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愛を知らない魅了の魔女は、王太子に復讐する  作者: ぷよ猫


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22 アリーの覚悟

「しかし、王族の離婚は難しいですよ。七年以内だなんて、どうするつもりだったんでしょうね?」


 アリーからリオネルの話を聞いたダヤンが首を捻った。

 六年前の話なので、期限までもう一年を切っている。それでこの体たらくだから、円満離婚など不可能に近い。


「さあ? 何も考えていなかったのではないかしら。以前、不仲を理由に離縁を申し立てたときは、貴族院で早々に却下されたらしいわ」


「そうですよねえ?」


「だから、殿下の願いを叶えてあげようと思って」


「アリアンヌ奥様が、貴族院と法王庁をを説得するんですか? いくらなんでも無茶ですよ」


「説得するまでもないわ」


 ダヤンはわけがわからないのか、不思議そうに目を細めた。


「結婚は、『死が二人を分かつまで』でしょ。それならローラン様との関係はバレないし、政略結婚で交わされた条約もそのまま。ジャクリーヌ妃は好きな人と結ばれるわ。そして上手くいけば、私たちの仲を取り持ったアルエ公爵夫人の評判はガタ落ちになる。ね? いい案だと思わない?」


「まさか、アリアンヌ奥様……確実な方法って……」


 アリーの意図を察してダヤンが青ざめた。「お考え直しください」と頭を下げる。


「リオネル殿下だけは、わたくしが必ずあの世へ連れていく。大丈夫よ、ダヤン、わたくしは死なないわ。ただ、肉体が新しいものへと変わるだけ。だから、あなたは一生わたくしの奴隷よ。解放してあげられなくてごめんなさい。それどころか、これから少し危険なことをお願いすることになるわ」


 隷属の術は、かけられた者か、かけた本人が死ぬまで続く。魔女の寿命は長いから、ダヤンは生涯アリーの魅了から逃れることはできない。

 尤も復讐を遂げたあとは、二度とダヤンに関わるつもりはない。来世がいつどこで始まるのかわからないし、再会したとしても、もう用はないからだ。

 最初に会ったとき、侮蔑の表情を浮かべていたこの男は、偽りの思慕を抱えて生きていくことになるだろう。


「私のことはいいのです。ですが、それではアリアンヌ奥様の評判も地に落ちてしまうではないですか」


「だからいいのよ。そのうち、わたくしがボージェ男爵の庶子だと広まるでしょうしね」


 アリーは微笑んだ。

『フェレリ男爵夫人』の評判が落ちれば落ちるほど、その実家であるボージェ家の信用は失われる。会社は傾き、ボージェ家の援助を受けるフォルジェ家も無事ではいられない。

 ボージェ社の商品を喧伝していたアルエ公爵夫人も、社交界での面目をなくすだろう。


「レオンさんはアリアンヌ奥様にとって、そこまで大切な人なんですね……」


 ダヤンに言われて「そうね」と答える。

 事実、レオンは後にも先にもアリーのただ一つの愛だ。

 魅了の力を手に入れた以上、人の心が簡単に移ろう姿を見続けることになる。おそらく、もう二度と誰かの愛を信じることなどできないのだろう。

 それに、肉親の情、誕生日パーティ……期待して裏切られるのは懲り懲りだ。

 ならば、偽物でも確実な関係を結ぶほうを選ぶ。ダヤンを腹心として傍に置いたように。

 前世の記憶があるのも善し悪しだ。ずっと憶えているということは、心の傷を負ったままということなのだから。

 アリーは、母レオニーと父ジェラルドとの関係も、魅了で操っただけのかりそめの恋だったのかもしれない、と思った。


 ※※


 それから三週間後、アリーとダヤンは密かにブルール領へ来ていた。

 領都のはずれエデアンの丘にある墓地にレオンは眠る。


「こちらですよ。アリアンヌ奥様」


 番地付けされるほど広い敷地のなかをダヤンの案内で進む。

「西3-2-7」と表示されたエリアの片隅に、『彼らはここに眠る』と彫られた墓標があった。幾人も連名されたなかの一つにレオンの名は刻まれていた。


「本当に……本当に、もういないのね」


 墓標の文字を指でたどる。

 

「ロイクさんと同じく孤児を養子に取っていた騎士団の人たちが、ここへ埋葬したそうです」


 その瞬間、最後の希望が潰えた。

 もしかしたら、いつかひょっこり目の前に現れて「あの報せは手違いなんだ。実は奇跡的に助かってさ、記憶をなくして領民の家でお世話になってただけなんだよ」なんて、物語のような言い訳を聞かせてくれるのではないか。そんな諦め切れない思いが心のどこかにあったのだ。


「バカね……そんなこと、あるわけないのに」


 アリーは涙を堪えて呻いた。

 暴徒化した人々に巻き込まれそうになった少女をかばったのだそうだ。面倒見がいいレオンらしい最後だとアリーは思った。誰かを傷つけるのではなく、助けていたなんて――。

 ダヤンから白いダリアの花束を受け取り墓前に捧げる。そして、ハンドバッグのなかのキャンディの袋を取り出して、花束の横に添えた。赤い包み紙の、あのキャンディだ。


(ねえ、レオン、知ってた? このキャンディ、ばら売りじゃなくて袋詰めで売られてるのよ)


 あの頃は、無邪気だった。足りないものだらけの日々が、たった一粒で満たされた。そう、たったの一粒。


(いえ、違うわね。()()()()()のは、レオンが傍にいてくれたから……)

 

 ふと浮かんだ言葉。

 ああ、幸せだったのだ、とアリーは今、やっと気づいた。

 そうか。そうなのか。

 あれが幸せというものだったのだ――――。


「もう思い残すことは何もないわ」


 アリーが踵を返すと、ダヤンもあとに続いた。


「ロイクさんの家には寄りますか?」


「いいえ。わたくしが訪問したら目立つわ。あなただけ挨拶に行ってちょうだい」


「かしこまりました。あとのことは、このダヤンにお任せください。アリアンヌ奥様の望みは、すべて叶えてみせましょう」


 魅了に囚われた腹心の執事は、アリーに異を唱えることなく従順な返事をした。

 

 準備は終わった。

 あとは実行あるのみ――――。

 アリーの顔に、自然と笑みがこぼれた。



 

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