20「お前ら、食事中は静かにと親に教えてもらわなかったのか?」
食堂はまさに大盛況の一言だった。
席という席は人で埋まり、美味そうに料理を食べる者もいれば、酒片手に騒いでいる者もいる。どうやら猫の長靴亭は、夜には酒場になるらしかった。
「ふわぁ、すごい人ですね」
人の多さにティルが目を白黒させている。ルビーはというと踏まれないように、オールの肩へと避難していた。
「これ座れるとこあるのか?」
下手をすると部屋での食事となる。できればこの中で食事をしてみたいんだがなぁ。
食堂の入り口で立ち往生していると、接客をしていたリアラがこちらに気づいた。
「ごめんね、忙しくて。夕飯だよね?」
「そうだが、空いてる席がないなら部屋で……」
「あ、大丈夫、大丈夫。そこのテーブル空いたから座って、座って」
手際よく食器を片付けテーブルを拭く姿は、ベテランそのものだ。とても人をロリコン扱いした奴とは思えない。
「それじゃあ、いま夕飯持ってくるから待っててね」
にこりと笑いリアラは厨房のほうへと歩いていく。その後ろ姿を見送った俺は、夕飯がくるまで人間観察に興じていた。
「はい、おまたせー、今晩のメニューはシチューだよ。熱いから気をつけて。それとルビーだっけ? 君の分もあるよ。こっちは冷ましてあるから」
目の前に並べられる食事。メニューは、パン、シチュー、サラダとシンプルだがとても美味そうだ。ちゃんとルビーの分もあるらしく、テーブルの下に置いていた。
「では、ごゆっくりどうぞ」
料理を並べ終わると挨拶もそこそこに、リアラは次のテーブルへと行ってしまった。大変だな、と思いつつ俺は目の前の料理に集中する。
まずはパンを一口。さすがに地球のパンのようにやわらかくないが、これはこれで歯応えがあっていい。次に手をつけたのがメインのシチュー。見た目や匂いはビーフシチューに似ている。ただ使われている肉はビーフではないだろうが。こちらも一口。おお、味もビーフシチューそっくりだ。
「美味い……」
「はい、おいしいです」
俺の呟きにティルが賛同する。ティルを見れば美味そうにシチューを頬張っていてなんだか微笑ましくなった。
ここの食堂が繁盛するわけだ。こんなに美味い料理だったら誰でも食べたくなる。
「どれ、もう一口……」
今度は肉を食べてみよう。そう思い、スプーンを持ち上げたところで、シチューが宙を飛んだ。
もう一度言おう。シチューが宙を飛んだ。横から飛んできた何かがシチューを弾き飛ばしたのだ。
シチューのあったところに転がる木製のジョッキ。そして聞こえる争うような複数の怒声。
「てめえっ、もう許さねえっ」
「ハッ、どっちが格上か教えてやるぜっ」
俺たちのテーブルから二席ほど離れた所で、繰り広げられる酔っ払いたちによる乱闘。それもだんだんとヒートアップしているようで、周りの客が危険を感じ離れていっている。
オールも眉をひそめ、ティルに至っては脅えていた。
俺はというと無惨に床にぶちまけられたシチューを見ていた。まだ一口しか食べていなかった。次はよく煮込まれた肉を、と思っていた。
それを邪魔したのは。吸血鬼の食事を邪魔したのはーーー。
俺は椅子から立ち上がった。そのまままっすぐ騒ぎのもとへと近づいていく。
目の前には取っ組み合っている二人の大柄な男たち。テーブルの上はすでにぐちゃぐちゃだったが、木製のジョッキが一つ足りなかった。
ああ、お前たちか。
俺はすかさず男たちの足を払い体勢を崩した。そこから男たちの顔を手で掴み、床へと勢いよく叩きつける。
ドンッという音と二つの呻き声が聞こえたが、まるっと無視した。
「お前ら、食事中は静かにと親に教えてもらわなかったのか?」
俺の指が男たちの顔に食い込んでいく。俺が纏う威圧のオーラに男たちの顔が青ざめていくが、知ったことではない。
「酒を飲むのはいい。だがな、人様に迷惑をかけるような飲み方は感心せんな。少し頭を冷やせ」
顔を掴んだまま、男を外へとぶん投げた。当然、出入り口である扉は閉まっているため、それを突き破って外に転がった。間を置かずもう一人もぶん投げ、食堂が静かになったところで俺は呟く。
「はぁ、肉、食べ逃した」
「いやー、あんた強いんだねえ」
場所は変わらず食堂。酔っ払いを片付けた俺は、残ったパンだけでも食べようと席に戻った。ーーが、そこに女将が来てなぜか感謝された。
俺としては怒られると思っていた。酔っ払いとはいえ客をぶっ飛ばし、その流れで扉も壊したのだから。
どうやらあの二人はかなり酒癖が悪く、よくやらかしていたらしい。体格も良く力もあるため、誰も仲裁に入れなかったところを、俺がぶん投げてしまったようだ。
女将に「見事な投げっぷりだった」と言われ、苦笑するしかなかった。
「女将、扉代は弁償する。すまなかった」
「あはは、いいよ。扉代はあの酔っ払いどもから徴収するからさ。それよりーー」
女将が厨房のほうに視線を向けると、ちょうどリアラがお盆に何かを乗せてやってきた。
「はい、どうぞ」
テーブルに置かれたのは、さっきと同じシチューに何かの肉のソテー。目の前の料理に俺は女将を見返した。
「お礼と言っちゃなんだが、新しいシチューとホーンラビットの肉のソテー、良かったら食べておくれ」
「いいのか?」
「もちろんだよ。ではごゆっくり」
そう言い女将は仕事へと戻っていった。
女将が去ってから俺は改めてテーブルの上を見た。ダメになったはずのシチューがあり、ホーンラビットの肉のソテーという新たな料理が増えている。
俺は上機嫌で新しくきたシチューに舌づつみをうち、ホーンラビットの肉のソテーも皆で分け美味しくいただいた。
ちなみにホーンラビットの肉を食べているルビーを見て、共食いか? と思ったのは俺だけだろうか。




