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ロゼとユッカ~二人がおうちに帰るまで~  作者: 猫宮蒼
一章 道しるべを探す旅

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自由を得るまで



 ユッカが今しがた見たものを口頭でロゼに伝えるには、情報量が多いなと思ったので。

 ロゼの魔法で今ユッカが見たクークラの記憶をそのまま同じように伝える魔法はないものかと問えば、ロゼはそれならできるよと言ったからこそ、ユッカは自身の記憶をロゼに見せる事にした。


 一応事前確認をして、こちらが知られたくないような記憶は知られないとの事なので安心して見たものをそのままロゼに伝えられる。


 そうして改めて見せられたクークラの記憶。

 それはロゼにとって、驚くべきものだった。


 最初にロゼが見た記憶は、本当にさらっとしたものであった。

 上澄みと言ってもいい。


 けれどユッカが見た記憶は。



 まず、クークラが生まれる前の母の声から始まっていた。

 娘の情緒に不安を覚えたマギサリュクレイアは、やはり一人で過ごしている事が多いからだろうかと呟いていた。母が近くにいても、娘であるローザローゼシカの感情の起伏はほとんどなく、むしろ彼女こそが人形と言われてしまえば納得すらされそうだった。


 それに悩んだマギサリュクレイアが、娘に少しでも感情豊かになってほしくて与えたのが、クークラである。


 クークラはマギサリュクレイアが手ずから作り上げた人形である。

 その中には核となる魔石を埋め込み、ローザの成長と共に彼女も成長し、いずれは友となるはずだった。

 すぐにクークラの自我が芽生えるわけではなかったが、それでもこの時点でクークラの意識は存在し、幼いローザをクークラもまた見てはいたのだ。物言わぬ人形のまま。


 母親が自分のために作ってくれた、というのもあり、人形を受け取ったローザは嬉しそうだった。

 普段あまり表情の変わらない娘が微笑んで「大切にする」と言うものだから、母も同じように笑い返した。


 それを見て、ロゼは思わず動揺した。


 全く記憶に残っていなかったのだ。


 けれども確かにその記憶を見る限り、ローザが抱きかかえている人形はクークラである。

 ほんのりと頬を紅く染めて嬉しそうに人形の手を掴んで揺らすローザを、ロゼはまるで他人を見るような気持ちで見ていた。


 言葉の通り大事にしているのを見たマギサリュクレイアが、その人形に名前をつけてはやらないのかと問えば、ローザは少し考えた上で――


「じゃあ、クークラ」


 淡々とした声でそう返していた。

 その言葉にマギサリュクレイアは一瞬だけ目を見開いて、

「本当にその名前でいいのか……?」

 と聞き返したが、ローザは「うん」と言ったきり。


 まぁ娘が納得しているのならそれでいいのだろう、と思ったマギサリュクレイアはその名前は流石に……と言う事もなく、ただちょっと複雑そうな顔をしていたけれど。

 母の言葉に返事をした後、ローザはクークラの周りにいくつかの道具を置いてままごと遊びを始めてしまったので、その後に呟いた母の声は聞こえていなかったのだろう。


「人形の名前に人形クークラか、そのまますぎるが……本人がそれでいいなら、まぁ……」


 ちなみにこのシーンをユッカが見た時、ユッカは声に出さなかったが流石に心の中で突っ込みを入れた。


 だってその名前の付け方はユッカにニンゲンと名付けるようなものだ。

 名前をつけるのが苦手、という存在も世の中にはいるので何とも言えないが、流石に個体識別するための名前に種族名そのままをつけるのはユッカとてどうかなと思うわけで。

 犬にイヌって名前をつけるとか、猫にネコって名付けるようなもの。

 三毛猫にミケって名付けるのはギリ許せるが、三毛猫の名前がネコだったら「えっ!?」という反応をしてしまっても仕方がないかもしれない……とユッカとしては思うわけで。


 けれども全員が全員そういう考え方というわけでもない事を、ユッカは知っている。

 だからまぁ、思う部分はそれなりにあれど、ユッカとしては内心で突っ込むだけに留めていたのである。


 ともあれ、記憶の中のローザはクークラを与えられてから確かにずっと一緒だった。

 寝る時も、ご飯を食べる時も、本を読む時もずっと片時も離れないくらい一緒だった。

 母から魔法を教えられて、練習をする時にうっかり巻き添えにしてしまわないように、と離れたところに椅子を置いてそこにクークラを座らせて、なんていう光景もあった。


 クークラの言葉の通り、ローザとクークラはいつだって一緒だった。

 マギサリュクレイアが何かの用事で家を出ていって、そのたび家には幼いローザだけが残されていた。

 それでも以前と違い、ローザの腕にはクークラがいる。

 母の不在で寂しそうにしているローザに、早く自分も動けるだけの魔力を得なければ……とクークラが思っている事も知った。魔石を埋め込まれたクークラは、相応の魔力を得れば動けるようになるし言葉も話せるようになる。そのつもりでマギサリュクレイアが作っている事をクークラはよく知っていたのだ。


 ローザがクークラに魔力を注ぎ込めば、もしかしたらもっと早くにそうなっていたかもしれない。

 けれどローザはそういった事はしなかった。そもそも母から魔石を埋め込まれている人形だと言われたわけでもなく、また下手に魔法の実験台にして壊してしまったら……と考えていたようだったので、ローザのクークラに対する対応は本当に普通の人形を大事にしているだけでしかなかったのだ。

 いつでも一緒に、けれどなるべく汚さないように。丁寧に、慎重に。でも時として大胆に。


 その様子はユッカの目から見て、どこにでもいる普通の女の子に見えていた。


 町から離れたところで暮らしているローザは一人で町には滅多に足を運ばなかった。

 母が戻ってきた時に一緒に足を運ぶ事はあっても、クークラを抱きかかえたまま一人で行く事はなかったのである。

 だからこそ、クークラが見せてきた記憶の中の光景の大半はローザの家だ。時々庭での光景もあったけれど、ローザの人形の扱いは決して乱暴なものではなく、見ている分には微笑ましい。


 けれども、その光景は少しずつ変わっていった。


 マギサリュクレイアが家に戻らなくなる期間が長くなっていって、ローザは一人で町に買い物に出かけるようになった。一人で家の中の事をして、魔法の本を読んで。

 幼い頃にいつでも抱きかかえるようにしていたクークラは、放置されていたわけではないけれど。

 ベッドに、机の近くに。

 ローザの近くにありはしたけれど、一人でままごと遊びをするような年齢でもなくなって、大切な人形は気付けば幼い頃のローザの遊び相手から、お気に入りのインテリアへと変わったようだった。


 じわじわと周囲の魔力を集めていっても、それでもまだクークラが動くには至らなかった。

 ローザがクークラの内部構造に気付いていればまだしも、気付いていないまま、そしてマギサリュクレイアもその事実を明かしていなかったから、クークラはいつまでも物言わぬ人形のままだった。


 それでも、クークラがクークラとなる以前から。

 既に彼女の意識はそこにあった。魔石を核として。

 言ってしまえばクークラの本体は人形と言うよりも、その魔石である。

 そしてマギサリュクレイアは、脆い素材を用いたりはしなかった。その分成長に至る魔力をより多く必要としていたという事実を把握できていたのは、物言わぬクークラだけだ。


 自分がいない間の心の慰めに、といった風に作ったマギサリュクレイアは人形の様子をいちいち確認したりはしなかった。その頃にはマギサリュクレイア本人が心配していたローザの情緒面も、彼女が心配していたラインを越えたかしたのだろう。そうでなければ、彼女ももうちょっとクークラの事を気にかけたかもしれない。



 そうして成長したローザは、大抵の事は一人でこなせるまでに至った。

 魔法薬を時々作って町に売りに行って、お小遣いを稼いだりして日々を過ごしていたローザの手にクークラの姿はない。

 クークラはいつだって窓際で家を出て行くローザの姿を見送って、帰ってくるのを待つだけだった。


 それでも完全に放置されているわけでもない。

 早く動けるようにならないかしら……そうクークラが心から焦がれていた事を、ロゼもユッカもその記憶で知る事となったが、既にこれは終わってしまった話である。今から何を思ったところで戻らない過去の話だ。


 クークラがそうやって家の中でひたすらにローザを待ちわびるだけの日々が続く。

 成長していくローザは薬を作って売りに行くだけではなく、魔物を倒すようになったりして魔女としての実力もメキメキとのばしていった。

 それをクークラは誇らしいような気持ちと、同時に寂しい気持ちでもって見守り続けていた。


 その部分はロゼが見せられたクークラの記憶に存在していなかったのか、ロゼは「そんな……」と小さく呟いていた。

 ずっとずっとクークラはローザの傍にいた。言葉を発する事ができなくても、それでもいつかは……そう願ってそのいつかが来る日を待ちわび続けていたのだ。


 だが――


 ローザが成長し、すっかり一人で生きていけるだけの力を身につけた頃……といっても、ローザの見た目に特に大きな変化はなかった。人間であればきっと外見にもっと大きな変化があったかもしれない。けれども長い年月を経てもローザの見た目は然程変わらなかった。ただ、記憶の中の風景が少しずつ変化していって、それである程度の年月が過ぎ去ったのだとユッカも把握できただけで。


 ともあれ、人間であれば赤ん坊がすっかり成長して大人になっていてもおかしくないくらいの年月が経過して。


 ローザは町にやってきた少女と出会った。

 他の地区から引っ越してきたのだという。

 今まで過ごしていた土地から離れた理由は知らないが、親に連れられてきたところから親の事情に振り回される形となったのだろう。

 仲の良かった友達と引き離される形になって、少女は酷く寂しげであった。


 そんな少女に同情したのかはわからない。

 ただ、ローザはそんな少女に窓際に飾ったままだったクークラを手渡した。

 とても愛らしい人形に少女は一瞬ぽかんとした表情を浮かべていたが、次の瞬間花がほころぶように笑う。


「ありがとう! 大事にするね!」


 そんな少女の言葉が、それが、クークラの言う「捨てた」という意味であると気付くのはすぐだった。


 ローザとしては捨てたつもりなんてなかった。

 ただ、恐らくはそれなりに親しくなった少女がそれでも寂しそうだったから、という理由からだったのだろうとはユッカも想像できる。

 寂しさを紛らわすように森で遊んでいた少女と出会ったローザは度々少女の話し相手にはなっていたようではあるけれど、遊び相手になるまでにはならなかったから。

 それでも少女を放ってはおけない、と思ったのだろうなとはユッカにも想像ができたし、少女がローザの事をお友達になれそうな相手と思っていて、ローザも少女の事を悪くは思っていないようではあったから。

 だからこそ、ローザはもうお人形遊びをする年齢でもないし……なんて思って、結果として大切にしてくれると思った少女へとクークラを譲渡した。そういった想像はユッカじゃなくてもできただろう。


 だがローザがクークラを少女に渡したところから、クークラの心は変化する。

 ずっと一緒だと思っていた相手が自ら手放したのだ。裏切られた。捨てられた。

 そう思ったけれど、それでもまだクークラは自らの意思で動く事も喋る事もできなかった。力がそこまで溜まっていなかったのだ。

 いくら魔女の近くに居続けても、その魔力を勝手に奪えるような力をクークラは持っていない。

 周囲にある魔力を少しずつ長い年月をかけて集め続けるだけしかできなかった。


 だから。


 心の中でどれだけ嫌だ離れたくない捨てないでと叫んだところでローザにそれが届くはずもなく。

 クークラを大事に抱きかかえた少女と共に、クークラはローザの家から別の場所へ。


 どれだけの歳月が過ぎたのかはわからない。

 けれども、人間の一生を何度か過ぎる程度には時間が経過したのだろう。

 ローザがクークラを渡した少女はやがて大人になり、結婚し子供が生まれ、その子供に人形を受け継いでいく。

 そしてその子供も大きくなって結婚して、次の世代へとクークラを譲り渡していく。

 娘が産まれなかった時には、孫や姪といった相手へ譲られる事もあったようだが、譲られた先の少女たちは皆、クークラの事を大切に扱ってはいた。


 マギサリュクレイアが作り上げた人形は普通の人形と異なりあまり汚れる事もなければ、破損するような事もなかった。勿論、壊そうと思って行動していたのなら多少なりとも傷はついたかもしれないが、歴代のクークラの持ち主たちは愛らしく作られたクークラを大切に扱っていた。


 裕福な家じゃない時もあったが、それでも持ち主は人形を売ろうとはしなかった。

 きっと、売ろうと思えばそれなりの値段になったかもしれない。けれども所持者たちは前の所有者の想いも受け継いで本当に大切に扱っていたのだ。


 だが、扱いは丁寧であったとしてもだからクークラがそれらを許せるかは別だった。


 クークラにとっての持ち主はローザローゼシカだけで、それ以外の相手はそうではない。

 どれだけ少女たちが丁重に扱ってきたといっても、少女たちはローザではないのだから。


 いつか、ローザのところへ帰る事ができるだろうか。

 そうしたら、この想いをぶつけられるだろうか。

 もしかしたらもう自分の事など綺麗さっぱり忘れ去っているかもしれない。

 そう考えるとクークラの心は傷ついたし、とても悲しかった。

 クークラにとっての一番はローザだったのだから。唯一と言ってもいい。


 そうしてどれだけの月日が流れただろうか。


 ある日、新たな所有者となった少女に連れられて向かった先で、クークラは一人の女と出会った。


 女はクークラが魔石を核として埋め込まれた人形であると一目で見抜いた。


「ねぇ、自由になりたい?」


 だからそんな風に問いかけてきたのだ。

 突然見知らぬ女にそんな風に声をかけられた少女は何を言われているのかわからないとばかりに女を見上げるだけだったが、クークラは心の中で叫んだ。

 勿論よ! と。

 そんな心の声を聞き届けたのか女はぞっとするような美しい笑みを浮かべて、クークラに力を与えたのだ。


 膨大な魔力。

 それはあっという間にクークラの身体の中を巡り、クークラはそうして自由を得たのだ。

 誰かに抱えてもらわないとどこにもいけない人形から、自分の意思で好きな場所に行ける身体。

 誰とも言葉を交わす事すらできなかった物言わぬ人形から、自らの思いを伝えられるようになった。


 女は言った。


「貴方の思うままに行動なさい」


 だからクークラは。


 偽りの所有者から自由を勝ち取り、そうしてローザの元へと向かったのである。

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