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二人ぼっち



 お母さん、どうしてそんな事するの。


 そう言った瞬間、あんなに優しかった母が突然豹変した。

 父に色目を使ったと言って使用人の女に平手打ちするのを見て止めたのだ。

 あやめには色目を使うという言葉の意味がはっきりと分からなかったが、父と親しい仲になる事だろうとは思った。

 だからこそ、止めた。

 あやめは使用人をよく知っていた。

 母が言うような関係になろうとしているようには見えなかった。


 使用人を助けようとしたあやめを見下ろした母の顔がどんどん変わっていく。

 あやめ達にはいつでも優しい笑みを浮かべていた母の顔が鬼のようになっていった。


『娘が母親を侮辱する気なのかしら。そんな汚いものを見るような目で見るなんて』


 どんな目をしていたかなんてあやめには分からない。

 だが、その時の母は正しくない事をしようとしていて、いけない事だと思っていた。

 だから、母の言う通り汚いものを見る目をしていたのかもしれない。


 そこからだ。

 母があやめを苛むようになったのは。

 学校にも行かせなくなって、食事も与えようとしなかった。

 こっそりあやめに食べ物を与えた使用人は全て地下室に入れられて、二度と会えなかった。

 姉の姫花も母と同じようにあやめに冷たく当たるようになった。

 前から妹なんて欲しくないと姫花は言った。

 欲しいものをたくさん買ってもらえて、いくらでも甘えていい娘は自分だけでいいと笑った。

 兄達も殴られて頬を腫らしたあやめを見て笑った。

 自分達の奴隷になったら助けてあげてもいいと言われた。

 その笑顔が怖くて、奴隷になる事を拒絶したら舌打ちされて背中を蹴られた。

 笑わなかったのは父だけだった。

 その代わり、助けようもせず、仕事の事ばかりを考えている人だった。


 誰もあやめを助けてくれる大人はいない。

 目の前の男の言いなりにならないと、これからは生きていけないと母が笑いながら言った。

 小太りの父と同じくらいの歳の男。

 男は笑っている。

 なのに、怖くて逃げ出そうとすれば手を掴まれた。


「たすけて、×××さん」


 叫んだ直後、男は笑みを消してあやめを殴った。

 自分の名前を言えと強要する。

 言えない。

 そしたら、ずっと男に飼われて生きなければならない気がした。


 男はあやめをアパートの一室に無理矢理連れていき、床の上に押し倒す。

 悲鳴を上げると口の中にタオルを押し込まれる。


 床に置かれていた灰皿を掴んで、男の目へと振り上げた。

 赤い液体があやめの顔にかかった。

 男が目を押さえてあやめから離れる。

 部屋から逃げようと玄関へ走った。

 ドアノブを握った瞬間、背後から伸びてきたたくさんの手に掴まれて引き戻された。


 たくさんの男があやめを捕まえる。

 たくさんの手があやめの服を脱がしていく。

 たくさんの目が泣き叫ぶあやめを見る。

 たくさんの声があやめの名前を呼ぶ。


「大丈夫だよ。あやめちゃんの処女はおじさん達が優しくもらってあげるから」


 処女って何。

 今から何をするの。

 離して、放して。


 たすけて。


 つばきさん。








 目を覚ますと、室内は真っ暗だった。

 枕元に置かれた時計を見る。

 蛍光塗料の塗られた単身が4の文字を差していた。


 あやめは布団から体を起こした。

 汗を掻いている。

 何か、とても嫌な夢を見ていたような気がした。

 思い出せない。

 夢の内容を脳裏に蘇らせようとしても、霧のように消えていく。


「あやめ、目覚ましたの?」


 隣の部屋から聞こえる声。

 いつも通りつばきはソファーに凭れているのだろう。

 彼は睡眠を必要としない。

 静かで透明な闇に満ちた夜の時間をこうして独りで過ごしている。

 何を考えて朝までいるのか聞いたら、「色々」と答えが返ってきた事があった。


「嫌な夢見たの」

「どんな?」

「わかんない。でも、嫌な夢だったと思う」

「そう」


 素っ気ないその声が今はとても愛しく感じられる。


「明かり付けてもいい?」

「駄目。僕、今人の姿してないから」

「それでもいいよ。つばきさんはつばきさんだから」

「でも駄目」


 そう言うなら仕方ない。

 あやめは再び布団の中に潜り込んだ。


 ぺちゃっ。

 ぺちゃっ。


 変な音が近付いてくる。

 暗くてよく見えないが、つばきがあやめを覗き込んでいるようだった。


「あやめ、大好き」

「うん、私も大好きだよ。ずっと一緒にいてくれる?」

「いるよ。あやめが側にいてくれるなら、ずっと一緒」


 ぐにゃ、と柔らかいものがあやめの額に触れる。

 きっと本当の姿をしたつばきの手なのだろう。

 触れてみる。

 ぷよぷよと柔らかかった。


「あやめを苦しめるものは全部消してあげる。それが悪夢であっても」


 だから、とつばきは少し泣きそうな声であやめに告げた。


「嫌な事は全部忘れて、おやすみ」










 夏はもう少し先なのにかき氷機がやって来た。

 つばきがどうしても食べたいと言って買ったものだ。

 雪に対する執念は余程のものだったようだった。

 メロン味とイチゴ味のシロップも購入済で、後は冷凍庫の氷が出来上がるのを待つだけだ。


「楽しみ。美味しいかな」

「美味しいよ。シロップが美味しいんだもん」

「そう」


 つばきは何度もテレビのリモコンでチャンネルを変えていた。

 かき氷が待ち遠しいようだ。

 止めても無駄だと分かっているので、あやめはテレビ画面に視線を向けた。


 半年前に起きた、とある企業の社長の自宅で一家惨殺事件の特集が行われていた。

 社長夫妻と長女、それと息子三人。

 酷い殺され方をしていたらしい。

 詳しくは伏せられているものの、散々苦しんだ後に殺されたと報じられた。

 人間がやったとは思えない残虐的な犯行だとも。


 だが、世間の目は冷ややかなものだった。

 その一家、沢島家では日常的に使用人に対するリンチが行われ、行方不明者も出ているという話が出たからだ。

 かつて屋敷で働いていた者によると、家族から虐待を受けていた次女がいたそうだが、次女は見付かっていないらしい。

 殺害された家族の写真が映し出され、それをあやめは見詰めた。

 どこかで見た事がある気がする。

 思い出せない。


「あやめはお金持ちの家に生まれたかった?」

「うん。たくさん好きな物も食べれるし買ってもらえるんでしょ? でも、私はあのお家に生まれてきて幸せだったよ」


 交通事故で亡くなってしまった優しい両親。

 貧乏だったが、三人で笑いながら過ごせて幸せだった。


 両親がいなくなった後、独りぼっちになったあやめを引き取ってくれたつばきは人間ではなくエイリアンだった。

 それでも、彼もとても優しくてあやめに二度目の幸せをくれた。


「……そろそろ氷出来たかな」

「つばきさん、まだ早いと思う」

「見てみないと分からない」


 台所に向かうつばきに、あやめは苦笑した。

 だが、季節外れのかき氷を早く食べてみたかった。


「もう少しあやめが大きくなったら結婚しようか。そしたら、ウェディングケーキの代わりにかき氷をたくさん食べよう」

「そんな結婚式嫌だよ。甘いケーキ食べたい」

「じゃあ、それでいい」




 つばきが笑う。

 笑っているのに、泣くのを堪えているような表情だった。

というお話でした。

後でちょっとした所とかは直します。


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