43 追憶の彼方へ
小学校教師の二人から依頼された、運動会用の仕出し弁当三百個。 いよいよ本番当日、日曜日となった今日、朝の五時から錚々たる顔ぶれがここ「とんかつ さくら」へと集結していた。
さくらにきなこ、リゼロッテにフリーゼ、フリージア家のメイド二人。 警視庁警部補のエリックとその部下たち、そして何故か王宮御用達の大工ジェイムズ・アームストロングまでもが、その場に居合わせていた。
「ジェイさんは私が話を」
「おうよ! 子供たちの弁当だろう? 立派なもんに仕立ててやらねえとなぁ!」
エリックが事の経緯を説明しようとした矢先、ジェイムズが食い気味に言葉を被せた。 どうやらエリックが「さくらたちが弁当を請け負った」とポロッと漏らしたところ、この催しに並々ならぬ関心を示し、馳せ参じたとのことだった。
当初は既定の紙製弁当箱を使う予定だったが、この申し出をさくらは心底嬉しく感じていた。
「ジェイさん、本当にありがとうございます。子供たちもきっと喜んでくれますね!」
さくらはジェイムズに満面の笑みでそう答える。 協力者がこれほど大勢集まり、さくらは感無量であった。
「へへ、そうだろう? 勢いあまって五百個も拵えちまったから、まあ不足するなんてことはねえな!」
ジェイムズは先日エリックから話を聞きつけ、即座に弁当箱の制作に取り掛かったのだという。 木材の中でも安価な、普段は端材にもならない部分、いわば割り箸などに使われる余剰材であったため、材料は潤沢にあった。それを熟練の職人たちと一緒に加工し、あっという間に五百個を完成させたのである。
「大量にゴミがでるにゃ。食べ終わった後はどうするのにゃ?」
「薪ストーブの燃料にでもしちまえばいいさ」
子供思いで、万事にエコロジーなジェイムズ。 さくらはそんな彼に、尊敬の眼差しを向けるのだった。
「ではみなさん! 今日は張り切ってまいりましょう!」
「「おー!」」
威勢の良い掛け声と共に、それぞれが決めていた役割の持ち場につく。 まずは米炊きをメイド二人が担当し、さくらがその補助につく。 揚げ物はきなこが主導して揚げ、食材の下拵えはリゼロッテとフリーゼが担う。
さくらは全体に目を配る間にも、付け合わせの惣菜づくりや、ソースとタルタルソースを小瓶に詰める作業をこなしていく。 そしてフリージア家のメイド二人が、出来上がったおかずとご飯をジェイムズ特製の弁当箱に詰め、次々と完成させていった。
早々に第一陣の弁当が数十個ほど出来上がった。 それらをリヤカーに積み込み、エリックの部下たちが交代でブルーウッド王立公園へと運んでいく。
作業自体は慣れていくにつれ淀みのない流れ作業となり、初めこそ緊張感が漂っていた店内だったが、そのうち賑やかに和気藹々とおしゃべりしながら、極めて良好な雰囲気の中で弁当は出来上がっていった。
「……ふう……これで三百……。このまま四百個までいっちゃおうか!」
さくらがそう号令をかけると、もはや三百も五百も変わらないほど、皆の士気は高まっていた。 全員が完全にゾーンに入っていたのだ。
そうして時刻は十時過ぎ。ついにその時がやってきた。
「……これで……五百……できたぁ!」
「「できたぁ!」」
五百個の弁当箱、食材も計ったように使い切り、ぴったりと出来上がった。 その場にいる全員で万歳をしたりハイタッチを交わし、お互いの健闘を称え合った。
「やればできるもんだね!」
「ボクが言った通りにゃ! 力を合わせればなんでもできるのにゃ!」
「なんだか……嬉しくて……」
リゼロッテ家のメイド二人も感極まり、頬を涙で濡らしている。
「それにしても、二百近くも余ってしまうぞ」
「多少の誤差を考慮しても、百五十個は余剰が出ると思うのです」
「どうするのにゃ?」
「売ればいいんじゃないかな?」
さくらの逞しい商魂に、一同は一瞬ポカンと口を開けたが、ジェイムズが大声で笑い出し、つられるようにして他の皆も笑い出すのだった。
ブルーウッド王立公園にて、賑やかに運動会が開催され、晴天の空のもと、待望の昼休憩の時間となった。
子供たちは待ち侘びた、心の底から楽しみにしていた「とんかつ さくら」の特注弁当に目を輝かせた。 舌鼓を打ちながら「美味しい、美味しい」と和やかに箸を走らせ、ペロリと平らげていく。
余った弁当は銀貨一枚で売り出したが、これも保護者たちを中心に飛ぶように売れていった。 そして十数個を余らせていたものを、さくらたち弁当制作スタッフで囲むこととなった。
「みんな喜んでくれてよかったぁ」
「作った甲斐があったにゃ」
「冷めた弁当というのも、これはこれで乙な味わいがあるものだな」
「この『ぽてとさらだ』がとても美味しいのです」
「うんめえなぁ!」
「さくら様の腕前を、わたくしたちは少しでも盗まなければなりませんね」
「ええ。そうですわね」
「部下たちの分まで、ありがとうございます」
運動会が開催される公園の隅で、円を描くように皆で弁当を食べる。 さくらはかつて日本にいた頃の情景を想起していた。
戦後の物資が乏しい時代、家族や近所の人たちと囲んで食べた、あの運動会の弁当。 子供たちのために朝早くから精を出してこしらえた日々のこと。
セピア色の記憶、たびたび走馬灯のように流れる過去の残滓。 さくらの胸をキュッと締め付けるような郷愁。 それら全てを噛み締めて、さくらはこの世界に来たことを、誰に話すわけでもなく、なにより喜んでいた。
さくらはふと、公園の中心部から少し離れた場所に目を向けた。 そこはかつて、さくらたちが初めてこの地で、屋台で商売を始めた原点といえる場所だった。
そこには、さくらたちが今は演じられなくなってしまった紙芝居に似た出し物を、どこかの大道芸人が披露している姿があった。




