82 And Justice for All
「ダルテニアの民たちよ」
パルデスブレイディオ・センチュリオンの口上が、この日の始まりを告げた。
「勇敢なる英雄たちよ」
センチュリオン王室、ミンチェスティ宮殿内の玉座の間・大謁見廊にて緊急招集会が幕を開けた。あのミンチェスティ大聖堂広場の戦いから、数日を経てようやく設けた場であった。
「センチュリオンの名において、我が命とともに、この身、この精神、そして豊かなる大地を国民に捧げることを誓わん」
パルデス王が掲げる『クゼ・ナディアの長剣』は、天高く、水神の大龍すらも収まりそうな広さを誇る玉座の間で輝き、その場にいる者全てを包むような温かい鮮やかさを放っていた。
パルデスの開幕口上は緩やかな沈黙と共に終わりを告げ、続いて会の儀が始まろうとしていた。
「今回の儀では」
王家の玉座には、パルデスブレイディオ・センチュリオン国王、マリスフラウルサキヤ・センチュリオン王妃、ライテスイーボーン・センチュリオン前王が座していた。
「国家存亡の危機を打ち払った英雄たちを讃えると共に」
最前列に拝謁するのは、さくら、きなこ、そして警視庁警部補エリック・ヤング
「さらには王女フリーゼマジカルスウォーデン姫を救い」
その後ろにはリゼロッテ・フリージア、ジェイムズ・アームストロング、バレットダーク・サーベラー、シド・トゥルーガー警部、探偵ノベル・スプリングが跪き、キャットシーの父猫と母猫が最後方に鎮座した。
「命を賭し、我が身の危険を顧みず国難を救ったその勇敢なる行動と精神に、心からの賞賛を贈る場としよう」
王の最側近である宰相が、王に次いでこの会の意義を高らかに宣言した。
「まずは警視庁警部補エリック・ヤングよ」
「……はっ!」
王から会のはじめに名指しされるとは思っていなかったのか、エリックは一瞬の間を置いてから、はっきりとした声で王へ返答した。
「エリックよ。よくぞ我が娘、フリーゼの面倒を今まで見てくれたな。そして身を挺してさくらを守り抜いたことに、改めて礼を言う」
「もったいないお言葉でございます」
「そして此度の連絡役を滞りなく務め、王家との橋渡し役を全うした。誠にご苦労であった。難しい役目であったろう」
「我が身に余るお言葉でございます」
「その多大なる功績を讃え、お主にはのちほど褒美をとらそう」
「ははっ、ありがたき幸せにございます」
エリックは恐縮しきりに頭を下げるばかりであった。
「警部シドよ」
「はっ」
シド・トゥルーガーはエリックに続いて自分も呼ばれると予期していたのか、すぐに返事をした。
「警視庁とSSSの媒介役、よくやってくれた。今回の件にてその役目は御免といたそう。ご苦労であった」
「ははっ」
パルデスは今回の一件を受け、SSSを解体することを数日間の首脳会議で決定していた。警察とSSSの仲介をしていたシド警部とエリックは、晴れて役目を終えたのだった。
「母上のことがあり、我らが成そうとしてきたことは、果たして正解だったのか。未だわからないままだ」
パルデスはあまりにも大きな空間の、さらに遠くを見つめるような目で、どこか空虚な言葉を紡いだ。
「このことについては、また改めて議論の場を設け、外交に関しても新たな意見を取り入れることにした。皆も良きにはからってほしい」
パルデスは眉をひそめ、その場にいる宰相以下の王家幹部、各省庁役人、警察幹部、そして貴族たちに問いかけた。彼は瞼を閉じ、ほんの少し頭を下げた。各人も同様に目を閉じ首を垂れ、数秒間の沈黙が流れた。
「さて」
空気が一変するように、先ほどまでとは異なる温度の声音でパルデスは言葉を繋いだ。
「大いなる戦神・キャットシーよ」
「うむ」
その呼びかけに、父猫がたった一言応じた。
「お主がいなければ、あの争いに介入してもらわねば、娘が……いや、全てが終わっていたところだった。まこと、大義であった。心より礼を述べたい」
「センチュリオン王よ」
「なんだ」
「我には使命がある。それを全うしたのみ」
「その使命とやらを、是非ご講釈願いたい」
「此度の件に関して言えば、我は娘たちを助けただけに過ぎん。あえて傍観していたところもあり、あまり褒められたものではない」
「キャットシーの本来の役目は知っておる。今回の件でエリックからも詳しく聞いた。我が娘フリーゼを救ったことは、そなたの本来の役目ではなかったということか」
「娘を救うこと、さくらを救うこと、姫を救うこと。これら全ては一本の道で繋がっていた」
「お主のいうところの『魂』の話か」
「さくらの魂は彷徨い続け、ようやくこの世界に降りた。のちに『きなこ』と名付ける我が娘を伴ってここに送られてきた。そして王の娘フリーゼは、さくらの前世である」
玉座の間が大きくざわめいた。その場にいる全員の想像を超える事実を語った父猫に対し、皆がただ驚愕の表情を浮かべるしかなかった。
「なぜそう言い切れるのだ」
「我にもその起こりはわからなかった。娘が生まれた時には、すでにさくらの『魂降』は始まってしまっていたのだ。ところがさくらは娘を先に下ろしてしまっていた。おそらくさくらの魂に付随する『悲嘆』や『悲痛』といった感情を先に逃した。それがきなこであり、さくら自身もそう語っている。それは本人にも自覚はあったようだ。そしてさくらはあの『叫び』に至る直前、『輪廻の夜明け』を感じ取った。さくらの混濁した記憶が全て同じ回廊に集まり、その中でさくらはようやく無垢を見つけた」
「それがフリーゼだというのか。その話が真だとして、あの時さくらときなこが死んでいたらどうなっていたのだ」
「魂は行き場を失う。フリーゼ姫もいずれ絶えていただろう」
そう言って父猫は瞼を閉じ、ふぅと大きく息を吐いた。さくらときなこは、この大謁見廊の天井を映す床を見つめるように俯いている。二人は眉をひそめ、唇を噛み締めるように口を閉ざしていた。
パルデスもまた、理解が追いつかないのと同時に、処理しきれない情報を一旦手放すように風向きを変えた。
「ともあれ事態は収束した。キャットシーよ、後日再び、相見えることを願う」
「王妃さま」
母猫が、終わりかけていた父猫と王の対話に割って入るように、王妃マリスフラウルサキヤ・センチュリオンへ語りかけた。
「あら、なんでしょうか」
それまで目を細め、穏やかな表情で見守っていたマリスは、急に水を向けられて少し戸惑いながら返事をした。
「娘ちゃんのことをどう思っていますの?」
どうとでも取れる質問の仕方をした母猫の表情と語り口は硬かった。その機微を察したマリスは身を引き締めるように姿勢を正し、母猫の視線と対峙した。
「はい、気づいた時にはもう遅かったのです。わたくしが知らされたのは、あの子が十二歳になる頃でした」
絶望ゆえか、マリスの語り口は重く、表情も沈痛だった。
「わたくしは、フリーゼの実の母ではありません」
その言葉に場は凍りついた。パルデスはチラリとマリスを横目で見た。しかしマリスはその視線に気づかないふりをするかのように言葉を続けた。
「わたくしは後妻です。先妻は早くに亡くなりました。その後エリザベート様もお亡くなりになり、フリーゼ様の深い悲しみを一番そばで見ていたのは、おそらくわたくしでした。あまりにも可哀そうで、よく面倒を見させていただきました。フリーゼ様はわたくしによく懐いてくださった。ありがたかった。わたくしは子供を成せず、妾としても無能でしたが、ようやくお役目をいただくことができ、フリーゼ様のお世話係からそのまま正式に王妃として迎えられたのです」
マリスは一度呼吸を整え、再び目を開いて語り出した。
「夫もライテス様もエリザベート様の復讐にフリーゼ様を利用されたことを、エリザベート様の弟・クラシェドの言葉巧みな幻惑により、気付かないまま過ごされていたのです。全てが明るみになった頃にはSSSの勢力は急拡大し、もはやわたくしたちですら手がつけられない状態でした」
王妃マリスの表情はあくまで硬い。母猫を真っ直ぐに見据え、その視線は鋭かった。
「しかし不可抗力とはいえ、わたくしたちは不甲斐ございませんでした。なによりもっと家族というものを大切にするべきだったと今では思います」
「王妃さま」
母猫はそんな卑下するマリスに対し、どこか優しく諭すように呼びかけた。
「親にとって子は大切な宝ですが、私たちは幼い頃に手放します。そのあとこの子たちが何をしようと干渉はできません。そう思い、私たち夫婦もあの時躊躇しました。私たちですらあの時あの三人を救ったのが正しかったのかは今でもわかりません。しかしあの時そうしていなければ、さくらさんの魂はまたしても彷徨い続けることになったのでしょう」
『全ては結果論ですが』と母猫は付け加えた。
さくらは口を閉ざしたまま、誰を見るでもなく対話を聞いていた。
「あなた方の行いが適切だったとは思いませんが、かといって、何もせずただ指を咥えているのも全く違います。恨みを抱いたまま何もせず日々を過ごすのは、憎悪を抱えた者にとってそれは死と同然。恨みは一生消えません。これは経験したものにしかわからない深き業です。しかし、クラシェド・ローゲンスというあの男の所業は罪深い。あまりにも重い罪です。お姫さまの身体が元通りにならなければと思うと、胸が詰まる思いです。決して選択を間違えぬよう」
母猫はそう言って瞼を伏せた。マリスは小さく静かに頷いたのち、ほんの少しだけ天を見上げた。
パルデスとライテスは硬い表情で沈黙していた。『選択』とは、ローゲンスと魔導教育長のロベルト・ハーンズの処遇である。目的の本質は『国のため』。そこに私情もあった。たったそれだけの性質の話であった。しかし、その後ローゲンスは暴走し、フリーゼを改造し、得体の知れないさくらの能力に目をつけ、大量殺人兵器を開発しようとした。その恐ろしい所業は、到底許されるものではない。
「わかった」
パルデスは立ち上がり、父猫と母猫に向き合った。
「のちに沙汰を報せよう」
パルデスの瞳には、覚悟を決めたひとかけらの炎が灯っていた。




