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ハチドリの行方

裏社会に重きを置く一家に生まれた少女が、勘当されて見知らぬ町で暮らす話、だったもの。

ずっと一緒だと幼い頃からの約束を結び直した翌日、カノジョは死んだ。カノジョは私にとって全てだった。私にとってカノジョは宝だった。それを失った私に残されたものは、





「出ていきなさい」





「…お世話になりました」






漆喰の机に差し出された分厚い封筒。手切れ金なんだろう。目の前に座る父は、ただただ無表情だった。






残されたものは、500万の現金だった。せめて通帳に入れとけよ、なんて思ったけれど口に出すことはせず、心のなかにしまった。







もう一生顔を合わせることはないだろう。








ウグイスが鳴いている中庭の横で、わたし龍生壱華(タツキ イチカ)は大切な友を失い家族をも失った。







ーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーー







セミが鳴き始めた初夏、私は手切れ金に手をつけることなく生活を送っていた。ひとつ、ふたつ、みっつぐらい県を跨いで、海の綺麗な町にやって来た。






ここで小さなアパートを借りて、静かに暮らしていこうと決めていた。保証人も要らないようなアパートは、本当にろくでもないけど、保証人が要らないし賃貸料も安いから、諦めて住んでいる。何事も妥協は大事だ。






「吉乃さん、おはよう。今日は遅出なの?」






「あ、新條さん。おはようございます。いえ、今日は久しぶりのオフなんです」






「そうなんだ!じゃあ、ゆっくり寝れるね」





「えぇ、これから二度寝をと考えてるんです」





「そっかそっか。ゆっくり寝てね!」






ゴミ捨てに出れば、同じアパートに住んでいる新條さんがいた。この人、かなりの美形さん。身に付けているものが高級品ばかりなのに、なんでこんなおんぼろアパートにいるんだろう。






いつもアパートの外で出会い、逐一私の予定を訊いてくる。9割ほど嘘を交えながら、話に花を咲かせている。ろくでもない住人である所以だ。それでも話に花を咲かせている私も、ろくでもない住人のひとりに当てはまるんだろうな。







激務なバイトは本日お休み。久しぶりのオフで、新條さんに言った通り寝入り込む予定だ。給料が良い分、かなりの激務。街にあるバーの助っ人としてバイトをしていた。掃除したり、料理を作ったり、時たまお客さんの話し相手をしたり。バーの助っ人なのに、仕事は多岐に渡る。






そんな激務でも、それなりに充実した日々を送っていた。ぽっかりと穴が開いた心は、ひどく寂しかったけれど私の時間は止まることなく進んでいった。







代わりに私が死ねば良かった、と親族たちは囁いていた。龍生の後継者を失った事の大きさしか、あの人たちにはなかった。カノジョを愛していた男だけが、カノジョの死を心から悼み嘆いていた。カノジョを大事にしていた友人の彼等のだけが、亡くなったカノジョを見ていた。龍生の後継者ではなく、龍生双葉を。






あの家を出た、ということは私は龍生に捨てられたということで。当主の娘だったカノジョと当主の弟の娘だった私。価値の違いは大きい分、手放すのも惜しくなかったんだろう。家族仲は普通だったんだけどなあ。いや、だから手切れ金にあんな大金をくれたのだろう。






地元から離れれたことは良かったと思う。カノジョの恋人や友人とは、私も仲が良かったから。これから顔を合わすのはとても気まずくて、逃げた。






「寝れない……」







疲れているのに、体は活動することを求めていた。最近は昼夜逆転した日々を送っていたから、買い物にでも出掛けてみようか。日用品は足りているし、私自身の買い物でも。






そうと決まれば、行動は早かったかと思う。Tシャツとダメージジーンズに着替えて、薄くメイクを施す。昼夜逆転した生活をしていても、クマやニキビのない肌は日々の成果だろう。







背中まで伸びた髪をポニーテールにして、カノジョのくれた髪止めをつけた。深い青みのある石がついた髪止めは、カノジョからということを抜いても、私のお気に入りである。






斜めがけの黒色のショルダーバッグに、財布とスマホを入れて、足下は厚底の靴で完成。シンプルな格好が私のモットーだ。もう夏だから黒一色の格好は出来ない。女らしくとは思うけど、誰も居ないところで着飾っても滑稽なだけ。






「いってきます」






部屋の奥の写真のなかで笑うカノジョは、とても綺麗だった。






アパートから暫くあるけば、ショッピングセンターがある。ろくでもないアパートだけど、意外と交通の便が良い。





「あ、新作出てる」





行きつけのブランドが、ここのショッピングセンターにもあったとは。惜しいことしてたなー。もしかしたら、他にもあるかもしれない。そういや、こういった買い物に行くのは、引っ越しして初めてだっけか。






今月は給料も多めに出たし、今日はちょっと買い物をして帰ろう。いや、新作の服は買わないけど。え、でもちょっと待ってよ。これは買おうかしら。





黒のロングワンピース。華美にならない程度にあしらわれた複雑なレースとスパンコール。






めっちゃ好み。






「お客様は背が高いので似合うかもしれませんね」





「買います」






「試着は宜しいですか?」






「うん、サイズ見たら大丈夫だから」






「ここのブランドをよくお使いに?」







「よくお世話になってる。良い服があるよね」







ニコニコと店員は私の手を握り、ありがとうございます!と叫ぶように言った。周りの目が痛いけど、まあ感激されてるし?この店員さん、わりと可愛いし。許す。






「ありがとうございました!またのお越しをお待ちしてます!!」





「また来ます」






着ていくところないけど購入。良い買い物したなあ。途中、カノジョの好きなブランドもあったから立ち寄ってみた。新作の服が出ていた。






そういえば、最後に来たの冬だったもんなあ。そりゃ新作も沢山出てるわ。






所々でアクセサリーや雑貨を買い、一息つこうとベンチに座った。あー、マジ良い買い物した。時計を見れば昼過ぎで、昼ごはん食べずに買い物をしていたと気付いた。






「よっし、何か食べに行くかー」





荷物を持って、立ち上がった時。私の足にボフッとぶつかってきた何か。いや、何かっていうかフワフワの茶髪が居る。そして、コロンと後ろに尻餅をついた。






「あ、あ、あ、」






「ごめんっ、大丈夫?」






「うっ、やら」






私は何もしてないはずなのに、つい謝った。子供相手なら、誰だって謝る。そこまでろくでなしではない。荷物を置いて、慌ててしゃがみこむ。







見上げてくる子供。くりくりの茶色い目に、溢れんばかりの涙を浮かべていた。泣くなよ、泣いてくれるなよ。






「どこか痛い?」






「うーっ」





小さな小さな手を必死に伸ばして、私の首に手を回した。そして、そのまま私の首筋に顔を埋め、えぐえぐと泣きはじめた。なんで、そこで泣くの?






可愛いけど。可愛いから許すけど、キミどこの子よ。私、誘拐犯とかにされないわよね?立ったまま、私の首筋で泣く子供をそのままにも出来ず、私はベンチに再び腰かけた。






「ごめんね、尻餅が痛かったかなあ。チビちゃん、お母さんかお父さんは?」






「うー」






「チビちゃん、まさかの迷子かな?お姉ちゃんと一緒だねぇ」






お姉ちゃんは人生の迷子だけどね!






リズムよく背中を叩き、私は早く泣き止めと話しかけ続けた。それでも子供は泣いた。この子は、声もあげずに泣くのか。子供らしくない泣き方だなあ。






いやしかし、シャンプーの良い匂いがする。







いつまでそうしていただろう。子供はいつの間にか泣き止み眠っていた。マジかよ。言葉にならない。離そうにも思いの外強い力で、私の服を握っていたから無理だ。







「そうだ、迷子センターに行こう」







遅い行動かもしれないけど、このままでは埒が明かない。よいせと立ち上がった時。私の前から異様な雰囲気を漂わせた男3人組が来た。その足は、間違いなくこちらに向かってきている。








そして、周りのざわつき。これ、多分だけどヤバイやつ。私知ってる。カノジョの恋人や友人が、こんなタイプだったから。私身を持って体験したことあるから。






「ねぇ」






「は、い?」






「その子さ、ずっと君が連れ歩いていたのかなあ?」







あ、まさかの子供が目当てか!!ただ私に非はない筈だ!!いやちょっと待て?この声、今朝も聞いた気がするぞ。人間ってサングラス掛けたら、一瞬で雰囲気変わるもんなんだねえ。







「ねーえ、話聞いてる?」






「し、新條さん?」






「そうだよ新條だけどそれが何?」






「くっそ‼そっち系かよ!!ろくでもない住人ばかりだとは思ってたけど、そっちの世界の住人も居たのかよ!!あのくそ大家、何も言わなかったじゃねーか!」






どういうことか?そういうことだ。






「ろくでもない住人?」






「お前、とんでもねぇこと言われてるね」






「いや、そう言う人は早嶋かあのアパートに住むーーまさか、吉乃さん?」






細身の男と新條さん。これはどっからどう見ても大物なんだろう。周りの目がキツい。これ、私の顔と名前が広がらないよな?






「吉乃です」





「今日は1日寝てるって……」






「寝れなかったので買い物に。この子はさっきぶつかってしまって、泣き止んだか見たかで寝たので」






今から迷子センターに行こうと思ってました、なんて言えばサングラスを外した新條さんは、感激したかのように私の頭をなで回してくる。止めろよ。叩き落としたいのを全力で抑えた。







「ありがとう!吉乃さんが見つけてくれたんだ!良かった、誘拐されたのかと思った!しかも迷子センターにすぐ連れていかれなくて、マジ良かった!!」






「……」






誘拐犯にされそうだったのかな。






「海里、誰か教えてくれなきゃ」






「あ、早嶋のアパートに住んでいる吉乃さん。ほら、悠里のバーで助っ人してるって前に話しただろ?」






「あぁ、新入りさんね。この子を拾ってくれてありがとう。僕たちが殺されるところだった」







早嶋さんは大家さんで、悠里さんはバーの店主だ。知り合いっつうことは、この人等に私の情報は筒抜けだった可能性があるってことよね?なるほど。 まあこの街は統括されていることを考えると、当たり前ではあるかな。ただ、この人たちが何者になるのかが分からないけど。







殺されるところだった、っていうのは聞いてないことにする。






「凜ちゃん、お家に帰ろ?」





「んっ」





「寝てるし、物凄い力で握ってるから取ったら起きますよ」





「あちゃー。どうしよっか」





「…良ければ、途中まで一緒に行きますが」





「ほんとっ?あ、でも車で来てるんだよね」






途中もくそもねぇな。完璧にこの子のお家に行っちまう。というか、何者だよ。偉いのは分かっている。周りのざわつきはまだ収まらない。





「……ひとつお伺いしますが、」





「ん?なになに?」






「何者でしょう?」






笑顔の新條さんと、細身の男は固まった。聞き方が悪かったのではなくて、恐らくその質問されると思っていなかったからだと思う。





「何者、とは?」





「この街はピラミッドで成り立っていると聞いています。一番上に位置する王座にいるのか、真ん中に位置する中座にいるのか、はたまた一番下に位置する下座か。周りから判断するに、王座に近いとは思っているんですけど」





「あー、なるほど。吉乃さんの予想は当たってるけど、どうしてかな?」





「東雲会か…」






やっぱりろくでもない住人だったわ!!こんな間近な所に居たとは。灯台もと暗し。いや、この街に来た意味はないけど、まさか恩人に会えるとは。あぁ、そう言えばこの街だったっけ。





「そうだよ、東雲の人間だよ。なぁに、怖じ気付いたの?」





「いや……まさか東雲の方とお会いできるとは思ってなかったもので。前に御当主に助けられましたので、驚きました」





「当主?」





「はい。仕事で東峰組の主催する会合にに忍び込んだ際に少々ヘマをしまして、その時に東雲の御当主に逃がしていただいたんです」





いやあ、あの時は首が飛ぶだろうなと思っていたから本当に助かったのだ。ありがたい話である。





「東峰組の会合って、キミは……」





「あぁ、自己紹介が遅れました。私、龍生の後継者だった龍生双葉の側近を勤めていた龍生壱華と申します。今は吉乃壱華と」





「龍生って、あの龍生会?」





「はい。今は勘当されたので、ただの小娘です」





「いや、ただの小娘には見えないけど……。それに龍生壱華と言えば、情報収集に長けているって」





「もう捨てました。カノジョに使えないものは要らないので。だから、ただの小娘です」





何もなしで、私はこの街に来た。家族も友達もいない、何も持っていない。情報収集に使っていた機材だけは、どうしても手離したくなかったから持ってきたけど、押し入れで眠っている。





「ただの小娘には見えないけどね。お互い、何者か分かったことだし本家に帰ろうか。キミもそろそろ肩が凝ったでしょ」





「え、」





「凜ちゃんを保護してくれたお礼をさせてよ。それに当主に顔を見せたら?」





細身の男は私の荷物を取って、さっさと歩き始めた。私も一緒に東雲の本家に行くのは、彼のなかで決定事項になっているらしい。





「御当主に顔を見せても、ただの小娘なんか覚えてるわけが」





「それがあるんだよね。吉乃さんのこと気にしてたんだよ」

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