第六十八話 ルヴィアの襲来
「クーハハハ! 燃えろッ! 全て燃えてしまえッ! クーハハハ!」
時刻は午後19時過ぎ。
場所は、昨晩オリヴィアが暴れた渋谷交差点だ。
その上空に、一人の女が浮かんでいた。
彼女はその勝気な瞳にハッキリとした愉悦を浮かべ、燃え上がる街を見て大笑している。
外見は高校生か大学生といったところだが、160cm半ばの身長と整ったプロポーションもあって、あどけなさなどは皆無。むしろ、ややキツめながらも美しい顔立ちのおかげで、その雰囲気は妖艶とも言える。
腰まで伸ばした長髪は、燃えるような真紅。
その瞳は、燦然と輝くガーネットのよう。
全身を包む装甲とバトルドレスも、炎のような鮮やかな紅色だ。
確かに美人ではあるが、側頭部から突き出した巨大な巻き角や、背中から伸ばしたコウモリのような翼、そして、トカゲのような長大な尾が、彼女が人間ではないことを示していた。
その紅い女の名は、ルヴィア・マルストゥルム。
魔導十姫の一人にして、その序列八位を預かる、リ・ヴァースの戦乙女。
初めて和花がマギア・ローズに変身して戦った、最初の敵でもある。
彼女が暴れた渋谷の交差点は、悲惨な有様だった。
あちこちで建物と自動車が炎上し、闇夜を煌々と照らしている。
昨晩の怪人騒ぎで人が少なかったことも幸いして、まだ死者は出ていない。
しかし、煙を吸って倒れ込む者や、ひどい火傷を負って呻き声を上げる者、燃え上がる建物に閉じ込められてしまった者など、その被害は甚大だ。
人々の苦しむ声を聞きながら、ルヴィアはその端正な顔を邪悪に歪めた。
彼女は、破壊と混沌を心から楽しんでいた。
まるで極上の音楽を耳にしているかのように、うっとりと目を細める。
そこへ……誰かが通報したのか、複数の緊急車両が到着した。
消防車がホースを炎上する建物へと向け、急いで消火を開始する。
その近くでは、隊員たちがテキパキとした手つきで、倒れ伏す人々を救急車に収容していく。
すぐそばに、この惨状を引き起こした張本人がいるにも関わらず、彼らの動きは乱れない。
文字通り、命を賭して人々を救おうとしているのだ。
その様子を、ルヴィアは嘲るように笑いながら睥睨していた。
「……ほう。毛無しの猿どもの中にも、肝の座った者もいるようだな」
その表情は、どこか邪悪な喜びに満ちている。
ルヴィアは、懸命に救助活動を行う彼らに、自分の手のひらを向けた。
——ゴオッ!
やがて、彼女の手のひらに、直径1m以上もの火球が出現する。
眩いばかりに燃え上がる火球が、闇夜の渋谷を昼間のように明るくした。
ルヴィアはニヤリと笑うと、自身の生み出した火球を救急隊員たちに向けた。
「ククク……燃え尽きろ、ニンゲンども!」
直後。
ルヴィアの掌から、火球が発射された。
高速で飛来する火球に気付いた者もいたが、既に回避が間に合わないタイミングだ。
人々の悲鳴が、夜の渋谷に木霊する。
あわや大惨事かと思われたが……。
——ズオオッ!
分厚く、巨大な氷の壁が、地面から急速に迫り上がった。
そして、高速で飛来するルヴィアの火球と、正面から激突する。
氷の壁は火球によって大穴を開けられたが、人々を守ることに成功した。
やがて火球は熱を失い、ジュウジュウという水蒸気の音と共に消滅する。
命を救われた救急隊員たちの間から、一斉に歓声が上がった。
それを見たルヴィアは、心底忌々しそうに舌打ちする。
「……チィ! 天導衞姫どもか!」
彼女の呟きに応えるように、地上から三人の少女が飛び上がってきた。
それは、ライト・ヴァース……つまり現世を守護する、正義の戦乙女たち。
「その通り!」
「これ以上は、やらせない!」
「好き勝手させねーぞ!」
マギア・ローズ、続いてリリィ、デイジー。
ルヴィアと同じ高度まで上昇した三人が、空中に揃い踏みする。
しかしルヴィアの視線は、その中心にいるローズだけに向いていた。
「ククク……久方ぶりだな、天導衞姫。
いや……今はマギア・ローズと名乗っているのだったか。
貴様にへし折られた右腕が疼くわ」
「懲りない人だね! またやっつけちゃうんだから!」
「……チィ! 図に乗るなよ、毛無しの猿の分際で……!」
ローズの挑発を聞いたルヴィアが、その白い肌に青筋を浮かべて、歯を剥き出した。
その歪んだ表情は醜悪でありながらも、ルヴィアの端正な顔も相まって、どこか美しい迫力があった。
ルヴィアはしばらくローズを睨みつけていたが、やがて忌々しそうに鼻を鳴らすと、吐き捨てるように言った。
「ふん……幸運だったな。今夜は、貴様らに用はない。失せろ」
「そんなわけには、いかないよ!」
「いいから消えろ! 私には、裏切り者を処断するという任務があるのだ」
傲然と言い放つルヴィア。
彼女の言葉を聞いて、ローズが声を張り上げる。
「まだルーナのことを狙ってるの!? もう、あの子を解放してあげて!」
「おめでたいやつめ……。誰がルーナのことだと言った?」
「……えっ?」
目をパチクリさせるローズ。
ルヴィアは、ローズのことを馬鹿にするような口調で語る。
「私が言っているのは、オリヴィアのことだ」
「……何で!? 何でオリヴィアさんを狙うの!?」
叫ぶローズに、ルヴィアがニヤリと笑いかけた。
「クク……。奴はリ・ヴァース上層部により、粛清対象と判断されたのだ。
ライト・ヴァースへの無断侵攻および脱走、モルガナへの暗殺未遂。
そして……天導衞姫と内通していた疑いでな」
「——ッ」
「クク……。その表情からして、当たらずとも遠からず、と言ったところか」
「ち……違うよ! オリヴィアさんは……」
「ふん! 貴様らが何をほざこうと、これは決定事項だ!
……しかし、その反応……。やはり、貴様らはオリヴィアの居場所を知っているのだな?」
ルヴィアの言葉に、思わずローズは動揺を見せてしまった。
それを見たルヴィアが、ニンマリとほくそ笑む。
彼女はリ・ヴァースの上層部、つまり魔導四妃から与えられた命令によって送り込まれた。
ここ渋谷に現れたのは、最後にオリヴィアの反応が喪失したのが、この地点だからだ。
ここでわざわざ姿を見せて騒ぎを起こして見せたのは、オリヴィアを釣り出すためだった。
ルヴィアの目的は、目的はオリヴィアの抹殺ないしは捕縛であって、天導衞姫……つまり魔法少女との戦闘は許可されていない。先ほどローズに挑発されても襲い掛からなかったのが、その証拠である。
しかし、オリヴィアと魔法少女が本当に仲間なら、話は別。
ルヴィアが魔法少女と戦う、もっともらしい口実になる。
彼女は、かつてローズから受けた屈辱を、決して忘れてはいなかった。
「ならば……貴様らを痛めつけて、オリヴィアの場所を吐かせてやる。
クク……。今この瞬間より、これは私闘ではなくなった。
天導衞姫と戦うことも、私の任務の一部というわけだ……!」
ルヴィアの言葉に、魔法少女たちが一斉に身構える。
彼女は吠えるように叫んだ。
「……かかってこい、天導衞姫ども! 私の焔で、骨の髄まで焼き尽くしてくれるわ!」
***
空中で相対する魔法少女たちとルヴィア。
先に動いたのは、魔法少女たちの方だった。
まずは手始めとばかりに、マギア・リリィが氷の弾丸を生成し、ルヴィアめがけて射出する。
高速で飛来したそれを、ルヴィアは腰から抜き放った軍刀で叩き落とした。
この隙に距離を詰めていたデイジーが大きく振りかぶって、その黄色の手甲をルヴィアめがけて振り下ろす。
「——チィ!」
リリィの攻撃に対処していたせいで、後手に回されてしまったルヴィア。
しかし、彼女は超人的な反射神経で、デイジーのパンチを仰け反って回避した。
「……ッ!?」
「おりゃーっ!」
そこへ可愛らしい掛け声と共に突っ込んできたのは、ローズだった。
上空から放たれた踵落としを、ルヴィアは左の手甲でブロックせざるを得ない。
ガキィィン!という激しい金属音が響き、渋谷の闇に火花が散る。
一瞬の硬直。
それを見逃すリリィとデイジーではない。
無防備なルヴィアに追撃しようと、一気に距離を詰めるべく、彼女に迫っていく。
「異界のォ……猿どもがァ!」
ここまで後手後手に回らされているルヴィアは、ギリギリと歯を食いしばった。
すぐそばにいるローズのことを、思い切り睨みつける。
そして彼女は、高速で魔力を練り上げた。
文字通り、燃え上がるような魔力の高まりを感じたリリィが、慌てて叫ぶ。
「……避けて!」
それを聞いたデイジーが素早く飛び退き、慌ててローズがルヴィアから距離を取ろうとする。
直後、ルヴィアが燃え上がった。
真紅の焔が彼女の身体を包み、カッと周囲に火の粉を撒き散らす。
それはまさしく、焔の爆発だった。
近くにいたデイジーと、逃げきれなかったローズが吹き飛ばされる。
「あ、あちち!」
ルヴィアの焔に巻かれてきたローズに、リリィが焦りながら声をかける。
「大丈夫!?」
「だいじょーぶ! ギリギリで防御魔法を貼ったから! 火傷もないよ!」
それを聞いて、ホッと息を撫で下ろすリリィ。
その様子を見ていたデイジーが、少しムッとしたように言う。
「おい、アタシのことは心配してくれねえのかよ?」
「ああ、アンタ? 大丈夫でしょ」
「ざけんな!」
漫才じみたリリィとデイジーの掛け合いを無視して、焔に包まれたルヴィアが一歩踏みだす。
「紅炎纏衣。貴様ら下等生物は、近づくことすら許されんぞ」
「あれじゃ、戦えないよ!」
困ったように言うローズに向かって、リリィが言った。
「……あれだけの熱量、維持するにはそれなりに魔力が必要なはず。長期戦で行くよ」
「りょーかい!」
「っしゃ! やってやんぜ!」
ローズとデイジーの言葉に続くように、リリィが再び氷の弾丸をルヴィアに飛ばした。
しかし、ルヴィアはそれを無視するように、歩みを進めてくる。
「そんなものは効かない」と言わんばかりだ。
実際、着弾の瞬間、氷でできた弾丸は、ジュッ! と言う微かな音と共に消滅してしまう。
ルヴィアの全身を包む焔に対して、やはりリリィの凍結魔法は相性が悪いようだ。
しかし、他の二人も遊んでいたわけではなかった。
ローズは地面に散らばっていた瓦礫を、デイジーは爆発した自動車の残骸を、それぞれ拾い上げた。
「おりゃー!」
「オラァ!」
そして、それらを弾丸のようにルヴィア目掛けて射出する。
ルヴィアは煩わしげに、手にした軍刀でそれらを払い除けた。
「……効いてる!」
「っしゃ! このまま行くぜ!」
ルヴィアの反応に勢い付けられ、次弾を発射しようとする二人。
しかし、ルヴィアはそれを許さなかった。
「毛無しの猿どもが……投石だと!? 私を舐めるのも、いい加減にしろ!」
そして、手にした軍刀を、思い切り振りかぶった。
その直後、バッ! と軍刀が燃え上がる。
「……なに?」
「なんだぁ?」
首を傾げる二人に向かって、リリィが叫んだ。
「ばか、避けろ!」
次の瞬間。
ルヴィアが、炎上する軍刀を振り下ろした。
「——獄炎斬撃!」
渋谷の街が、真紅に染まった。




