28 あて
ある日の朝、いつものようにさくらときなこはマーケットへ出向き、その日の付け合わせに使うサラダやフルーツを選りすぐったり、より安く、より美味しく仕上げられる素材を話し合いながら、買い物を楽しんでいた。
「おっ、いつもの嬢ちゃんとネコチャン!今日もいい野菜と果物があるぜ」
マーケット内の果物商が声をかけてくる。口調こそぶっきらぼうで粗雑だが、笑みを浮かべて元気よく話しかけてくる人懐っこさは、なんともいえない温かさを帯びていた。さくらはつい、その店主の調子につられてしまうのだった。
「おはようございます。今日は何がおすすめですか?」
「『ベイピース』で採れた玉ねぎとじゃがいもだ。この時期のこの二つは特にうまいぞ」
ベイピースとはブルーウッドから北へ少し行った地域で、農業が盛んな地方だ。海に隣接していることもあり海産物も豊富に獲れるが、販路を結ぶ街道が現在存在しないらしく、海産物を安定して仕入れられないという難点がある。
「美味しそうな玉ねぎとじゃがいもですね。これらはいつも手に入るんですか?」
「ああ。季節で値段と質は多少変わるが、大体こんな感じで仕入れてるぜ」
「わかりました。試しに買ってみます。二十個ずつください」
「よっしゃ!まいどあり!」
さくらはまた何か新しい料理を考えているのだろうか。きなこは、そんなさくらの横顔を静かに眺めるのだった。
買い物を終えて店に戻ると、これもまたお決まりのように、フリーゼが二人を今か今かと待ち受けるように早い出勤をしていた。
「フリーゼ様、お待たせしました」
「いや、気に召すな。そして私は『ぼたんちゃん』である」
「お、おう。ついに自分で『ちゃん』をつけだしたにゃ……」
軽口を交わしながら、さくらは店の鍵を開け、ランチタイムの準備へと取りかかる。
「ところでぼたんちゃん。なぜそんなに汚れているのですか?」
「ああ、少し『探し物』をしていてな。めっぽう汚れてしまったのだ」
「そんな格好で準備されたら困るにゃ」
「そ、そうであるな。では一度帰って」
「フリーゼ様、うちのお風呂使ってください」
「すまぬ。ではそうさせていただこう。ちなみに私はぼた——」
何やらぶつぶつ言いながら、フリーゼはさくらの家のシャワー室へと向かった。
そしてさくらは自分の洋服を貸してあげたが、フリーゼには少しきついようだった。
「ところでさくら、さっき買ったタマネギとジャガイモはどうすればいいのにゃ?」
きなこはいつものように豚の脂からラードを作り、揚げの準備が整ったところでさくらに問いかける。
「本当は夜のメニュー、それか宴会用に作ろうと思ってるんだ」
ここのところ、さくらはメニュー拡張に前向きだった。とはいってもレギュラーメニューではなく、季節限定や日替わりランチ、あるいは宴会やパーティー用の盛り合わせ料理として考えているようだった。
「それはいい。宴会料理は選択肢が多いほど華やかになるからな」
「そうですね。でも、うまくいくかどうか……」
「まあ、やってみようにゃ」
そうして三人は、さくらの構想どおりに素材へ切り目を入れ、他のメニューと同じように衣をつけ、きなこがそれを次々と揚げていった。
「おお……」
「これは……美味そうだにゃ……」
「そうかな?よし、食べてみようよ」
三人は揚げあがった玉ねぎとじゃがいもに手を伸ばす。
「むむ!」
「にゃにゃ!」
「わぁ……」
口に入れた瞬間、三人は目を見開き、落ちそうになる頬を慌てて押さえた。
「こ、これは美味い!さくらちゃん!なんという美味しさなのだこれは!」
「えへへ、うまくいきましたね。これはポテトフライとオニオンフライっていうんだよ」
「なんなのにゃこれは……ただの野菜なのに、どうしてこんなに美味しくなるんにゃ……」
「そしてこの塩!このビンッビンにしょっぱい塩とアブラ!ほぼ悪魔だこれは!」
フリーゼはなんとも恐ろしい例えをし、むしゃむしゃと頬張り続けるのだった。
「あはは、まあわかりますよ。このサクッとした食感に、内側のホクホクとした甘さ。それに油と塩の調和。とんでもない美味しさですよね」
「さくら、これは酒が進みすぎてしまうんじゃないかにゃ?」
「それは心配ですな〜」
横目でにやりと片頬で笑うさくら。全然心配していない飲助であった。
「うむ。これはランチよりもディナー向けの代物だ。まさに飲み会にうってつけであるな」
フリーゼがそう言うと、さくらときなこも深く頷いた。
こうして『とんかつ さくら』のメニューと営業方針はまた一歩進化し、さらに幅広い客層へと広がりを見せようとしていた。
その日の営業後、さくらときなこ、そしてリゼロッテの三人で「お疲れ様でした」と乾杯をしていた。
「今日からお出ししている『オニオンフライ』と『ポテトフライ』、とても好評でしたのです」
「そうだね。お酒を飲むお客さんがおかわりしてくれるくらい、評判よかったねぇ」
「最後の方はタマネギとジャガイモばかり揚げてたのにゃ」
「とても美味しいのです。これなら野菜をたくさん摂れるのです」
リゼロッテは実は野菜嫌いなのか、そんなことを言ってみせる。
「野菜としての栄養はほぼ飛んじゃってると思うけど」
「おやつだにゃ」
「それでもいいのです。いくらでも食べられちゃうのです」
そんな会話を交わしながら、今夜も楽しい時間は静かに更けていくのだった。
翌朝。二人は魔導ベルで警視庁へ問い合わせ、エリック・ヤングが登庁していることを確認したうえで向かった。
「ここのところ、よくお会いしますね」
いつものように冷静な表情のエリックだが、さくらときなこに会うときだけは、ほんの少し柔らかな目尻の皺を見せるのだった。
「たびたびすみません。またお願いがあるんですけど」
「今回はどういったご依頼で?」
「はい。包丁とか、鉄を扱う方をご存じないですか?」
「ええ、鍛冶屋や鉄鋼商ですね。王家御用達の職人がいますよ」
「えっと……剣をお願いするわけではないんですよ?」
「今はどこの鍛冶屋も暇をしておりましてね。喜んで話を聞いてくれると思いますよ」
そう言ってエリックは、さくらときなこを鍛冶屋の元へと案内してくれた。




