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とんかつ屋の悩みごと  作者: 藤沢春


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29 鉄の意志

 エリックに連れられ、さくらときなこは王都ミンチェスティ中心部からほど近い、職人たちが集まる地域として知られる『ブルーウッド・イースト地区』へと足を運んだ。


 このブルーウッド・イースト地区は、大きな川の近くに位置し、古くから砂鉄が豊富に採れることで知られる、有名な採掘場を擁する土地だった。そのため鉄鋼業や鍛造、鋳鉄が盛んで、かつて戦時体制下にあった時代には、大いなる隆盛を極めた歴史をもつ。


 土地柄、少々気性の荒い者が多いのも事実だが、決して野蛮というわけではなく、彼らは自らの技術に誇りと信念を抱き、その技が世の役に立つと本気で信じている。日々鍛錬を積み重ねる、気概に満ちた職人たちである。


 そして、このブルーウッド・イースト地区に点在する鉄鋼所や鍛造場、鋳鉄工場をまとめ上げる、一つの大きなギルドが存在していた。いわば『鉄鋼商会』と呼ばれるコミュニティであり、横のつながりをとりわけ重視する組織だ。その成り立ちに逆らう者には、この土地を去ってもらうという、厳しい規律を備えていることでも知られていた。


「という土地柄です」


 道すがら、エリックからそう説明を受けていたさくらときなこ。


「そ、そんな大それたところに、私たちが行って大丈夫なんでしょうか……」


「ご心配なく。とても気さくな方ですから」


 向かうにあたって、多少の打ち合わせはしてあるし、エリックがそう言うのならきっと大丈夫なのだろう。さくらは胸の内で、そう頷いた。




「あに?包丁だぁ?」


 のっけからこの様子である。受け入れる気配はまるでなく、しまいには「帰った帰った」とでも言い出しかねない角度で、こちらを睨みつけてくる人物がそこにいた。


 全然気さくじゃないじゃんか……。さくらときなこは同時にそう思い、その場に立ち尽くしてしまった。


「バレットさん、少しでいいので話を聞いてやってもらえませんか?」

「知らん。俺はいま忙しいんだ。他を当たってくれ」

「さくらさん、こちらの方は『バレットダーク・サーベラー』さんです。このあたりを取り仕切っている商会の長でもあります」

「勝手に人の紹介をすんじゃねえぞ」


 エリックはバレットの気質を理解しているのか、それとも自身のペースがまったく揺るがないのか。さくらときなこに対して、バレットの素性を淡々と語った。


「こんにちは、バレットさん。私は静川(しずかわ)咲良(さくら)といいます。こちらは家族のきなこです」

「んなにぃ……ネコが家族だと……?」

「ネコじゃないにゃ。我は神聖なる魔獣であるぞ」


 さくらときなこは、それぞれ自らを紹介する。


「バレットさん、仕事の依頼ですよ。ちょっとでいいので、こちらを向いていただけませんか?」


 エリックはなおも食い下がり、さくらのために頭を下げた。


「知らねえって言ってるだろう。俺は剣以外は作りたくねえんだ」

「そんなことを言っても、今は剣の仕事なんて一つも入ってないじゃないですか」

「うるせえな。人の仕事に口出しすんじゃねえよ」


 エリックとバレットは、しばし言い合いを続ける。


「ほら、帰った帰った」


 やはりこの台詞を吐くバレット。だが、さくらも手ぶらでここへ来たわけではなかった。


「そうですか……残念です。ではエリックさん、このウイスキーは他の誰かにあげちゃいましょうか」

「そうですね。こちらでは不要のようです。ああ、たしか私の上司が欲しがっていましたね」

「ちょっと待ちな」


 簡単なものだ。酒好きに、酒以上の効き目をもつものなど、そう多くはない。


「はい? バレットさん、私たちは帰ろうとしているんですが」


 エリックも揺さぶりにかけては百戦錬磨だ。日頃の取り調べで培った、揺さぶりの技術のなせる業だろう。


「話がちげえだろう。どら、そのウイスキーを見せてみな」

「いえいえ、これはすでに引き取り手が決まっておりまして」

「うるせえなおめえは」


 さくらはそのやり取りを見ながら、笑いを堪えるのが限界だった。


 人との駆け引きなど、さくらにとっては赤子の手をひねるようなものだ。長く生きてきた経験が伊達であるはずもなく、簡単に諦めるような生き方もしてこなかった。さくらは胸の奥で、密やかに笑っていた。


「俺たちはな、酒が好きなんだ」


 そんな当たり前で、あまりにも率直なことを、バレットは言い放つ。


「では、依頼を受けていただけますか?」


 さくらは尋ねた。


「ものを見てからだな」

「わかりました」


 さくらはウイスキーのボトルを差し出し、バレットはキュッポンと小気味よい音を立てて蓋を抜いた。


「…………!!」


 言葉にならない声をあげるバレット。さくらは、涼しい顔を崩さない。


「おめえさん……これは、どこで手に入れたんだ」

「普通の酒屋さんのお酒ですよ。でもそのあと、私の家で特別な漬け方をしています」

「なんだと……どうやってるんだ?」

「それは企業秘密です」

「き……ぎょ……?まあ、その製法を教えるわけにゃいかねえよな。俺だってそうだ。剣の作り方を、おいそれと見せるわけにもいかねえ」

「私たちの依頼を受けてくださるなら、それを差し上げます。そして今後は、通常より少しお安く提供しますよ」

「商売がうめえなぁ、お嬢さん。参ったぜ」

「うふふ、お褒めいただき光栄です」


 互いに微笑み合い、これにて交渉は成立した。




「なにぃ?野菜を切る道具だと?」

「ええ。じゃがいもと玉ねぎを一発で、ざくっといける道具を作りたいんです」


 さくらは思い描くものを設計図に起こし、紙へと書きつけていく。バレットはその図面を覗き込みながら、形状や強度を頭の中で計算し、必要な修正を加えていった。


「わかった。こんなもん、すぐできる。待ってろ」


 言うが早いか、バレットは数人の弟子たちと制作に取りかかる。カンカンと鉄を打つ音が響き、試作品第一号はほどなく完成した。


「どら、じゃがいも一個よこしな」


 さくらがじゃがいもを手渡すと、バレットはそれをザクッと切り落とす。


「わあ!すごいすごい!さすがさすが!」

「すごいにゃ!これならジャガイモを切るのが、めちゃくちゃ楽になるにゃ!」


 さくらときなこは、大喜びで両手をあげた。


「へへ、こんなもん俺にとっちゃ朝飯前だぜ?なめんな」


 バレットもまんざらではなさそうに、鼻の下を指でこする。


 ふたりが依頼した、じゃがいもと玉ねぎを切る道具。それは網目状で、片側がわずかに鋭くなった円盤のような形をしていた。野菜を板の上に置き、その上からこの道具を重ね、手で一気に押し込むことで格子状の切れ目が入る。じゃがいもは細長く、玉ねぎは花が開いたような形に仕上がる仕組みである。


「これを、どうするってんだい、嬢ちゃん」

「これをですね……ああして、こうして……」

「へえ……それを店で出すのかい」

「そうなんです。ぜひバレットさんも、一度お店にいらしてください」

「まったく、どこまで商売がうめえんだ、この娘はよ。一本とられたぜ」


 バレットのその言葉は、完全なる敗北宣言だった。


 その場にいた全員が笑い声をあげる。バレットのそんな柔和な姿を見るのは久しぶりなのか、弟子たちも朗らかな表情を浮かべていた。




「包丁は、すんげえのを作ってやるから、楽しみにして待ってろ」


 鉄鋼商会の長、バレットダーク・サーベラーは、そう言い切っていた。じゃがいもや玉ねぎを一瞬で刻む料理器具が完成し、もう一つの依頼である包丁についても、さくらは細かな注文を伝えていた。


 肉が切れやすく、なおかつ切れ味が長持ちする肉切り包丁。

 千切りや果物の皮剥きなどがしやすい、万能包丁。

 そして、片刃の出刃包丁。


 それぞれを三丁ずつ依頼している。その内容に対し、バレットは「すんげえのを作る」と豪語したのだから、出来上がりが否応なく楽しみになるというものだった。


 イースト・ブルーウッドを後にし、王都の店舗へ戻る途中で、エリックとは別れた。その後、さくらときなこはいつもどおりマーケットへと足を向け、その日の付け合わせに使う食材を探しに行くのだった。

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