第三章 Ⅱ
第三章
Ⅱ
下を見たら、少年がいた。初めて見る少年であった。しかし、それよりも――。
俺が、見えている……?
子どもの頃は、大人と違って本来見えないものが見える、と聞いたことがある。体質の可能性もあるが、どうやらこの子は違うらしい。
普通の人間を見ているような眼だ。
「おじさん」
「おじっ……!?」
「そんなところ、のぼっちゃだめだよ」
少年が自分に向かって指をさす。確かに、祠の上に登って空を見上げていた。そのことを言っているのだと分かる。分かってはいるが――。
俺、おじさんと呼ばれるのか……。
思いのほかショックが大きすぎて、内容に頭が回らなかった。少年が下で「おじさん、きいてる?」と続けるのを耳にしながら、やっとの思いで下りた。それから――。
少年の頬を思いっきりつねった。
「少年、さすがにおじさんはないと思うぞ、おじさんは。俺はそんな風に見えるか」
「いたい、やめてよ、おじさん」
「まだ言うか!」
しばらくの攻防の末、やっと「お兄さん」呼びで落ち着き、二人並んで草原に腰を下ろす。
少年は頬をさすりながら、じっと前を見つめる。気になって、つい言葉を発した。
「しかし、少年はどこから来たんだ? この辺の子どもじゃないだろ」
「……しんせきのいえにあそびにきていたんだ。けど、けんかして……まよった」
「おい」
はあ、とついため息をついた。少年は膝を抱え込んで、額を膝へと押し付ける。
「……ぼくが、わるいんだ」
思わず眼を見張った。少年がぼそぼそと続ける。
「ぼくがわるいんだ……。ぼくががまんすればよかった……」
ゆっくりと顔を上げた少年の目には水の膜が張っていた。しかし、少年の言葉は。
全部、自分が悪いみたいに言うんだな……。
思わずポンと少年の頭に手を置いた。それからゆっくりと撫でる。
「少年一人が悪いわけじゃないだろ。全部抱え込むなって」
「けど……」
「ちゃんと謝ってみろよ、なんとかなるって。向こうも気にしてるだろうしな」
そこまで言って、自分でハッとした。急に気がついた。
少年は最近の自分そっくりだったのだ。けど、本当の俺は、もっと気楽に考えていた――。
「……なんとかなる、か」
「おにいさん?」
「いやはや、少年は凄いなー!」
「……なにいってるの。あと、ぼくはゆきとき」
「いい名だな。……このまま真っすぐ行けば帰れる。もう暗くなってくる、早く帰りな」
「おこられるかな……」
「大丈夫、行ってこい」
ゆっくりと少年が帰るのを見送る。その小さな背中に、小声で「ありがとうな」と呟くのだった。