【名言14】美は短い暴君である
最近哲学ジャンルが増えてきましたね。負けないようにしないと(--;)
バイト中。
主人公が品出しをしていると、隣でレジを拭いていたバイト仲間が壁の時計を見た。
「……そろそろ来る時間だね。」
「ん?」
主人公は手を止める。
「毎日、このくらいの時間に来るお客さんがいるんだ。」
「常連?」
「ああ。若い女性なんだけど、いつも同じサラダと飲み物、おにぎりを買っていくんだ。」
「へえ。」
バイト仲間は意味ありげに笑った。
「しかも、なぜか俺がレジにいるときだけ、少し嬉しそうなんだよね。」
「……は?」
そのとき。
自動ドアのチャイムが鳴った。
主人公とバイト仲間が同時に入口へ目を向ける。
一人の女性が店に入ってきた。
スラリとした長身。無駄のない立ち姿は、まるで雑誌から抜け出してきたモデルのようだ。
艶のある長い髪が肩に流れ、整った顔立ちは、思わず二度見してしまうほど美しい。
彼女は静かな足取りで店内へ入ると、慣れた様子で商品棚へ向かった。
主人公は思わず目を瞬かせる。
「……綺麗な人ですね。」
隣で見ていたバイト仲間が、小さく笑う。
「だろ? だから言ったんだよ。そろそろ来る時間だって。」
女性は商品棚をゆっくりと見て回る。
そして、迷うことなくサラダを手に取った。
続いて飲み物を一本。
最後に、おにぎりを一つ籠へ入れる。
その動きには無駄がなく、まるで毎日決まった手順を繰り返しているかのようだった。
やがて彼女はレジへ向かってくる。
主人公は思わず姿勢を正した。
近くで見ると、やはり美しい。
スラリとした長身に整った顔立ち。どこか近寄りがたい雰囲気すらある。
女性は商品をレジに置く。
サラダ、飲み物、おにぎり。
それだけを買って帰る。
「……ずいぶん健康的ですね。」
主人公が思わず小さく呟くと、隣のバイト仲間が苦笑する。
「毎回それなんだよ。驚くほどブレない。」
こんな綺麗な人でも、昼食は意外と質素なんだな――。
二人はしばらく、閉まった自動ドアを眺めていた。
そのとき。
「おはよう。」
聞き慣れた声とともに、一人の男がバックヤードから出てきた。
今日の交代要員――ソクラテスだった。
彼は二人の顔を交互に見て、首を傾げる。
「何やら熱心に語り合っておるな。」
主人公とバイト仲間が振り返る。
ソクラテスは、いつの間にか二人のすぐ後ろまで来ていた。
「で、何の話じゃ?」
主人公は「さっき、すごく綺麗な女性のお客さんが来たんですよ。」
自動ドアの方を見ながら言った。
「背が高くて、スラッとしてて……。雑誌から抜け出してきたモデルみたいな人でした。」
「へえ。」
「顔もすごく整ってて、歩いているだけで目を引くというか……。店に入ってきた瞬間、思わず見ちゃうんです。」
隣のバイト仲間も頷く。
「俺も最初は驚いたよ。毎日来るのに、いまだに『綺麗だな』って思う。」
主人公は苦笑した。
「それなのに、買うのはサラダと飲み物とおにぎりだけなんです。なんだか意外で……。」
ソクラテスは腕を組み、ふむ、と小さく唸った。
「なるほど。つまり、その女性は、店に入っただけで汝ら二人の視線と話題を独占してしまうほどの美しさを持っておるのじゃな。」
「……言われてみれば、そうですね。」
ソクラテスは腕を組んだまま、深く頷いた。
「ふむ……。そこまで申すなら、わしも一度見てみたいものじゃ。」
バイト仲間が壁のシフト表に目を向けた。
「そういえば、あのお客さんが来る時間……。」
「ちょうど、明日ソクラテスさんとかぶりますね。」
次の瞬間、ソクラテスの目が輝いた。
「おお! それは天の采配ではないか!」
「大げさですよ。」
「いや、大げさではない! 汝らがそこまで語るほどの美しき女性……ぜひ、この目で確かめねばなるまい!」
ソクラテスは胸を張る。
翌日。
主人公がレジで接客をしていると、バックヤードからソクラテスが足早に出てきた。
「ぬしよ。」
「はい?」
「例の美しき女性が来る時間は、もう近いのか?」
主人公は思わず笑う。
「ええ。あと五分くらいです。」
「ほう!」
ソクラテスは満足そうに頷くと、レジの近くへ移動した。
「では、この辺りで待機するとしよう。」
「待機って……。」
隣にいたバイト仲間が苦笑する。
「ソクラテスさん、本気で楽しみにしてたんですね。」
「当然じゃ。」
ソクラテスは胸を張る。
「汝ら二人があれほど絶賛する美しさじゃ。哲学者として、この目で確かめねばならぬ。」
主人公とバイト仲間は顔を見合わせる。
「……本当に哲学のためですか?」
「もちろんじゃ。」
そう答えた瞬間――
ウィーン。
自動ドアが開き、例の女性が店へ入ってきた。
ソクラテスは女性の姿を静かに見送り、小さく頷いた。
「……なるほど。」
主人公が尋ねる。
「どうですか?」
「確かに美しい。」
ソクラテスは腕を組み、ゆっくりと言葉を続けた。
「もし古代ギリシャにおれば、人々はあの女性を、美の女神アフロディーテにも劣らぬ美貌と称えたかもしれぬな。」
主人公とバイト仲間は思わず顔を見合わせる。
「そこまでですか?」
「うむ。」
女性は昨日と変わらぬ手順で店内を歩く。
サラダを手に取る。
飲み物を一本。
最後に、おにぎりを一つ籠へ入れた。
その姿は、今日も変わらず美しかった。
やがて彼女はレジへ向かう。
主人公が笑顔で迎える。
「いらっしゃいませ。」
女性は商品をレジへ置こうとした、その瞬間――。
ふらっ……。
「え……?」
女性の体が大きく揺れた。
次の瞬間、その場へ崩れ落ちる。
「きゃっ!」
店内にいた客の悲鳴が響く。
主人公は慌ててレジから飛び出した。
「大丈夫ですか!」
バイト仲間も駆け寄る。
しかし、一番早く動いたのはソクラテスだった。
彼は迷うことなく女性のそばへ膝をつき、静かに声をかける。
「聞こえるか。」
主人公は震える声で言う。
「救急車を!」
救急隊員が到着すると、女性は担架に乗せられた。
「付き添いの方はいらっしゃいますか?」
バイト仲間が一歩前へ出る。
「俺が行きます。常連さんですし、身元が分かるまで付き添います。」
主人公は頷いた。
「店のことは任せてください。」
バイト仲間は救急車へ乗り込み、サイレンを鳴らして走り去っていった。
店内には、静けさだけが残る。
主人公は小さく息をついた。
「びっくりしましたね……。」
ソクラテスも珍しく真剣な表情で頷く。
「うむ。」
二人は何事もなかったかのように店を開け続け、来店する客の対応をこなした。
――それからしばらくして。
店の自動ドアが開く。
「ただいま戻りました。」
バイト仲間だった。
主人公はすぐに駆け寄る。
「大丈夫だった?」
バイト仲間はほっとしたように笑う。
「うん。命に別状はないって。過労だったみたいだ。」
主人公は胸をなで下ろした。
「よかった……。」
そのやり取りを聞いていたソクラテスは、静かに目を閉じ、小さく頷いた。
「……なるほど。」
バイト仲間はペットボトルの水を一口飲み、静かに話し始めた。
「病院で少し話を聞けたんだ。」
主人公は身を乗り出す。
「どうだった?」
「命に別状はないって。過労と栄養不足、それに寝不足が重なったみたいだ。」
「えっ……。」
バイト仲間は苦笑した。
「仕事は工場勤務なんだって。」
主人公は驚く。
「工場?」
「ああ。昼間は工場で働いて、仕事が終わったら、そのまま深夜のバイト。」
「……そんな生活を。」
「だから、この店に寄るのは、バイトへ向かう途中なんだ。」
主人公は昨日までのことを思い返した。
「毎日、サラダと飲み物と、おにぎりだけ……。」
「時間がないから、それが食事らしい。」
店内に沈黙が流れた。
主人公は、あの凛とした立ち姿を思い浮かべる。
誰もが振り返るほど美しい女性。
だが、その笑顔の裏では、人知れず過酷な毎日を送っていた。
ソクラテスは静かに言った。
「人は外見ばかりを見て、その者がどのような人生を歩んでおるのかまでは見ようとせぬ。」
主人公は昨日の自分を思い返し、小さく苦笑する。
「……確かに、僕たちは人の外見しか見ていませんでしたね。」
バイト仲間も頷く。
「『綺麗な人だ』って、そればかり話してた。」
主人公は続ける。
「でも、本当は毎日必死に働いて、食事の時間すらろくに取れない生活を送っていたなんて……全然想像もしませんでした。」
ソクラテスは静かに頷いた。
「うむ。」
翌日。
自動ドアが開き、例の女性が店へ入ってきた。
主人公は思わず声を上げる。
「あっ。」
女性はレジへ向かうと、深々と頭を下げた。
「昨日は、ご迷惑をおかけしました。」
バイト仲間は照れくさそうに頭をかく。
「いえ、無事でよかったです。」
女性は微笑んだ。
「病院まで付き添ってくださって、本当にありがとうございました。」
少し間を置いて、彼女は静かに続ける。
「病院で、私の話を最後まで聞いてくれたのは、あなたが初めてでした。」
バイト仲間は驚く。
「えっ?」
「みんな私を見て『綺麗ですね』とは言います。でも、本当の私を知ろうとしてくれた人は、ほとんどいませんでした。」
彼女は少し恥ずかしそうに笑った。
「もし、ご迷惑でなければ……。今度、お食事でもご一緒していただけませんか?」
女性は頬を赤らめた。
店内が静まり返る。
主人公は目を丸くした。
バイト仲間は固まったまま動かない。
そして――。
ソクラテスの目も、大きく見開かれた。
「……な、何じゃと!?」
主人公は思わず振り返る。
「ソクラテスさんが驚いてる……。」
ソクラテスは口をぱくぱくさせながら女性とバイト仲間を交互に見る。
「ま、まさか……礼を言いに来たと思えば、そのまま誘うとは……!」
主人公は苦笑する。
「さすがのソクラテスさんも予想外でしたか。」
ソクラテスは咳払いを一つして姿勢を正した。
「……うむ。これは、さすがのわしも一本取られたわい。」
バイト仲間も思わず笑う。
女性も、くすっと笑みをこぼした。
張りつめていた空気が、一気に和らぐ。
店内に、笑い声が響いた。
それからというもの、バイト仲間は以前にも増して仕事へ真剣に取り組むようになった。
品出しも、接客も、清掃も、一つひとつを丁寧にこなしている。
主人公が不思議そうに尋ねた。
「最近、すごく頑張ってるね。」
バイト仲間は照れくさそうに笑う。
「ちゃんと将来を考えようと思ってさ。」
「将来?」
「今は就職活動も頑張ってる。いつまでもバイトのままじゃ格好悪いし。」
主人公は思わず笑った。
「なるほど。それが本音か。」
「まあね。」
彼は少し照れながらも、どこか晴れやかな表情を浮かべていた。
その姿を見たソクラテスは満足そうに頷く。
「うむ。」
「美しさは人の目を引く。じゃが、人を変えるのは心じゃ。」
ソクラテスは、就職活動に励むバイト仲間の背中を見つめ、静かに頷いた。
「うむ。」
「美は短い暴君である。」
主人公はソクラテスを見る。
「今回、その言葉の意味がよく分かりました。」
ソクラテスは穏やかに微笑んだ。
「美は人の目を奪う。しかし、その輝きは永遠ではない。」
「じゃが、人を思いやる心や、努力して生きようとする姿は、人の人生を変える力を持つ。」
「人を見るときは、外見だけではなく、その者の生き方にも目を向けることじゃ。」
主人公は静かに頷いた。
「そうですね。」
その時、
主人公のスマートフォンが鳴った。
画面を見ると、AIが表示されている。
ピコン。
『第一に徳。第二に美、学習しました。』
『アップデートしました。』
【美は人の目を惹き、徳は人の心を惹く。】
主人公は目を丸くした。
「その言葉、すごく分かりやすいですね。」
ソクラテスは腕を組み、感心したように何度も頷く。
「うむ……。」
「正直に申せば、その言葉の方が、わしの『美は短い暴君である』より、ずっと分かりやすいな。」
主人公は思わず吹き出した。
「自分で言っちゃうんですか。」
ソクラテスは照れ笑いを浮かべる。
「哲学とは、人に伝わってこそ価値がある。分かりやすい言葉になるなら、それが一番じゃ。」
主人公も笑顔で頷く。
「確かに、その通りですね。」
店内に、笑い声が響いた。
【美は短い暴君であるとは?】
美しさは、一瞬で人の目を奪い、心を動かすほど強い力を持っています。
しかし、その力は永遠ではありません。
年齢や時間とともに、美しさは少しずつ変わっていきます。
だからこそ、本当に長く人の心に残るのは、外見ではなく、優しさや誠実さ、思いやりといった**「徳」**だという事です。
また
次回をお楽しみに。




