落とし者、再び
(ボク以外の魔女、ねぇ……)
ユッカの肩に乗ったまま、ロゼは先程のディオスの言葉を思い返していた。
ロゼは確かに魔女だけれど。
近くの町にはあまり出かける事がなかった。
時々足を運ぶ事がないわけではなかったけれど、頻繁に出向くような用事もなければ親しい友人と言える者もいなかったので、基本は食料を買いに行くだとか、魔法薬を売りにいくだとか。
そういった仕事と言えなくもない事でしか出向く事がなかったのである。
少なくともこの世界において魔女という存在は珍しいものではない。
恐らくどの地区にも一人や二人はいるはずだ。
その他に旅をしているソルシエルロスたち。
旅をして、気に入った場所があればそこで生活をする者たちもいるので別に魔女だから、どう、というわけでもない。
勿論、あまり関わりのない地区もある。
そういったところでは悪党の代名詞のように魔女や悪魔という言葉が使われていたりもする、とロゼは知識として把握はしている。
けれどもそれはあくまでも悪党や犯罪者にむけての比喩的表現で、実際の種族に対してのものでもない事は明らかなのだ。
だが、それでもそういった種族が何らかの悪事に手を染めた場合、周囲の目は厳しいものになるのは言うまでもない。
それでなくとも魔女の大半は面倒事を嫌う。
なのでディオスが言っていた悪戯の範疇で済むとはいえ、魔女が果たして町中でそんなトラブルを招くような事をするだろうか……? という疑問が生じる。
(作為的な何かを感じるなぁ……そいつのせいでボクにまで風評被害が来たらどうしてくれるんだ……)
家がなくなってしまったとはいえ、それでもまた新たな家を用意した後で、町の人たちがロゼに対して敵対するかのような態度になっていたら流石に困る。
買い物は他の町に行けばできなくもないけれど、それなりに距離があるとやっぱり不便だし、他の地区に引っ越すにしてもそっちで生活している魔女と折り合いが悪いと面倒なトラブルが生じる。
それになんだかんだ言っても、ここで暮らすことを決めたのはロゼの母親の言葉からだ。
もう何年も姿を見ていないけれど、それでも母は帰ってくると言っていた。
だから、ロゼは母の帰りをここで待たなければならない。
幸いにして崩落した土地はロゼの家とその近辺だが、落ちていない部分にもまだロゼの所有する土地がある。
家はそちらで建て直せばいいだろう。
(まぁ、家をどうにかするよりもまずは……)
ちらりとユッカの横顔を見る。
元気いっぱいの足取りは遅くなる様子もない。
このペースなら崩壊に巻き込まれる危険もないうちに脱出できるだろう。
既に崩落したとはいえ、フラワリー地区との繋がりはまだ感じ取れている。
繋がりが途切れた場合は他の地区への脱出も考えるが、繋がりがあるのなら素直にフラワリー地区へ戻る方が確実だ。
戻って、それからまずは町の中で必要な道具が用意できるか調べて……
(恐らく全部は集まらないから、他の地区に行く必要があるな。
ちゃんと、ユッカを無事に家に帰してあげないと)
家が崩落しなければ。
今頃はもうとっくにユッカは自宅に帰っていたはずなのに。
異世界、それも人間ばかりだというそこに興味がないわけではないけれど、うっかり他の者に知られたら大変な事になるために、ロゼはユッカを無事に帰した後、ロウェルフィセールとユッカの住む世界との繋がりは完全に断絶するつもりである。
繋がりを残したままでは、何かの拍子に別の誰かが他の人間を召喚してしまうかもしれないし、そうでなくとも時空の歪みなどに迷い込んだりうっかり落ちたりしてこちらの世界に何も知らない人間がやってくるかもしれない。
そうなった時、その人間が自分を人間であると言わず上手く立ち回ればいいが、そうでなければ人間たちが生活している異世界というものの事を知った誰かが、魔法の研究材料欲しさにその世界に手出しをするかもしれないのだ。
流石にそれは大問題である。
ユッカの暮らしている世界では、魔法はお話の中にあるだけで、異世界というのも基本的にはお話の中だけのものだと言っていた。
つまりユッカの世界には、直接的に異世界と接触できる手段がない。
それはつまり、異世界から人間を誘拐し放題という事にも繋がる。
帰す方法を断ち切ってしまえば、誘拐した人間を奴隷のように扱えるという考えに至る者が出ないとは、生憎ロゼには言い切れなかった。
手違いで召喚したロゼはいわばユッカから見れば誘拐犯も同然である。
だというのに、ユッカはこちらを一度も責めたりしなかった。
帰せる、と言ったからかもしれないが、それでもその帰す予定は今現在とても不安定な状況になっているのだ。
文句の一つや二つ、泣き言だって出てきたっておかしくはないのに、ユッカの口からそういったものは現段階では一度も出てきていない。
家が恋しくないわけではないだろう。
そう、思う。
ユッカの世界がどんなところか、ロゼは完璧に理解しているわけではないけれど、それでも平和なところだったんだろうな、というのは見ればわかる。
ユッカの身体には少なくとも武術などで鍛えた様子はないし、警戒心もないわけじゃないが相当薄い。
もしこれが異世界の人間の標準であるのなら。
それはなんて。
なんて、恐ろしい事だろうか。
利用しようとしている者たちからすれば、異世界への道を開いてしまえばあとは乱獲し放題。
この世界にかつて存在したとされている人間たちですら危うく滅亡しかけていたのだ。力ある種族――伝承では神が救いをもたらしたとされているが真実は定かではない――がどこぞに囲ったとも言われているが、もしかしたらそれも嘘で本当に滅んだ可能性すら高いのだから、人間がいるという事実だけは知られてはならない。
もし知られる事になれば。
別の世界に手出しができるような存在はそういるものではないが、もしそういった手出しができる存在が人間を狙った場合、その時点でユッカの世界の人間たちは突如脅威に見舞われる事となるのだ。
異世界の存在を周囲の誰にも気取られずに、ユッカを無事に帰してあげなければならない。
それが、ロゼがとるべき責任である。
悪戯をして回っているらしき魔女には異世界に手を出す程の力はなさそうだとは思うけれど、絶対にそうだという確信も確証もない。人間というのはかつてこの世界に存在した、今となってはお伽噺の中だけの存在であるけれど、そんな既にいないものとされている貴重な魔法の材料が現れたと知られたらとんでもない事になってしまう。
ユッカが人間でなければ。
ロゼだってここまで厳重に守りの魔法をガチガチにかける必要はなかったのだけれど、知ってしまった以上はこれでもかという程厳重に守りを重ねても足りる気がしない。
(……うぅ、考えたら考えただけ、なんだか作為的なものを感じるなぁ……大体崩落の可能性なんてなかったはずなんだ。フラワリー地区は。
もっと古くからある地区なら土地の寿命がきたって事になるのかもしれないけれど、フラワリー地区はお母様が護りを重ねた地区だぞ!?
それに比較的他の地区と比べても新しい土地だったし……崩落の予兆はなかった。なかったはずなのに……!)
ユッカを手違いで召喚してしまった事まで誰かの仕業とは思わないが、それでも何かを誰かが仕組んだような感覚がどうしたって拭いきれない。
元はと言えばイシェルが召喚を拒んだのが原因ではあるのだが――
(ったく……今頃どこで何をしているんだ。イシェルが召喚に応じて素直に用件を済ませていればこんな事には……)
思わず愚痴の一つも出そうになるが、声には出さない。
かわりとばかりに溜息を零せば、
「感情表現豊かな猫ですね」
ディオスが感心したように言うのが聞こえた。
(あいつ絶対見えてる。分厚い黒い布で目隠ししてるくせに絶対見えてる……!)
見えすぎるからあえて隠しているとかなのだろうか。
一体何の種族なのかと考えて、けれど目がやたらいいと言われる種族であっても目を隠して行動するまではいかなかったはずだ。時として種族の能力値が馬鹿みたいに高い状態で生まれる者もいると聞くし、そういった特殊な個体だろうか……?
考えたところで答えは出ないので、不満であるとばかりにロゼは尻尾を一度パタンと揺らした。ユッカの肩の上なので、不機嫌ですとばかりに尻尾を打ち付けると、打ち付けた先は当然ユッカの身体になってしまうので揺らすだけに留めたのである。
猫の姿になっても魔法が使えるのは助かったが、しかしやはりこの姿だと完全に自らの力を揮える気がしない。
無理に戻そうとして余計に最悪の状態になる可能性を考えると時間経過で戻るのを期待するしかないが、少なくとも今の時点で全然元の姿に戻れそうな兆しも感じ取れなかった。
ロゼにとってこの状況は割と前途多難である。
考えるべき事。やるべき事。それらが一斉に降りかかってきたも同然なのだ。
巻き込まれた被害者とも言えるユッカがそこまで悲観的な様子でない事だけが、僅かな救いである。
なのにロゼが色々と嘆くような事になれば、ユッカも今のような態度のままではいられないだろう。わかっているからこそ、ロゼはなるべく表に出さないようにしているのだ。
出さないようにしているだけで、出ないとは言っていないのだが。
「ロゼ」
ユッカの足が止まる。
休憩したいのだろうか?
そう思って「なぁに?」と聞いてすぐ横にあるユッカの顔を見たけれど。
「人が倒れてる」
「ディオスに続いて……!?」
「まさかの天丼ですよ」
「テンドン……?」
あっ、お笑い用語は伝わらなかったか、と呟かれたもののそれを深く追求する暇はなさそうだ。
この辺りなんて滅多に人が来ないはずなのに、なんでこういう時にいるのか。
「とりあえず声かけてみよう」
「僕が言うのもなんですが、大丈夫ですかね……?」
既に倒れていた実績を持っているディオスの呟きはもっともだが、同時にお前が言うなという気持ちにもなる。
けれども次は見捨てようと言うのもどうかと思ったので、ロゼとしては注意深く倒れている人物を観察するしかなかったのだ。
「もしもーし、大丈夫ですか?」




