21 王太子の苦悩
王太子からの助言、それは命令と受け取られても仕方がなかった。
軍略に関して素人だったリオネルが発した不用意な一言は、カミーユたちブルールの上層部を悩ませ、あの苦肉の策に走らせた。そして、徒らに被害を拡大させたのだった。
そのことが国王マリウスの耳に入ると、軍の統率を乱す行いだとしてリオネルは叱責を受けた。しかし、リオネルは父親の言い分を理解できず自らの正当性を主張したのである。
以来、ことあるごとに親子は政策面で対立するようになり、いまだにその溝は埋まっていない。
――――あの程度の犠牲で済んだのに、私には父上の考えがわからない。
リオネルは、アリーにそう言った。レオンの命をあの程度だ、と。
「アリアンヌ奥様の仇は王太子殿下ということですか? しかし、王都から遠く離れたブルール領まで『助言』が届くには時間が……」
納得のいかない顔をするダヤンの言葉をアリーは遮った。
「いたのよ、ブルール侯爵邸に。お忍びで辺境へ視察に行く途中に立ち寄っていたらしいの。滞在中に暴動だなんて、王都しか知らない平和ボケしたリオネル殿下は、さぞかし慌てたでしょうね」
「知りませんでした」
「王太子に関することだから、男爵家の執事にすぎないダヤンが探れなくても無理はないわ。リオネル殿下との逢瀬は無駄じゃなかった。いろいろな話を聞けたもの。ローラン様との馴れ初めとか……ねえ、知ってる? ローラン様は、自分の両親はブラン伯爵に殺されたと思っていらっしゃるのよ」
これもリオネルから得た情報の一つだ。
ダヤンは意外だったのか、目を見開いた。
「そんな馬鹿な、旦那様には動機がありません。ただの事故ですよ。フェレリ領に向かう途中の馬車道で」
「真実はともかくとして、ローラン様はそう思ってはいなかったみたいね。ブラン伯爵は、フェレリ男爵の称号を欲しがっていて、あの事故で一家の暗殺を謀ったのだとリオネル殿下に話していたくらいだから」
両親と一緒に領へ向かうはずだったローランは、直前で予定が変更になり同じ馬車には乗らなかったため無事だった。
フェレリ男爵領は小さいが、ブラン伯爵領よりも歴史が古い。フォルジェ家は、建国前、ただの豪族だったころからあの地を治めている。いわば一族の始まりの地だ。
フォルジェ家の前当主であるローランの祖父は、自身が持つ由緒ある爵位を息子たちに分け与えた。兄にブラン伯爵、弟にフェレリ男爵を。
家格の序列がすべてではないとアリーに教えたのはダヤンだ。
侯爵位があるにもかかわらず、わざわざ伯爵を名乗るブラン伯爵のことだから、弟の爵位を狙ってもおかしくはない。だから自分を殺し損ねて企みが失敗した今も、ダヤンを監視につけて男爵家の実権を握っている――とローランは考えているというのだ。
「まあ、私がローラン様を監視しているのは事実ですから、そう思われても仕方ありませんね」
ダヤンが肩をすくめる。
それを見たアリーは薄笑いを浮かべて念を押す。
「このことはブラン伯爵に報告してはだめよ? もしもローラン様が、復讐のために何かを企んでいたとしても止めるつもりはないのだから」
「わかっております」
「わたくしは、白い結婚になると知りながら金のために縁談を決めたブラン伯爵を許さないわ。たかが王宮のデビュタントのために娘の人生を犠牲にしたお父様も、王家の醜聞に利用したアルエ公爵夫人も、もちろんリオネル殿下もね」
アリーは口惜しそうに唇を噛みしめた。
「あんな男を絶対に国王になんてさせない。最近のリオネル殿下の悩みはなんだと思う? いかにして円満に離婚を成立させるか、なんですって! 孤児たちの命を軽んじたことなんて、とっくに忘れているのよ」
そう、目下のリオネルの苦悩は、妻のジャクリーヌただ一人に注がれていた。
先日の逢瀬でも――――。
「ジャクリーヌと離婚する手立てが思い浮かばないんだ」
琥珀色の酒をグラスに注ぎながら、リオネルがため息をついた。
最近のアリーとリオネルは、アルエ公爵夫人が年間契約している王都内の高級ホテルの一室で忍び会うようになっていた。他人を装って別々に入り、別々に出る。
誰にも邪魔されない二人きりの時間。
「いっそのこと離婚は諦めたらいかがですか。子どもはジャクリーヌ様の想い人との間に儲けてもらえばいいのでは?」
アリーはソファに座り、リオネルに渡されたグラスに口をつけた。
「怖いことを言うね。そんなことをして、もし明るみに出れば私も彼女も無事ではすまない。それに約束したんだ。私の秘密を守る代わりに、七年以内に離縁して自由の身にすると。離婚歴がつけば、身分違いで諦めていた恋人と結ばれることができるだろうから」
この密約こそ、モルーノ帝国皇女であるジャクリーヌが、名誉を傷つけられてばかりの結婚生活を黙って受け入れている理由だった。
結婚当日、リオネルから男しか愛せないと告げられたジャクリーヌは、「イデン王国は、我がモルーノ帝国を馬鹿にしているのか」と激しく憤ったという。真実を公表する、とすぐさま寝室から出て行こうとしたほどである。
このままでは王家の醜聞になるだけでなく、帝国との条約も破棄されることになる。慌てたリオネルは、その場で土下座した。そして、離婚して自由の身にすることを約束したのだった。
離婚で経歴に瑕疵がつけば、再婚相手の条件は緩くなるだろう。そう考えたジャクリーヌは七年、つまり恋人との子どもが望める年齢の間に離縁することを要求し、リオネルはそれを呑んだのである。
「ならば、本当のことを話して貴族院と法王庁を納得させるしか……」
「男色の男の妻になったと笑いものにされるなんて、ジャクリーヌは絶対に許さない。火遊び程度の噂なら、離婚するための布石だと笑って受け流すだろうけど」
これ以上、ジャクリーヌを怒らせたくないとリオネルは頭を抱えた。
「なら、あとは――――」
アリーは魅了を込めて、一番確実な方法をリオネルの耳元で囁いた。




