【第1話】
全4話の短期連載です。
あたしのネコが死んだ。
中学の時に、学校帰りの河原であたしが拾って来たのだ。まだ、両手の平に乗るほどに小さかった。
名前は無かった。特につけていなかったのだ。だって、ネコは、犬と違って呼んでも来ないんだもの。
でも、あのネコはちょっと違った。
あたしが落ち込んでいる時、寂しい時、そんな気持ちがわかるのか、何時も傍にきて体を寄せてくれた。
何時もは、お腹の空いた時しか寄って来なくて、あたしの顔を見ても煩わしそうに「にゃぁ」と言うだけで、シッポを振るわけでもない。
なのに、あたしが寂しい思いに呑み込まれ、暗く落ち込んでいる時は、静かに部屋に入ってきてあたしに寄り添うのだ。
晶子と喧嘩して絶交寸前になった時も、秀二と別れた時だって、何時もそうだった。
ネコを最後に見かけたのは、昨日の夜ご飯をあげた時。
昨晩は父も母も出かけていなかった。
あたしが冷凍食品の夕飯を食べようとしていると、何時ものように右足にまとわり付いて「にゃぁ、にゃぁ」と鳴いた。
彼の鳴き声を聞いたのも、アレが最後だ。
たぶん、昨晩遅くに車に跳ねられたのだと思う。
朝、学校へ行こうと外へ出たら、ネコは冷たい骸となってアスファルトに横たわっていた。
タイヤで引かれたわけではないのだろう…………体は潰れていなかった。ただ頭から血が流れて、小さな血溜まりが出来ていた。
鬼のように車高の低い車の、下回りにでも引っ掛けられたのかもしれない。
あたしはその日、学校へ行くのを止めて、庭にネコのお墓を造ってあげた。
何かに取りつかれたように、ひたすら庭の片隅に穴を掘った。気が付くと、小さな園芸用のシャベルで30センチもの深さを掘っていた。
そっとネコを横たわらせ、静かに土をかけた。
穴を掘っている間も、土を埋めている時も、あたしは奇妙な使命感に囚われて半ば事務的に作業を進めた。あまった土を使って、塚を造ってあげた時、初めて寂しさが沸き起こり、心の奥にぽっかりと空いた大きな隙間を、冷たい風が吹き抜けた。
あたしの寂しさを、誰よりも判ってくれたネコ…………
「bye−bye」
柔らかい土の上に雫がこぼれ落ちて、真っ黒な手で拭った頬は、忽ち土だらけになった。
ネコがいなくなってから一ヶ月が過ぎた。今でも、あたしは、風で庭の草木がそよいだり、何かの拍子で部屋の空気が動くと、ハッとして振り返ってしまう。
気ままにうろついていた、あの小さくて無邪気な獣は、もうこの家にはいないのだ。
「ほら、早くしないと遅刻するわよ」
母があたしに言った。
もともと食べるのが遅くて、いつも朝食の途中で出かけていたあたしは、自分が世話をしなければならない存在がこの家から消えると、ますますのろまになって、毎朝母親にせかされる。
いそいそと半分齧ったトーストを置くと、そのまま鞄を持って玄関を出た。
庭で、ガサッと音がした。
あたしは直ぐには振り向かない。どうせ風の悪戯だ。
再び音がして、何かがブロック塀の上に飛び上がるのが見えた。
あたしは瞬きもせずに、その物体を見つめた。
綺麗な黒と茶色のトラジマで、シッポの先と左の後ろ足の先が真っ黒。
あたしのネコ……………
「戻ってきたの?」
こちらをじっと見つめるネコに、あたしは思わず声を掛けた。
「やぁ、すまないね」
誰かの声がして、塀の外側から、そのネコを抱かかえた。
あたしは、ただ目をぱちくりと見開いて、彼を見つめた。
「ここの家の人?」
「あ、はい…………」
中肉中背、何処にでもいるような平凡な顔の青年が立っていた。
「これ、うちのネコなんだ」
彼は最近、向かい側のアパートへ引っ越して来たらしい。
「ネコ、好きなの?」
「え、いえ…………ハイ」
戸惑いながら、あたしは応えた。良く見ると、あたしのネコよりも、一回り小さいかもしれない。
あたしは、それを言われるまで全然気にした事がなかった。
学校から帰ると、二階の部屋へ行って普通に着替える。制服の上着もスカートも無造作に脱いで、時にはそのまま下着姿でクローゼットを物色する。
向かい側にあるアパートは、こちらに向いている部分が北側だから、通路とドアしか見えない。だから、まったく気にした事も無く、あたしは着替える時、いちいちカーテンを閉めたりしなかった。
「ねぇ、キミ」
ある日の夕方、向かいの住人である、あのネコの飼い主に声を掛けられた。
あたしはポカンとした顔で振り返った。
彼はネコを抱えていて、あたしの気はどうしてもその腕の中へいってしまう。
「キミ、着替えの時、カーテン閉めた方がいいよ」
「えっ」
あたしは、一瞬、その意味が判らず、それでも着替えと言う言葉に反応して、顔を紅潮させてしまった。
「いや…………ここの二階の通路からキミの部屋が丸見えだから…………だから、その、危ないなぁって」
そういいながら、彼の顔もアッと言う間に赤くなった。それが、どう言う事なのか察したあたしは、ますます顔から火が出る思いだった。
この人はきっと、悪意は無かったとしてもあたしの着替えを見ているんだ。
「こ、これから、気をつけます。ごめんなさい」
あたしは何故か謝って、その場を駆け出した。
自分の部屋に入ると、真っ先にカーテンを閉めた。




