トライメライ・アーツ3
鹿島香澄様
お久しぶりです。こうして香澄ちゃんに手書きで手紙書くのなんて小学校以来ですね。なんか気恥ずかしく感じます。
さて、私は今実家を出て東京の定時制高校に通っています。昼間はバイト。夜は学校と配信。そんな生活を送っています。正直に言えば悪くない生活です。香澄ちゃんとフジやんがいないことを除けば前よりも充実しているかも知れない。そう感じるほどです。
思えば私たちは昔から変な関係でしたね。趣味は合わないし、男の好みも違う(そもそも香澄ちゃんは男っ気ないですが)、食べ物の好みも食べる量も違うし、好きなファッションブランドも真逆。そんな二人でした。
でも……。そんな真逆な私と仲良くしてくれた香澄ちゃんは私にとっては親友のような存在でした。文句言いながらも最後まで私と向き合ってくれる。そんなかけがえのない人でした。
だからヘリオスでああ言われたときは本当にショックでした。でも……。これは仕方ないことなんですよね。全ては私の撒いた種。ひと月悩んでようやくそう思えるようになりました。たぶん私は自分が思っていたよりもずっと幼稚で愚かだったのだと思います。
幕張からさほど離れていないのに東京は酷く寒く感じます。配信仲間とどこかに出掛けてもいつも胸の中にはぽっかりと穴が空いたように感じるのです。もちろん私は一流の嘘つきなので彼ら相手には顔色一つ変えません。これだけ演技できるなら女優になれるかも。そんなむなしいことを思うほどです。
ともかく私はどうにか生活できています。明るく楽しいゲーム配信者として活動しています。花見川高校の皆さんには多大なご迷惑をお掛けしましたが……。なんとか無事です。
なので香澄ちゃんは私のことなど忘れて一流のファッションデザイナーとスタイリストになってください。香澄ちゃんならきっとなれます。だってあなたは花見川高校創立以来最高の天才なのですから。
さて、色々と余計な話をしてしまいましたがここら辺でこの手紙も締めようと思います。ここまで読んでくれてありがとうございました。
これからの香澄ちゃんのご活躍を心から願っております。
羽田千歳
――そこで千歳ちゃんの手紙は終わった。無理に作った丁寧語。そして文章の端々に強がりが見え隠れする。そんな手紙だった。正直に言えば酷い内容だと思う。おそらく今の彼女はこの文章のようにどうにか体裁を保っているだけの状態なのだと思う。
手紙を読み終えると私は再び便せんを封筒に戻した。そしてそれを自室の机の定位置にしまった。また明日もこの拙い手紙を読むことになる。そのときはもう少し明るい気持ちになれているかな? そんなことを思った。
その後しばらくの間。私はだらしなくソファーに寝そべった。そして「千歳ちゃんのバカ」と独り言を呟いた。本当にバカだ。こんなことしないで最初から私に相談してくれていれば……。ずっと友達でいられたのに。本気でそう思う。
不意に目から涙がこぼれた。ああ、ダメか。今日も我慢できなかった。一人になるといつもこうなのだ。
たぶん私はこれからしばらくの間、こうして手紙を読んでは一人泣いてしまうと思う。明るい顔をして学校に通い、澪ちゃんと当たり障りのない話をして、たまに弥生ちゃんのスタイリストをフジやんくんと一緒に熟して、そして夕方にはUGでアルバイトに明け暮れる。そして……。毎晩千歳ちゃんの最後の手紙を読んで泣くのだ。あまりにも不毛で何も生まれないルーティン。そう思わざる得ない。
でも……。私はこれから先もこんな毎日を過ごすのだと思う。ありがとう、そしてさようなら羽田千歳。私の大切な親友だった人。そんな痛みしかない思いを抱え続けていくのだろう。
きっとこれは私自身が背負った罪なのだ。もっと近くで彼女に寄り添ってさえいればこうはならなかった。そう思うから。
そんな後悔とも感傷とも言えない日々を過ごす中で私は段々とすり減っていった。そしてその痛みにも慣れた頃、出雲社長から呼び出しを受けた――。
年末。私とフジやんくんは出雲社長に呼び出されてトライメライを訪れていた。やはりというか何というか……。トライメライ内は師走らしく忙しそうだ。
「ごめんねー。鹿島ちゃん。こんな時期に呼びつけて」
弥生ちゃんのマネージャーの逢川さんがそう言って私たちを応接室に案内してくれた。彼は出雲社長の子飼いの部下。そしてトライメライの実務面の最高責任者だ。まぁ……。話してみると気さくな人なのでいつもそのことを忘れてしまうのだけれど。
「んじゃ、社長と弥生ちゃんもうすぐ来ると思うから」
逢川さんはそう言うと左腕に視線を落とした。そして時間を確認すると「俺は今から外回りなんだ」と苦笑する。
「はい。ありがとうございます。……あんまり無理しないでくださいね」
「ああ、ありがと。じゃあお二人さん! 良いお年を」
逢川さんはそう言うと大急ぎで外回りに出掛けた。相変わらず忙しない。いつもUGでサボっている叔父とは大違いだ。
それから程なくして応接室に出雲社長と弥生ちゃんが入ってきた。そして私たちの顔を見ると出雲社長は穏やかに微笑んだ。営業スマイル。経営者らしい威厳のある笑顔だ。
「よく来てくれたわ。年末の忙しないときにごめんなさいね」
「いえいえ。こちらこそ花見川高校の研修にご協力いただきありがとうございます」
私はそう返すとフジやんくんを肘で軽く小突いた。小突かれたフジやんくんはたどたどしく「お、お世話になっております。ありがとうございます」と言った。明らかに緊張している。まぁ出雲社長と初対面ならそうなるのも無理はないと思う。
「はい、お世話になっております。……じゃあ、お互い忙しい身だし本題入ろうか」
出雲社長はそう言うと弥生ちゃんに「弥生ちゃん。二人にアレを」と言った。弥生ちゃんはそれに「はい」と短く返すとバッグから二通のクリアファイルをを取り出した。その様子はまるで敏腕の秘書のように見える。
「とりあえず二人とも目を通してくれる? ま、そこまで難しい内容じゃないから」
「うん」
それから私とフジやんくんは貰った資料に目を通した。そして二分ほどでその資料を読み終えた。
「香澄ちゃん、藤岡くん。内容はだいたい分かった?」
少し間を置いて出雲社長が口を開いた。
「ええ。大丈夫です」
「そう。なら良かったわ。一応前もって蔵田店長には話通しておいたから知ってたとは思うけど……。これからあなたたちを正式にトライメライの衣装部門に入ってほしいの。一応別会社ね。社長は蔵田店長にお願いしたから」
出雲社長はそう言うと私たち二人にそれぞれ名刺の束を差し出した。名刺には『株式会社トライメライ・アーツ チーフスタイリスト 鹿島香澄』と書かれている。
「ありがとうございます。謹んでお受けいたします」
私は儀礼的な言葉でその名刺を受け取った。これで晴れて弥生ちゃんの専属スタイリストになれた。そんな気がした――。
「うーん。よかったよー。無事辞令出て」
出雲社長との面談を終えると弥生ちゃんが背伸びをしながらそう言った。
「だねー。ありがとね弥生ちゃん。忙しいのに付き合ってくれて」
「ううん。いいんだよ。ま、私もさ。早く香澄ちゃんと正式契約したかったからさ。こんなに早く決まってすんごい嬉しいよ」
弥生ちゃんはそう言うと「ふあぁあ」と気の抜けたため息を吐いた。そして「フジやんくんもこれからはちゃんとお給料出すからね」と付け加える。
「本当にいいのかな? 学校の課外授業みたいな感じなのにお金貰っちゃって……」
「いいんだよ! 詳しくは知らないけど花見川高校って服飾系のバイトなら給料貰うのアリなんでしょ? だったら問題ないって」
弥生ちゃんはそう言ってフジやんくんの肩をポンポン叩いた。もうすっかり慣れたものだ。たぶん弥生ちゃんはフジやんくんのことを気に入ってくれたのだと思う。
「あ、そうだ! 年明けたら三人で初詣行こうよ」
不意に弥生ちゃんがそんなことを言った。
「いいね。一応UGの初売りがあるから……。できたら元日がいいかな? フジやんくんは? 行ける?」
私はそのままの流れでフジやんくんにそう尋ねた。フジやんくんはそれに「大丈夫だよ」とすぐに了承してくれた。これで三人で初詣が確定。年末年始も予定がびっしりだ。
「じゃあ元旦は八時にトライメライ集合ね……」
弥生ちゃんはそう言うと嬉しそうに笑った。その笑顔を見て私の心の隙間は少し埋まった気がした――。




