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第九話 肉体強化?




 私が生まれてから、やっと1年の時が過ぎた。


 あの日。

 私の脱走が老執事にバレた日から、私の日常は……大して変わらなかった。


 いや、変わったと言えば変わった。

 しかし、それは悪い方向では無く、いい方向に変わったのだ。


 時折、あの老執事が来て様々な本を置いて行ってくれるようになった。

 それだけでは無く、本の読み聞かせまでしてくれるのだ。


 そのおかげもあり、もう大体の言葉ならば、理解可能になっていた。

 まだ文字の方は練習が必要だが、読む分にはそこまで苦労はしない。


 言語の成長だけでは無く、私の身体的成長も著しいものだ。


 ついにハイハイ歩きからも卒業し、立って歩く事が出来るようになった。

 そのおかげで、私は遂に自由の身……にはならなかった。


 残念ながら、侍女たちは夜もしっかりと私の部屋を見るようになってしまったのだ。

 老執事から強く言われたのか、部屋を出る隙を与えてくれない。


 最近では散歩と称して廊下を少し歩く事はあっても、それ以上先には進めないのだ。


 確かに自由は、制限された。

 だが同時に、『管理された自由』を得られたのだ。


 得られたものに比べれば、このぐらいの不自由はなんてことはない。


 知識、身体と同じく、魔力もまた、確実に成長している。


 最近は魔力放出と魔力操作に重点を置いて練習していたのだが……先日、ついに私は初めて指先にまで魔力を到達させることに成功したのだ。


 体の中で一番難しい場所への到達。

 それは、私の身体の中で、自由自在に魔力を操れるようになったと言っても過言ではない。


 しかしながら、全身に魔力を行き渡らせる事が出来るようになっても、未だ初めて立ち上がった時のような肉体の強化は出来ない。


 もっと何らかの方法が必要なのだろうと思い、今日も今日とて試行錯誤しているのだが、成果は無い。


 結局、何のための魔力訓練だったのかと思う事もあったのだが、将来役に立つ事があるかもしれない。


 それに、どうせ魔力訓練以外にやる事も無かった。



~~~



 いつもよりも肌寒い日。


 日課の魔力訓練をしていると、その時は唐突に訪れる。


 私はいつものように魔力を全身に行き渡らせて、キープをすると言う練習を行っていた。


 それは、トイレの小と大を両方我慢しているような辛さがあるのだが、そんな時、ふと思ったのだ。


「(これ、漫然と全身に行き渡らせるんじゃなくて、骨格や筋肉に魔力を集中させたらどうなるんだろう?)」


 と。


 私は思い立ったら吉日とばかりに、何の気なしに試してみることにした。


 まず、全身に薄く広げていた魔力を意識的に引き戻す。

 さらに、魔力を全身へと送り、魔力の密度を上げて行った。


 その行為は非常に難しく、どこか一カ所でも崩れれば、そこから一気に魔力が放出しかねないほどに不安定だ。

 しかし、これまでの訓練のおかげか、何とか魔力の密度を上げる。


 そして、そのままの状態で意識を集中し、自分の体の細胞一つ一つに魔力が行き渡るように強くイメージをした。

 完全に魔力は臨界点を迎えており、小さな変化でも崩れかねないほどに危うい。


 だが、私はそんな事を一切気にせずに、魔力をさらに圧縮し始めた。


 イメージは流すや留めるではない。

 体の隅々まで魔力を染み込ませるようなイメージ。


 そう心で念じながら、私がさらに魔力を圧縮した瞬間、今までとは明らかに違う感覚があった。


 臨界点を超え、爆発しそうだった魔力は、内側の肉体へと一気に流れ込み、魔力の圧力が消える。


 その事に驚いている私が、次に感じたのは不思議な感覚。


 そう、それは、まるで内側から支えられているような安心感であり、力が溢れてくるような力強さであり、病気にうなされる熱。


 そして、私はこの感覚を1度だけ経験した事がある。

 そう、初めて立った時の肉体強化のような現象。あれに非常に近い。


 私は、試しに近くに落ちていた本に手をかけた。


 これまでの肉体であれば、引っ張る事は出来ても持ち上げる事は出来ない重さの本。

 しかし、この状態で持ち上げてみれば、あまりにも軽々と本が宙に浮いた。


「……」


 ……軽い、軽すぎる。

 まるで、重力が無くなったのか?と錯覚してしまう程に、軽い。


 私はあまりの軽さに驚きながらも、手の力を徐々に緩めて、本を地面へと置いた。


 ドン、とまではいかないが、それなりの重さがある本は、少し大きな音を立てて置かれる。

 その音で、眠っていた侍女が目を覚まし、何の音かと周囲を見渡す。


「(……やばい、バレるか?)」


 私は今起こった事を誤魔化すために、本の上に座り込む。


 先人が残した知識の上に座るのは、私としても心が痛むが、背に腹は代えられない。


 そのおかげもあってか、侍女は私が本の上に座った時に出た音だと判断してくれたようだ。


 バレなかった事に安堵しつつ、私は今も体に残り続ける魔力に意識を向ける。


 まるで、骨や筋肉に魔力が定着してしまったかのような感覚。

 それは、魔力の持ち主である私ですら、干渉できない程に溶け込んでしまっている。


 この状態がいったいどれぐらい続くのだろうか?

 と、そう疑問に思った時、私の体内から魔力と熱が引いていった。


 元の感覚へと戻ったことに安堵したのも束の間、瞬間的に疲労が押し寄せてくる。

 視界が少し揺れた……いや、違う。私の体が限界を迎え、その場に寝転んだのだ。


 脈打つ鼓動が、いつもよりも速く、大きく聞こえる。

 全身が脱水症状の時のように力が入らず、立つことが出来ない。


「……」


 私は、この状態は非常にマズいと直感的に感じ取り、すぐさま声を上げて泣いた。


「えぇえん!えぇえん!」


 私の鳴き声に、侍女は何事かと駆け寄り私を抱き上げる。

 その状態になると、僅かに残った体力を振り絞って、水が欲しいと口にした。


「水……ほ……」


 だが、途中で力尽きてしまい、言葉が途切れる。

 しかし、それだけで私の意図を察してくれた侍女は、水を飲ませてくれた。


 ゴク、ゴク、ゴク、ゴクと。


 まるで自分の体ではないかと疑いたくなるほど水を飲み、ボトル一本を飲み干した。


 そこでようやく落ち着いた私は、息を吐く。


「プゥハァ―」


 疲れてはいるが、意識ははっきりしている。大丈夫だ。


 そう自分を落ち着かせて、体を弛緩させてゆく。


 そこで、侍女も私が大丈夫だと分かったのか、ゆっくりと私を寝台に寝かせた。

 毛布を体にかけられている間、私は先ほどの現象について思考を巡らせる。


 あの魔力が体にしみ込んだ現象。

 確かに初めて立った時と感覚的には似ているが、違う点もいくつか存在する。


 まず初めに、魔力の巡り方だ。


 初めて立ち上がった時、あの時の魔力は腹の奥から湧き上がり、胸へと広がり、そこから勢いよく全身へと駆け巡った。


 だが、今回は違う。

 最初から全身に魔力を行き渡らせた状態で、そこから内へ内へと押し込んでいった。


 二つ目に持続時間が違う。


 最初の肉体強化は、立ち上がった瞬間には終わっていた。

 それはほんの一瞬であり、文字通り刹那の奇跡と呼べるほど短かった。


 それに対して、今回は体感で十数秒。

 短いと言えば短いが、最初に比べれば、途轍もなく長い時間だ。


 そして三つ目が後遺症だ。

 これが、最も大きな違いだろう。


 初回は、疲労らしい疲労は残らなかった。


 だが今回はどうだ。

 全身から力が抜け、水を飲まなければ意識すら危うかった。


「(……原因は、たぶん明白だな)」


 私は、ゆっくりと思考をまとめる。


 たぶん、肉体強化は、魔力だけで完結していない。


 土台となる骨、内臓、筋肉。それらが必要になるのだろう。

 そして、それは赤子の肉体で行えば、必然的に反動は大きくなる。


「(要するに……今の体じゃ、まだ耐えられない)」


 魔力の総量や操作技術以前に、肉体が成長していない。


「(……どうやら、これは速すぎたようだな)」


 私は、その事を噛みしめるように、小さく息を吐いた。


 これまで自分が求めてきた肉体強化。

 そのたどり着いた先にあったのは、現状の肉体では使えないと言う現実。


 赤子の肉体では不自由だから求めていたモノが、赤子の肉体では使えないと言う事実は、私にとって落ち込むには十分すぎるものだった。




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