担任からの呼び出し
「あー、部活見学は今日から始まるが、しつこく新入生を勧誘しないように。これでHRを終わる。解散」
俺のクラスの担任、山城七海の平坦な声のHRの締めに、生徒たちのゆるい返事がこだまする。そのまま鞄を持ち、バラバラと教室を出るクラスメイトたち。
実はこの教師、キリっとした美人でクールビューティーだと密かに男子から評判がいいらしい。まあこの一週間で、確か冷静沈着であまり表情が動かないタイプの人間だとまざまざと感じた。なんせ春の暖かさにつられて教室にやってきたスズメバチを真顔で丸めた教科書でぶっ倒したのだから。あれは生命のなんたるかを考えさせられる事件だったな……。
さて、俺もぼちぼち帰るか。帰宅部は新入生が来ても関係ないからな。とどうでもいいことを思いつつ四本足の椅子から立ち上がると
「わっ。なんすか先生」
先程教壇にいたはずの山城が、片手に持った日誌で肩をたたきながら俺の目の前に立っていた。いつの間に移動したんだ……?
「おー、驚かせて悪いな。新学期早々なんだが、初霜に用があってな。ちょっと職員室来てもらえるか?」
なるほど。確かに若干つり目だからキリっとして見えるんだろうな。と近づいた顔を見てなんとなく思う。だが、この教師からなんだか怪しい気配を感じるのは俺だけだろうか。それに新学期早々呼び出しなんて、いったい何だ? 目立った非行をした覚えはないのだが……。
でも、心なしか嫌な予感がするのは気のせいだとありがたい……。そんな謎の直感が当たらないことを切に願いつつ、山城の後ろを歩いて行った。
――
部活に顔を出す先生が多いのか、人気のまばらな職員室。その片隅の山城のデスクに俺は呼び出されていた。
「突然呼び出して悪いな」
「いや……。それで用件はなんですか、先生」
「まあまあ。そんな固くなんなって。お前、クラスの帰国子女のこと覚えてるか?」
「あー、イタリアから来た女子二人のことですよね? 同じクラスなんで一応……目立つし」
あんな華やかな容姿と話題性があれば、気にしようとしなくても目に留まる。
「それはよかった。お前は人に興味がなさそうな顔をしているからな」
何気に失礼じゃないかこの人? と思いながらも、間違ってはいないのでスルーしておく。
「はあ……。それで、その転校生が?」
「そうそう。二人とも慣れない国での生活で困ってるそうなんだ。成績も正直危ういところがある」
まあ日本の血が流れているとはいえ、今まで住んでいた場所から言語や文化の違う環境に来たら様々な困難があるだろう。そりゃそうだ。
「そ、そうなんですね」
でも、いきなり俺を呼び出してその話をする真意はまだつかめない。
「そこでだな、お前にはあの二人に日本語を教えてほしいんだ」
「………………は?」
「時間はそうだな……。昼間だと中々時間が取れないから、放課後がいいな」
「いやいやいや、いきなりなんですかそれ」
なんでただのクラスメイトの俺が、そんなめんどくさそうなことをしなければいけないのか、まったくもって理解ができない。
「初霜は国語の成績がよかっただろ? それに、同じクラスで接する機会も多いからちょうどいいだろう」
「それなら、俺は学年2位なんで1位の人間の方がいいじゃないですか」
確かに俺は国語の成績がいい。でも万年2位だから1位のあいつの方が適しているだろう。
「あいつは生徒会に入っていて忙しいし、違うクラスだから接点がない」
冷たく言い放つ山城。だが、貴重な放課後の時間を使ってまで引き受ける理由は特に無い。暇そうに見えても、俺だってやることはある。
「お断りします」
「なぜだ? 放課後美少女二人に囲まれて自分の得意科目を教えるハーレムタイムだぞ? 普通の男子高校生ならウハウハだろ」
「まかり間違っても教師がそんなこと言うなよ……。単にめんどくさいからですよ。それに、そんな下心から引き受けられても相手は嫌でしょう」
どうせ教えるからには、教える側が真剣であるべきだと思う。だけど、人格者とは言い難い俺にそんな真摯さはない。
「ふーん……。じゃあ、この写真を見ても同じことが言えるのか?」
「いったいなんだよ……って、は⁉」
山城が渡してきた写真には、倉庫付近で荷物運びのバイトをしている俺が写っていた。え、誰にも言ってないはずなんだが……、くそっ。いつの間に撮られたんだ……?
「たまたま見かけたんで、撮っておいたんだ。別にうちの学校はアルバイトすることを禁じてはいない。だけど、それは届けを出した場合のみだ。さて、お前は出していたかな……?」
写真を盾に、したり顔で俺を見てくる山城。そう、俺はわけあって学校に届けを出さず、なんなら親にも言わずこっそり放課後や休日の空き時間にバイトをしていたんだが……。この教師、本当に嫌なところをついてくるな……。
「これがバレたら、二週間の停学で内申にも響くだろう。逆に引き受けたらこの件は内密にしておくし、放課後のボランティアならぬ異文化交流ということで加点してやる。……さて、引き受けるか?」
「………………やります」
こうして俺、初霜双葉の貴重な放課後の時間は、なんだかよく分からん異文化交流とやらに捧げることになった。




