第六十七話 追手
「おっはよー、七海ちゃん!」
「おー、おはよー和花」
クラスメートである七海が、カラフルなネイルの施された手を振って、和花の挨拶に応えた。
ギャルスタイルがトレードマークの彼女は、今日もバッチリ決まっている。
「おはよう、七海」
「琴音もおはよー」
続いて、琴音とも挨拶を交わす。
クールビューティな琴音とギャルの七海では、一見キャラが違いすぎるように見える。
しかし、休日には一緒に勉強するなど、この二人は意外にもウマが合うのだ。
「……うっす、東海林」
「……おはよ。桐生院さん」
和花や琴音とは違い、美香と七海の様子は少しぎこちない。
ヤンキーとギャル、一見相性は悪くなさそうだが、実はこの二人、それほど仲が良いわけではないのである。
最近ではヤンキー少女の美香も丸くなってきているので、今までのように喧嘩を売るような真似はしていないが……。
ファーストコンタクトがあまり良くなかったこともあってか、その関係性はやや希薄だ。
しかし、最近は美香が和花や琴音と一緒にいるので、必然的に七海とも一緒にいることが増えていた。
クラスの席も、七海の後ろが琴音、その右隣が美香なので、学級ではご近所さんでもある。
仲は悪くもないが、特別よくもない……そんな関係性だ。
「ふんふんふーん♪」
上機嫌な和花を見て、七海が小首を傾げた。
「……どったの? 今日はやけにご機嫌じゃーん」
「えへへ……ちょっとね」
和花の機嫌がいいのは、もちろん昨晩の出来事が原因である。
ルーナを蝕んでいた呪術、〈死〉。
一度かけられたら、絶対に助からないとされていた死の呪いだ。
それを解呪する手段はないと思われていたが……。
昨晩、その呪いがようやく解けたのだ。
これでルーナは、2度と死の呪いに苦しむことはない。
しかも、それを解決したのは、他でもない和花自身なのだ。
和花がご機嫌になるのも、無理はないと言えた。
「何があったのー? 教ーてよー」
「ふふっ、秘密!」
「……ちぇー。けちんぼー」
七海は少しだけ寂しそうな顔を見せたが、すぐにおどけた顔で可愛く拗ねて見せた。
琴音だけが七海の表情の変化に気づいたが、彼女は敢えてその場では何も言わなかった。
今の時刻は、朝の8時20分過ぎ。
ホームルームは40分からなので、まだ20分ほど時間がある。
和花のテンションが上がっていることもあって、和花と七海の会話は弾んだ。
途中からは、普段は言葉少なな琴音や、眠そうにしていた美香も交えて、四人で盛り上がる。
話題はやがて、リ・ヴァースや魔法少女のことへと移り変わった。
七海は、どうやら魔法少女に憧れがあるようで、関連するニュースなども熱心に見ているという。
思わず顔を見合わせてしまった和花、琴音、美香の三人。
なんだか一般人の七海を除け者にしているようで気は進まないが、魔法少女の正体がこの三人だということは秘密にしなければならないので、彼女たちは当たり障りのない相槌を打ちながら、なんとか会話を続けた。
加えて、七海が魔法少女たちを褒めちぎるのだが、彼女たちこそが魔法少女、つまり当事者である。
それだけに、彼女たちはやや気まずい思いもしていた。
「ウチはマギア・ローズが推しなんだよねー」
「そ、そうなんだ……」
「あの純粋な感じがイイんだよねー。可愛いし、ぐう聖だし」
「え、えへへ……」
思わず和花がニヤけるが、隣の琴音に小さく小突かれて、慌てて表情を元に戻した。
七海はそれに気付かない様子で、話を続けている。
「……クールなリリィも素敵だけど、新メンバーのデイジー、あの子もイイよねー。男勝りな姉御肌な感じがたまんないんだよなー」
「お、おう……」
話題に出た美香も、気恥ずかしそうに頭をガリガリ掻いている。
変身時はルーナが【幻想】で顔立ちが記憶に残らないようにしてくれているので、映像記録などから正体がバレることはない。
しかし、ここにいる四人は、魔法少女三人+そのファンという奇跡的な組み合わせである。
心配はいらないと思いつつも、和花たちは少なからずヒヤヒヤさせられた。
「そーいや、こないだのバスジャック犯。今頃どーしてんのかなー」
「ど、どうしてるんだろうね? あはは……」
「……?」
七海のふとした呟きに、思い切り動揺しまくりの和花。
そんな和花に向けて、七海が怪訝そうな視線を向けてくる。
「……そういえば、昨晩も渋谷に怪人が出たらしいね」
「おー、ネットニュースで見たよー。映像はないみたいだけど、魔法少女たちが倒してくれたっぽいねー」
すかさず琴音がフォローしたので、七海は和花の反応を不審に感じなかったようだ。
和花が目で「ありがと!」と言い、それに琴音が「気にしないで」と同じく目で返事した。
先ほど話題に出たバスジャック犯(まぁ、渋谷で暴れた怪人も同一人物なのだが)、オリヴィアは、まだ身体が回復しておらず、今は和花と美香の部屋で休んでいる。
どうやら、モルガナに掛けられていた呪術を和花が吹き飛ばした後遺症のようで、今は魔法はおろか、身体を動かすことすら負担になっているとのことだった。
ちなみに、ルーナもオリヴィアと一緒だ。
オリヴィアはリ・ヴァースの魔導十姫の一人である。
そんな彼女を放置しておくことなどできず、見張りが必要だったのだ……。
……というのは、あくまで建前。
かつて友人同士だったが、すれ違っていたルーナとオリヴィア。
そんな彼女たちに、みんなで相談して、二人だけの時間を作ったというのが真相である。
今頃、寮の部屋で旧交を温めていることだろう。
「ふわぁぁ……っと」
会話の途中で、美香が大口を開けて欠伸をした。
それを見た琴音が、ため息をつきながら注意する。
「はしたないなぁ、桐生院。手で押さえなよ」
「だって眠ぃんだもんよ。……和花、お前、寝相が悪ぃんだよ。夜中に何度も起こされたぜ」
「ご、ごめんね……。えへへ」
美香が口を尖らせてそう言うと、和花が恥ずかしそうに笑いながら頭を掻いた。
昨晩はオリヴィアが和花のベッドに寝ていたので、彼女は美香のベッドで眠りについたのだ。
寮のベッドはそれほど小さくないが、身長170cm半ばの美香が一緒だと、流石に手狭だった。
おまけに、美香の胸はGカップ。
そこに何度も顔が埋もれて、窒息しかけた和花が眠りながら暴れた、というのが真相である。
もちろん、お互い眠っていた間のことは、全く覚えていないが。
美香の言葉を聞いた七海が、思わずギョッとしたような顔をした。
「和花の寝相がひどくて、美香が眠れなかった」という部分が引っ掛かったようだ。
「えっ、和花と桐生院さん、一緒のベッドで寝てんの……?」
恐る恐る尋ねてくる七海。
その表情からして、どうやら、あらぬ想像をされているらしい。
七海の質問に対して、和花と美香は顔を見合わせると、慌てて首を振った。
「ちっ、ちげーよ! 昨日はたまたま……」
「ちょっと、美香ちゃん!」
焦りからか、美香が口を滑らせる。
これでは、昨晩は同じベッドに入っていたことを白状してしまったようなものだ。
美香も思い切り「しまった」という顔をしている。
和花が慌てて美香の言葉を遮ろうとするが、七海は都合よく聴き逃してはくれなかった。
「どー言うこと!? 詳しく教ーて!」
七海は、その温厚そうなタレ目を大きく見開いて、和花に詰め寄った。
「うう……それは誤解で……」
顔を赤くしながら、しどろもどろになる和花。
実際、昨晩は同じベッドに入っていたのだから、堂々とそう言えば良いのだが……。
あらぬ疑いを掛けられているのもあって、上手く言い訳できていないようだ。
この流れを、どこか不機嫌そうな表情で眺めていた琴音。
そんな親友に向かって、和花は助けを求めた。
「琴音も、なにか言ってやって!」
「……私も、和花と同じベッドで寝たことあるし」
「琴音!?」
美香への対抗心からか、さらなる爆弾を放り込んでくる琴音。
親友に裏切られた和花が慌てふためき、それに七海が一層盛り上がる。
「こ、琴音もー!? 和花、罪な女……!」
「違うから! そんなんじゃないから!」
……結局、朝のホームルームの時間になって教員が入室してくるまで、この騒ぎは続いたのだった。
***
朝は少しばかり騒ぎになったが、何事もなく1日は終わった。
四人で一緒に昼食をとり、午後の授業を受け、そろってお風呂に入る。
今日はルーナが一緒にいなかったので、色々と気を遣う必要がなかったせいか、和花には時間が過ぎるのがいつもより早く感じられた。
今の時刻は、夜の19時。
それぞれ自室に戻っているため、この場に琴音と七海はいない。
ただ、和花と美香の部屋には、今はルーナとオリヴィアがいるので、今は少し窮屈だ。
ルーナとオリヴィアは一日中話して疲れたのか、今は和花のベッドに横になって眠っている。
和花と美香は、お互い物音を立てないようにしながら、静かに机に向かっていた。
その時だった。
「ーーッ!?」
「これは……!」
和花のベッドで横になっていたオリヴィアが、いきなり上半身を跳ね上げた。
それと同時に、彼女の側で丸くなっていたルーナも飛び起きる。
二人の急な動きに、机に向かって宿題に取り組んでいた和花が、びっくりしてシャーペンを床に落とした。
勉強するフリをしてスマホをいじっていた美香も、驚いてスマホを取り落としかける。
「ど、どうしたの?」
「……きたわ! 敵よ!」
不思議そうにしていた和花が、ルーナからの報告を聞いて目を丸くする。
「えっ、また!?」
昨晩、オリヴィアが渋谷に出現したばかりである。
二日連続でリ・ヴァースの敵が現れるのは、確かに珍しいことだと言えた。
「……しかも、この反応は……!」
「……また知り合いか?」
美香も気持ちを切り替えたのか、鋭い目をルーナに向ける。
ルーナは、その顔に焦りを浮かべながら回答した。
「ノドカは、一度会ったことがある相手よ」
「……?」
疑問符を浮かべる和花。
そこにオリヴィアが補足を入れた。
「この燃えるような気配は、アイツしかいない。……ローズが、一番最初に戦った相手」
「ーーッ!」
和花も遅まきながら気づいたのか、その目を大きく見開いた。
「……あん? 誰のこと言ってんだよ?」
よく分かっていない美香は、ルーナと和花の顔を交互に見比べている。
そんな彼女に向かって、ルーナが言った。
「……ルヴィア・マルストゥルム。オリヴィアと同じ、魔導十姫の一人よ!」




