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とんかつ屋の悩みごと  作者: 藤沢春


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37/71

37 旧友

 無事に取引も終わり、商談は成立した。これからの「とんかつ さくら」においてメニューは増え、提供できる品の幅はますます広がっていくことになる。

 さくらときなこは、これから店がどうなっていくのか、自分たちの未来の夢を胸に思い描きながら、この商談に大きく貢献してくれたライテスへ、心からの感謝を伝えたのだった。


「このアジと白身も揚げてみましょうか」

「これを一体どうするの? 焼いて食べるくらいしか調理法がなかったのよ」


 メテオは、さくらがこれまで魚料理のレパートリーをあまり持っていなかったことを口にする。それでもこの世界においては、魚が食べられるというだけでも十分に価値があり、食料として食卓をずいぶんと支えてきたらしい。


「まず、こうしてですね……」


 さくらはアジに似た中くらいの大きさの魚を、手際よく捌いていく。そこまでする必要は今のところなかったのだが、内臓やぜいごを丁寧に取り除き、三枚におろして刺身用の柵にまで仕上げてみせた。


「うわわ……さくらさんは、ほんに器用じゃのう……この魚は、こんなにも美しい身をしておったのか」

「ほんにそれな、ライテス爺や。さくらさんの手捌きを見ているだけでも楽しいねえ」


 ライテスとメテオは、やはりさくらの腕前に惚れ惚れとしていた。


「えへへ、これくらいはお手のものです。では、これを揚げてみて。きなこ」

「了解にゃ!」


 またしてもコロコロと、アジと白身、そしてまだまだ残っているえびを揚げていくきなこ。


「わぁ、いい匂いがするのです。何を食べているのですか?」


 そこへ、リゼロッテ率いる女子生徒たちと、担任教師のメテオが姿を現した。


「お腹、空いたでしょう? みんなのぶんを、今ちょうど揚げているよ」


 そろそろ釣りから戻ってくる頃だろうと踏んでいたさくらは、その時間をきちんと読んでいたようだった。なになにと、調理しているきなこの周りに皆が集まり、料理された品々に興味津々といった様子である。


「美味しそうな香りですわ」

「きなこ様、このグロテスクな何かは、食べられるものでして?」

「そうにゃ。食べて驚くにゃ」

「きなこちゃん、料理をなさるのね。素敵ですわ」


 相変わらず、女子生徒たちから絶大な人気を誇るきなこであった。次々と揚げ物を仕上げ、試食という形で皆に振る舞っていく。


「みなさんのご意見をください」


 さくらはその場にいる全員にそう告げ、アジフライ、白身魚のフライ、そしてエビフライの批評を求めた。メニューに加えるにあたって、好みの差はあったとしても、そもそもこの世界で揚げ物という料理が受け入れられるかどうかが重要な課題であった。


「わたくし、魚が苦手なのですのよね」

「ええ、骨があって食べづらいですもの」

「私は、生臭い感じがどうにも……」


 どうやらこの世界では、魚介類はそれほど好まれていないようだった。現代日本においても、若者が魚を好んで積極的に食べる傾向は、決して強くなかったのかもしれない。いずれにしても、この女子生徒たちに受け入れられれば、幅広い層に通用することは間違いないだろう。


「魚や貝類でさえ無理なのに、この物体はなんですの?」

「森にいる虫みたいですわ。棘が生えていて、しかもこんなに大きなハサミまで……」


 皆が思い思いに先入観を口にしていく。前評判が低ければ低いほど、後味の驚きは大きくなるだろうと、「とんかつ さくら」の主人は内心でほくそ笑んでいた。


「さあ、みなさん。この『ソース』をかけて召し上がってくださいね」

「言っておきますのです。さくらちゃんのお料理は、間違いございませんのです。みなさん、どうか安心なさってくださいませなのです」


 その二人の言葉に背中を押され、衆人たちは恐る恐る口に運ぶ。サクサクとした衣の食感と、中の魚やえびが生まれ変わったかのような香りに、皆一様に目を見開いた。


「まあ……」

「なんという……」

「これは……」

「ん〜〜〜」


 担任教師も一緒になって食べ始め、全員が思わず落ちそうになる頬を押さえる。


「そうじゃろ、そうじゃろ。さくらさんの揚げ物は天下一品じゃ」

「うむ、まったくだ。ワシの目に狂いはなかったわ」

「さっきまで、さくらさんを変人扱いしておったくせに」

「ワッハッハ!」


 老爺二人も、皆の美味しそうな笑顔を眺めながら、そんなやり取りを交わしていた。


「よかったにゃ、さくら」

「うん! これでメニューも、ようやく増やせるね!」

「お弁当の種類も増えるのです。より多くの人が楽しめるのです」


「とんかつ さくら」のレギュラー三人は、これからの店の営業に思いを巡らせ、それぞれの想いに浸っていた。今ですら忙しい店が、さらに繁盛していく展望を抱く。




「それで、釣りの方はどうだったの?」

「ええ、見事に『ボウズ』だったのです……」

「リロちゃん、釣りは得意なはずじゃ」

「う〜ん……なにかが違っているのかもしれないのです。それが、わからないのです」


 釣りは漁場によって釣れる魚が大きく変わる。陸からの釣り、沖合での釣り、それぞれに異なる技法があり、楽しみ方もまた違っていた。


「ワシの出番かしら?」


 メテオが釣り指南役を買って出た。どうやら、腕の見せどころらしい。


「お願いしますのです。やはり、付け焼き刃の仕掛けではダメなのですか?」

「フフフ、リゼロッテさんとやら。こうするのじゃよ」


 メテオは、リゼロッテをはじめとした女子生徒たちに、仕掛けの基本を丁寧に教えてみせた。ほんの少しの工夫で釣果は大きく変わり、リゼロッテたちはわいわいと歓声を上げる。メテオも多くの女子に囲まれ、もてはやされるものだから、ますます得意顔になってしまう。


「やれやれ……アヤツも、想像以上に人気者になれるものじゃのう」


 ライテスは、ある程度の予測はしていたものの、だらしなくとろけた表情を浮かべるメテオを見て、どこかさくらたちとは異なる視線を向けていた。


「ライテス様? メテオさんは、ライテス様とどのようなご関係なのですか?」

「む? まあ……古い『友人』じゃよ。昔はよう『おいた』をしたものじゃ」


 ライテスは、どこか遠い目をする。その表情から、これ以上踏み込んではいけないと感じ取り、さくらはそれ以上話題を広げることはしなかった。




「すっかり世話になったのう、メテオ」

「いやいや、こちらこそ楽しかったわよ。いい取引もできたし。ね、さくらちゃん」

「はい。本当にありがとうございました。これからも、どうぞよろしくお願いいたします」


 女子生徒たちも一斉に礼を述べながら頭を下げ、担任のメテオは、今後も「エクレール女学院」の社会科見学として訪れたいと申し出るのだった。


「ではの。気をつけてね」


 メテオは最後まで見送り、さくらたちはドア・フィールドの地を後にする。




「どうだったかの、さくらさん。期待どおりの成果は得られたかの?」

「ええ、もちろんです。本当にありがとうございました、ライテス様」


 帰りの馬車の中で、さくらたちは今日の出来事を振り返りながら、また明日からの、ほど近い未来の話を交わし、夕暮れへと向かって帰路についた。


「まあ……なんて可愛らしい……」

「ずるいですわ……わたくしにも、抱かせていただけませんこと?」


 すっかり売れっ子になってしまったきなこ。大量の揚げ物を作り続けたせいか、体力をすっかり使い果たし、女子生徒たちの膝の上で、ころりと寝かされていた。


「次は、わたくしですわ……」

「あったかい……本当に麗しい……」


 こうして、一日がかりの素材探しの旅は、静かに幕を閉じるのだった。

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