げるように俯いた。
「……うん」
しかし漏らした返事は肯定だった。
やっぱりか。
キスされたのか。
眞有はそれが嬉しいのか?
そうだよな、彼女は撫山って男を好きになりかけてる。
「ご注文御決まりでしょうか?」
ふいに頭上からそう声をかけられ、俺は顔を上げる。そうか、昼食を食べにきてたんだっけ。
そんなことを思い出し、思考を中断させられる。
手元に置かれたメニューの『早くてうまい、カレーライス』という文字を目に入ってきた。
俺達が話し始めて結構時間が過ぎてる気がした。
早く食べたほうがよさそうだ。
「えーと、俺はこれだ。カレーライス」
「カレー? それでいいの?」
眞有はあきれた様子で笑いながらそう口にする。
「ああ。お前もカレーにしたら? 時間もうないんだろう?」
俺の言葉に眞有が腕時計を確認し、ぎょっとした表情を見せる。
やっぱり、眞有は可愛いな。
表情がくるくる変わる。
一緒にいて飽きない。
そばに置いておきたい。
撫山なんかに渡したくない。
「じゃ、私もカレーで」
しかし彼女は俺の想いもしらず、そう慌てて注文する。
すると店員はぺこりと頭を下げてキッチンに走っていった。
あの調子じゃ、五分以内にカレーを持ってくるだろう。
その背中を見ながら俺はそんなことをぼんやり考える。
「時間ってあっという間に過ぎるのね」
そんな俺の耳に彼女の残念そうな台詞が届き、意地悪な俺が口を開く。
「俺と過ごす時間だろ?」
「そんなわけないでしょ。馬鹿。昼休みが短すぎるの」
予想通り、彼女は怒ったような顔をした。しかしふと表情を変えて俺を見る。
「で、あんたの用事なんだったの?」
用事か……
彼女の窮地を助け、キスのことを確かめたかかった。
用事はそれだけだった。
でもそれが用事だったなんて、言いたくない。
俺の変なプライドが邪魔をする。
「……忘れた」
俺は笑いながら短く答えた。
「……信じられない」
すると彼女が顔をゆがめ、俺を凝視した。
「俺もだ」
正直になればいいのに。
こんなに好きなのに。
俺も馬鹿だな。
「っつ」
ふいに俺を見ていた彼女が何がおかしかったのか、笑い出す。その笑い声があまりにも軽やかで、何だからすべてが馬鹿馬鹿しくなり、つられて笑う。
そうして俺達はカレーを食べる時間がなくなりそうなくらい笑って、別れた。




