鍵を返しに
顔合わせとなんとなくの状況確認を終えたところで、下校時刻になりひとまず今日は解散ということになった。そして俺は、二人と別れて、多目的資料室の鍵を返すべく、夕暮れに染まった廊下を歩きながら職員室へと歩く。
職員室へたどり着き、借りに来た時と同じように挨拶をしつつ引き戸を開けると、
「あ、初霜かー。返しにきたんだな。それで……あいつらはどうだったか?」
まだ座席に残っていた山城が声をかけてきた。
「どうも何も、うーん……。なんか、二人とも能力の偏り具合が極端っすよね……」
「そうなんだよなー。どっちも日本語聞くこと自体はできるし、できる方の能力は飛びぬけているんだよ……。CEFRでいうと、片方はC1~C2なのにもう片方A1みたいな」
「CEFRって何すか? それに、語学って長期戦って聞いたことがあるので、俺ができるのは今回みたいなテストとかの短期戦が関の山だと思いますけど……」
「あー、CEfRヨーロッパ言語共通参照枠の略称で、言語の習得具合を初心者のA1から、A2、B1、B2、C1、C2の6段階で評価する世界で広く使われている基準なんだよ。ま、それは多分本のどっかにも載ってるから後で読んでくれ」
「ほぉー。そんな基準があったんですね……。英検とかみたいな感じじゃないんだ」
なんか学校だと、『英検を受けましょう!』 みたいな広告をよく見かけるから、それが全ての基準だと思ってたな。
「まあ英検の級を評価枠に当てはめようとすればできるかもしれんがな……。で、そうそう。ひとまず今回は短期戦で問題ない。テストを乗り越えられたら大金星だ。いやー、校長から指導を任されていて困ったから助かったわ……、あ」
「……アンタ、生徒に仕事を押し付けたのか?」
「い、いやあ、別にそういうワケでは無いんだが……」
額に冷や汗をダラダラと垂らし、俺から目をそらしつつ、震えた声でそう返す山城。いったいこいつのどこがクールビューティなのか、分からなくなってくる。
「そういうことなら今からでもこの話、降りていいっすかね?」
「そ、それでもいいけど……、そしたら、お前がバイトしてたことも校長に言っちゃおうかな~♪」
もうこれ脅迫で訴えられないだろうか……。あとで訴状の書き方をAIでも使って調べるとしよう。それがいい。鼻歌を歌いながら『教師 生徒 脅迫 訴状 許さない』と検索をかけるんだ。いや、それだとAIに『早まるな!』って諭されるのがオチか。結局黙って従うしかないのが、力のない者の現実なのか……。
「あー分かりましたよ……。でも、もうこれっきりですからね」
「おう。お前のようなモブの活躍どころの尺は、短いだろうからな」
「本当に訴えるぞアンタ」
「冗談だ。加点はするからウィンウィンということにしてくれ。じゃあ、気を付けて帰れよー」
「はいはい、失礼します」
山城にそう挨拶を返して、踵を返す。内申が良くなるのはありがたいが本当にウィンウィンなのかは正直疑問だ。脅されて仕方なく、それに教師と生徒という力関係のある現状で、もう俺がマイナスな気がしてならない。……ま、しょうがねえか。たかだか一ヶ月ちょっとなら、多少のデメリットを背負ってもやってもいいかもしれないしな。




