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第1章 「8時15分に止まる街」

朝の光は、いつも通りだった。

遼はタクシーのハンドルを握りながら、大通りを流していた。


広島の朝は早い。

通勤の人波、信号待ちの列、路面電車の音。


すべてが、当たり前のように動いている。


「八丁堀まで」


後部座席の男が言う。


「はいよ」


遼は軽く返し、アクセルを踏む。


見慣れた景色。

何度も走った道。


変わらないはずの朝。


そのときだった。


ふと、違和感が走る。


音が——一瞬、消えた。


クラクションも、人の声も、すべて。


ほんの一瞬。


だが、確かに“止まった”。


「……今の」


遼はミラー越しに後部座席を見る。


男は、何事もなかったようにスマホを見ている。


気のせいか。


そう思い、前を向いた瞬間。


まただ。


今度は、はっきりと分かった。


世界が、止まっている。


車も、人も、信号も。


すべてが静止している。


なのに——


自分だけが、動ける。


「なんだこれ……」


遼は車を降りる。


周囲を見渡す。


完全な無音。


風も吹いていない。


時間そのものが、止まっているようだった。


一歩、踏み出す。


靴音だけが、やけに大きく響く。


近くの人に触れようとして、手を止める。


触れていいのか、分からない。


そのとき。


遠くで、音が戻る。


一気に。


クラクション。

人の声。

電車の音。


世界が、動き出す。


遼はその場に立ち尽くす。


まるで何もなかったかのように、朝が続いている。


だが。


確かに、今——止まった。


遼はゆっくりと車に戻る。


ドアを開ける。


運転席に座る。


バックミラーを見る。


「八丁堀まで」


同じ男が、同じ言葉を言った。


遼の心臓が、強く跳ねる。


さっきと、同じだ。


完全に。


「……は?」


思考が追いつかない。


だが、確信だけがあった。


この街は、何かがおかしい。


そして。


それは——もう始まっている。


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