切っても切れない腐れ縁
魔女がいるかもしれない冷塔庫。
その前にあった凄惨な死体。
正直これだけで嫌な予感がぷんぷんである。
故に、男たちが尻込みしてしまうのは仕方のない事だった。
村の近くにやってきた魔物を追い払うだとか、酔って乱闘騒ぎを起こすだとか。
多少の荒事は経験していても、周囲の環境を変えてしまう力を持った魔女を相手に戦える力があるか、と問われると男たちは少し考えてからそっと首を横に振る。不意打ちをして一撃食わらせたとしても、それで仕留められるかとなると無理だ、と判断したのだろう。
それよりも攻撃を仕掛ける前に魔法でやられる可能性の方が高いとも。
だが、塔の中にいると決まったわけではない。
折角ここまで来たのにすごすごと引き返すわけにはいかない。少しでも食べ物を持ち帰らなければならないのだ。
そう決意して、男たちは少しばかり怯えながらも、それでも先に進もう! となったのだが。
扉を開けて即閉めた。
いたのだ。
何が、って、明らかに死んでいるであろう男たちが。
「一瞬しか見てないけどあいつ、いたよな……?」
「あぁ、戻ってこないと思ったが、死んでたのか……」
ユッカも扉が開いた時、ちらっとしか中を見る事はできなかったが確かに見えてしまった。
身体の一部がなくなっている男たちが床に並べられているのを。
死体が並べられた状態。
腕や足がない死体もあれば、塔の前に置かれていた男のように体内のどこかをくりぬかれたであろう者もいた。
先程思い切り悲鳴を上げたユッカだが、今度は悲鳴を上げる間もなかった。
驚いてはいる。そもそも死体なんてお目にかかる機会がない。
ニュースで事件や事故で死んだ人の話は聞いても、それは見知らぬ誰かであって自分の知っている人ではなかったし、だからこそ対岸の火事……と言ってしまえばそれまでだ。
どこか非現実のような光景だと思っていたのは、特に何のにおいもしなかったからだろうか。
血の跡があったが、既に流れる事もなく止まっていた。けれど、それでもそういったにおいがしてもおかしくはなかったはずなのに、何のにおいもなかった。だからだろうか。まるで生きていた人ではなく、そういったマネキンが置かれているのではないか……? なんて思ってしまった。
勿論そうじゃないとわかっている。
わかっていても、それでもすんなりと認められなかった。
「どうやらここで何かがあったのは間違いないようですね」
ユッカが目の前の現実を認識してどうにか心の平静を保とうとしていたが、それに気付いているのかいないのか、ディオスがのんびりとした口調で言った。
まぁ、あったんだろうよ、と言いたかったが上手く声が出てこない。
目の前の光景を受け入れようにも難しく、まるでデータの読み込みに時間がかかっているかのように思考が鈍い。嘘だと思い込もうとする部分と、現実だと認めようとする部分がぶつかりあって思考がゴールに辿り着かないのだ。
そんなユッカとは違い、ディオスもロゼも落ち着いていた。
ユッカと比べてそういったものを見慣れているのかもしれない。
頼もしい、と思うべきなのだろう。皆が皆一斉に悲鳴を上げてわーきゃー喚くよりはマシだ。
「それで、どうします?」
ディオスの言葉に誰も何も返さなかったが、特に気にした様子もないままディオスはそう問いかけた。
「どう、って」
「そりゃあ……その」
男たちも少し前までは食料を確保しなければ、と思っていたはずだが、床一面に死体が並んでいるのを見てしまった以上、気にせず進むぜ! とは言えないようだった。
まぁそんな風に言う奴がいたらユッカが「正気か!?」と叫んだだろうから、ある意味で男たちの反応は間違っちゃいない。
たとえば今見た死体の中に、村一番の力自慢がいただとか、そういう話は聞いていないけれど。
それでもこういった時に食料を確保しに行ってくるぜ、なんて言い出すのはある程度頼りになる奴だと相場が決まっている。
食料、という生きていく上で重要な存在を村で頼りにならない奴に頼んだとして、無事に持ち帰ってくるかなどわからないのだから。最悪食料確保して村に戻らず他の場所に逃げる可能性だってあるのだ。
であれば、確実性を重視するはずなわけで。
だがそんな頼って送り出した相手が戻ってこない挙句ここで死体になっているのだ。
まぁ、乗り気で進もうとする奴はいないだろうな、とはユッカも思う。
かたき討ちを兼ねて進むとかならあるかもしれないな、とは思うけれど怒りに任せて突撃したところで返り討ちにあうのがザラだ。
「これは提案なのですが」
「な、なんだよ」
驚きも戸惑いもしていないどこまでも平淡なディオスの声に、男の一人がたじろいだ。
「貴方たちは引き返してここでの事を伝えに回ってもらえますか?
その代わり食料は僕たちが回収してきます」
「いや、それは……」
「我らは確かによそ者でそれ故に信用ならぬ、と言われてしまえばそれまでだが」
「いいや、頼めるか?」
「その方がよろしいかと」
よそ者、部外者。無関係の存在。
そういったものである、とディオスが堂々と言った事で男たちは何も言えなくなってしまった。
数秒、沈黙が彼らを覆い尽くす。
だがその数秒で一人が結論を下したらしく、どこか思いつめた表情でそんな風に言うものだから。
ディオスは「お任せください」と彼らを安心させるようにそう言ったのだった。
――というわけで早速塔の中に足を踏み入れ、死体が並ぶ一階を怖々とした足取りで進んで二階へ行こうとしたところで。
突如死体が起き上がった。
「いやーーーーっ!!」
乙女のような悲鳴を上げたのはフォリスである。
それと同時にボッと音を立てて蒼い炎がフォリスの周囲に浮かび上がる。
それに触れた死体はあっという間に燃えつきて灰になった。
「ユッカ、そこ動かないで」
「え、あ、うん」
一体何が? なんて思う間もなくロゼも行動に移ったようで、気付けばユッカは淡い光に覆われるように立っていた。
「その障壁の中にいれば安全だから」
そう言われて。
ユッカは何をするでもなくロゼたちが動く死体と戦う様を眺めていたのである。
「いや何これどういう事なのさ」
障壁と言われた光は淡く薄いので、大丈夫と言われてもそうすんなりと信じられない。
だからといってここから出るつもりもユッカにはなかった。
なので、ロゼやディオス、それからフォリスが動く死体と戦う様子を眺めるしかなかったのだ。
驚きで尻尾がぶわっと膨れたフォリスは、うわぁ、だの、ひゃあ! だのと悲鳴を上げながらも蒼い炎でもって死体を灰にしていく。ひんひん泣きながらも相手の攻撃を回避してきっちり倒しているあたり、相当な実力者であった。
実力者が三名いる事で、あっという間に死体は消える。
「いいのかなぁ……埋葬もマトモにできなくなってるけど。
いやでもこうするしかなかった、っていうなら仕方ない……か?」
自分は一切手出しできていないので、どうしてそんな事を! だとか言えるはずもない。
というか非戦闘員なのでこの場合、下手をしたら自分の方が死んで彼らの仲間入りを果たしていたかもしれないのだ。
倒し方にまで注文するような事、言えるはずがない。
相手が生きているのであれば、生け捕りにしてだとかの注文はしたかもしれないけれど。
確実に安全だと判断したらしくロゼが障壁を消す。
光が消えて、そうしてユッカは改めて床を見た。
フォリスが灰にしているのを見て容赦も何もない……! と思っていたけれど、ロゼとディオスに至っては灰すら残していなかった。跡形もなく消滅である。
下手に一部だけ残っていても、その一部が同じように動き出したら……と考えれば、それは正解なのかもしれない。灰が残っているとはいえ、流石にそこから復活はしないと思いたい。
(灰から復活って吸血鬼だったっけ? ゾンビはなかったよね)
ユッカの朧げな知識がこの世界でどこまで通用するかはわからないが、とりあえず復活はしないはずだ。もし復活するのであれば今頃ロゼかディオスのどちらかが灰も消し去っているだろう。
次にユッカが見たのは天井だ。
一階のフロアは死体が並べられていただけで、他に何があるわけでもなかった。
壁を伝うように階段があって上に行けるようになっている。
この冷塔庫はかつてこの地区に暮らしていた大きな人と呼ばれる種族が作ったと言われているけれど、階段の大きさはむしろユッカが普通に扱える通常サイズだ。
村の人たちの先祖も食料を集めるのを手伝った、と言っていたし、もしかしたら階段は後から設置されたのかもしれない。
大きな人は大体三メートルあると言われていた。
なので天井が高い。
大きな人たちがこの中に入って移動するにあたって、狭いと大変だしそれについては理解できる。
だが――
「階段が私みたいな普通サイズの人用っぽいけど、じゃあ大きな人はどうやってこの塔の上に移動したんだろ?」
天井も何もないてっぺんまで吹き抜け状態で、壁面をよじ登って移動して途中途中にある食料を手を伸ばして取っていくシステム……というわけでもなさそうだ。
いやむしろそんなまどろっこしい事をするくらいなら、コンテナ作ってそこにしまえよと突っ込んでしまうかもしれない。
だが、ユッカが想像したものとは異なるわけで。
「多分魔法じゃないかな」
「えぇ、特定の定められた相手だけが使える魔法陣とか」
「魔法陣?」
ロゼが事も無げに言って、それを補足するようにディオスが言う。
「必ずしもわかりやすく設置されているというわけではありませんよ。使う時だけ、特定の相手の魔力に反応して浮かび上がるなんて事もあります」
「って事は床に刻まれてるかもしれないって事か……」
魔法の詠唱をするなりぶわっと足元から魔法陣が浮かび上がるのを想像する。
確かにありそう、と思ったので大きな人がどうやって上に移動していたのか、という疑問は一先ず解決した事にしておく。
「それって私たちは使えないんだよね?」
「でしょうね。先程の死体の処理をしていた時に床に魔力を流してみたりもしましたが、何の反応もなかったので。
恐らくは特定の種族であるだとか、決められた者のみのものだと思われます」
「そっかぁ……」
楽して一気に最上階、とはいかないようだ。
「また、階段のぼらないといけないんだねぇ……」
クークラの城に行くまでの事を思い出して、うんざりした表情を隠しもせず呟く。
「なんか塔そのものにトラウマ持ちそう」
その言葉は、悲しい事に冗談でもなんでもなくかなり本心だった。




