2 予選開始、そして終了
『はーい! じゃあ、この予選で、参加者の数を減らしていくわよー!』
拡声器みたいな、機械を通したような大音量で、例の死神さんの声が響く。私は引き続き、夢の中に居て、既にイベントは開始されていた。ちなみに夢の中は、ほぼ暗闇だけの状態が続いている。私を含めたイベントの参加者達は、自分の姿さえ見えず、まるで魂だけが浮遊しているような感覚だ。
むしろ、魂だけで体が無い方が、イベント会場に参加者一同を集めるのに都合が良いのだろう。私達、参加者は二人一組で、それぞれ個室のような所(繰り返すが、暗闇なのだ。正確には把握できない)で対面させられている。対面と言っても、気配を感じるだけで姿は見えない。私達は声を出す事は出来るようで、耳を澄ませば息遣いも聞こえてくる……気もする。錯覚かも知れなくて何とも言えなかった。私はイベント前に行った、少女の声を持った死神さんとの会話を思い出す。
「これから始まるイベントは、まず予選で参加者の数を減らすの。それから、残った数十人で、バトルロイヤル方式で戦ってもらう。そこで生き残った一人が勝者となって、願い事を叶える事ができるわ」
死神さんの説明をまずは黙って聞く。デスゲーム、という表現は嫌なので、私もイベントと言うが。このイベントの参加者は何人くらいなんだろうと私は思った。死神さんは正確な数を教えてくれないが、精々、多くても数百人ではないか。イベントの脱落者が亡くなるとしたら、一度に数千人が死ねば大騒ぎになる気がした。
「ちなみに予選後のバトルロイヤルに付いては、まだ内容が決まってないの。その内容は、私と貴女が相談して決定できるからね。と言っても、あんまり時間は無いから、できれば予選の最中からアイデアを練っておいて」
「そんな余裕は無いと思うわ……予選って、そこでも殺し合うんじゃないの?」
「その心配は無いわ。先に教えておくと、簡単なカードゲームだから。全自動のジャンケンみたいなもので、私が貴女を絶対に勝たせてあげる。ただし八百長がバレないように、貴女は全力で演技をしてね」
死神さんが言うには、今回の八百長は、死神さんの単独計画らしい。死神さんは、球技で言えば審判に当たるような存在で、その立場を利用して私を優勝させる計画だそうだ。私の世界でも、球技の審判が例えば買収されて、特定の球団を優勝させたりする事はあるのだとか。
「まあ私の場合は、買収じゃなくて、自分の意思で決めた事だけどね。簡単に言えば、ウンザリしてるのよ。私を縛る、今の枠組にね。その枠組を壊すには、イベント優勝者の大きな願いが必要なのよ。『世界を変えたい!』っていう、その強い願いを叶える事に寄って、大きなエネルギーを生み出したいの」
「……その大きなエネルギーで、死神さんは、自由になれるって事?」
「うん、そういう解釈でいいわ。どうせ人間には、基本的に理解が及ばない世界での出来事だしね。とにかく貴女が優勝してくれれば、私にも都合が良いって訳。じゃ、頑張ってね」
回想に浸っている場合では無い。私は暗闇の中、個室の中で対戦相手と向かい合っている状況である。その私と対戦相手の前に、裏向きでカードの束が、それぞれ一つずつ現れた。カードは淡い光を放っていて、どうやらトランプのようだ。闇の中でも、束からめくればカードの数字は読み取れそうだった。
『はい、今、参加者全員の手元にトランプが現れたわね。これから自動的に、そのトランプからカードが一枚、めくられるわ。そのカードの強弱で、二人一組の勝ち負けが決まるの。一発勝負のジャンケンみたいなものだけど、アイコの確率は低いでしょうね。負けた方の参加者は速やかに消えてもらうわ』
更に説明が続いて、カードの数字が同じだった場合は、決着が付くまでやり直すそうだ。参加者にカードを触らせないのは、イカサマを防ぐためだと言われた。実際は、そのイカサマを死神さんの方が企んでいるのだが。
『じゃあイベント開始! 幸運を祈るわ!』
白々しいアナウンスの後、トランプが自動的に一枚、めくられて宙を舞った。私は事前に八百長を知らされているが、それでも不安はある。私が裏切られて、他の誰かが優勝する筋書きがあるのではないか。そんな疑いが消えなくて、どうだろうが私にできる事は無い。
ご丁寧に、暗闇の中でディスプレイが現れた。私と、対戦相手のカードがテレビみたいな大きな画面に映し出される仕様だ。相手のカードはハートの十だった。重要なのは数字だけで、ハートやスペードといったマークは勝負に無関係なはずだ。そして私のカードは──
「ジョーカー……」
ピエロのような絵柄が画面に映し出される。これで負けという事は無いだろうか、との想いは杞憂に終わった。対戦相手の姿が一瞬、輝いて、あっという間に消える。『負けた方の参加者は速やかに消えてもらうわ』という、死神さんのアナウンス通りの現象があった。
『はーい、順調に削れたわね。これで参加者の数は半分になったわ。あと一回、同じ要領で参加者を減らして、残った人達で決勝を戦ってもらいます。では、また二人一組にするわ』
順調に削れた、という表現が恐ろしい。人の命を何とも思っていないようで、それに腹を立てるような余裕は私に無かった。今の状況から、早く抜け出したい。それには勝つしかないのだと分かっていた。
暗闇の中で、私達が移動させられたのか、それとも個室の方が移動してきたのか。とにかく、また私の前に対戦相手の気配を感じた。呼吸の音が聞こえて、どうやら私達は、出そうと思えば声を出せるようだ。さっきトランプのジョーカーを見た時、思わず私は声を出していたし。
『じゃあ、ちゃっちゃと終わらせましょう。カード・オープン!』
場違いな程の陽気さで、死神さんがアナウンスする。さっきと同じように、トランプの束が一つずつ、私と対戦者の前に現れた。また自動的に一枚、カードがめくられて宙に舞う。相手のカードはスペードのキング。そして私のカードは────
「クラブのクイーン……!」
キングは数字で言えば十三、クイーンは十二。私の負けだろうか、あの死神さんに裏切られたのかと血の気が引くのを感じる。「勝った、勝ったぞ!」と、男性らしい対戦相手の声が闇の中で響く。私は咄嗟に思い付いて、「違う、違うわ!」と叫び、更に続けた。
「アナウンスで言ってた! 『カードの強弱で、二人一組の勝ち負けが決まる』って。数字の大小で勝負が決まるとは言われてないわ!」
一瞬の沈黙が生まれる。そして、対戦相手の姿が光って、静かな爆発のように消滅していった。勝った……のだろうか、私は。
『ちょっと揉め事があったかしら? ええ、お察しの通り、この勝負は数字が低い方が強いからね。大体、普通のトランプゲームだって、エースが最強でしょう? あれは数字で言えば、一のはずよね』
私は、ただ放心しながらアナウンスを聞いていた。そして死神さんの声が続く。
『そして普通のトランプゲームと同じじゃ面白くないから、この予選では数字の二を最強にしてたの。ああ、ジョーカーは全てのカードに勝つけどね。クイーンはキングより強くて、最弱のカードはエースって訳。そもそも王様が女王より強いって、誰が決めたの? どうせ馬鹿な男達でしょ。そいつらがルールを押し付けてきてさ、ずっと状況が変わらないのよ。不愉快だと思わない? ねぇ、思わない? 私は不愉快だわ!』
声に狂気が混ざってきていた。死神さんの、強い憤りを感じる。
『……いけない、いけない。まあ言いたいのは、私達の世界も人間の世界も、似たような部分が多いって事。ここで愚痴っても仕方ないわ、さあ、生き残った人達は決勝に進んでもらうからね。指示があるまで、各自、休んでて』
アナウンスが終了して。私が思ったのは、死神さんも不自由な世界で生きているのかなぁと。そういう事だった。