トライメライ・アーツ2
何の気なしに店内を見渡す。すると私の背丈くらいのクリスマスツリーが飾られていた。もう一二月も半ば。あっという間にクリスマスだ。
「……藤岡くんはその後どう?」
私がクリスマスツリーに気を取られていると太田さんにそう聞かれた。私はそれに「うん。もうすっかり慣れたみたい」と返した。フジやんくんがA組の仲間になってもう二ヶ月。これもあっという間だ。
「なら良かったわ。ほら、私はもう彼とあまり関わらない方が良い立場じゃない? 澪からはたまに聞いてたけど……。鹿島さんの口からもそう聞けて安心したわ」
太田さんはそう言うと左の目の下を手の甲でスッと拭った。心なしか彼女の左目は少し潤んでいるように見える。
「フジやんくんのことは安心していいよ。実はねぇ。私のスタイリストの仕事にも毎回着いてきてくれるんだ。もうすっかり助手みたいな感じだねぇ」
そう。フジやんくんはアレ以来ずっと私の見習いみたいになってしまったのだ。そして彼は弥生ちゃんに会うと嬉しそうに彼女とおしゃべりしていた。悪くないと思う。もしかしたら弥生ちゃんもフジやんくんのことを気に入ってくれたのかも知れない。色んな意味でそう感じる。
「そう……」
太田さんはそこで言葉を一旦句切った。そして深いため息を吐くと再び口を開く。
「B組も色々あったわ。とりあえずあの件に関わった子たちはみんな罰を受けたと思う。……まぁあの程度で藤岡くんが許してくれるとは思えないんだけどね」
太田さんはそこまで言うと両手で顔を覆った。話には聞いていたけれどやはりB組はあまり良い状態ではないらしい。
「でも……。今はそれが限界なんじゃないの? とりあえずいじめてた子たちの謹慎処分とフジやんくんへの謝罪だけあったんだから……。まぁそれ以上は無理だと思うよ?」
「それは……。そうだけど。でもねぇ。藤岡くんが生きててくれたから良かったけど、もし藤岡くんが亡くなってたらあの子たち……。いえ、私たちは人殺しになってたと思うの」
太田さんは彼らの中に自分自身を含めるような言い方をした。ロイヤルヴァージンの子供たちの中心。彼女の中にもその意識はしっかりとあるのだろう。
「あんまり自分を責めない方がいいよ。今回のことは……。ほら、千歳ちゃんが火に油注いだから起きたことだしさ」
千歳ちゃん。私は久しぶりに彼女の名前を口に出した。最近は澪ちゃんも気を遣ってあの子の話はしないし、こうして彼女の話をするのは一ヶ月ぶりぐらいだ。
「羽田さんね……。今どうしてるのかしらね?」
「とりあえず家にはいないみたいだよ。なんかねぇ。定時制の高校に通いながら配信してるみたい」
「そうなのね。まぁ終わったことだからいいけど……。あれだけのことあったのによく配信続けられてるね」
太田さんはそう言うと眉間に皺を寄せた。当然の反応だ。だって……。太田さんの悪評を入学前から吹聴して回っていたのは彼女なのだから――。
「ねぇ鹿島さん?」
夕食後。幕張メッセの階段で太田さんに呼び止められた。
「なぁに?」
「あの……。良かったら友達になってくれない……。かしら。なってくれたら嬉しいのだけれど」
太田さんははにかみながら言うと頬を赤らめた。いや、単に寒いから赤いだけなのかも知れないけれど私の目にはそう映った。彼女の白い肌が赤くなっている。こんな太田さんを見るのは初めてだ。
「……ハハハ」
私はそんな太田さんを見て思わず笑った。それに対して太田さんは「ダメ……。かしら?」と心配そうな顔をした。どうやら太田まりあは私が思っていたよりもずっと普通の感性を持った女の子らしい。
だから私は「どうしようかなぁー」と少しからかい口調で言った。そして少し間を置いてから「冗談だよ。てか一〇月に地底人で話してから友達だと思ってるよ」と笑った。いくら千歳ちゃんの差し金と言っても叔父さんをバカにされたのだ。少しくらいはからかったってバチは当たらないだろう。
「ありがとう。そう言って貰えてすごく嬉しい」
そんな私の気持ちとは裏腹に太田さんはパァーと明るい顔になった。反応がまるで家族に可愛がられているゴールデンレトリバーみたい。そんな失礼な感想を覚える。
「ハハハ……。まぁ喜んでくれてよかったよ。じゃあこれからもよろしくね。まりあちゃん」
私は少しわざとらしく彼女のことを下の名前で呼んだ。まりあちゃんはそれに「ええ、こちらこそよろしく香澄ちゃん」とニッコリ笑った――。
その後。私は真っ直ぐ家に戻った。そして相変わらず両親不在の広い部屋でひとりぼっちになった。もう慣れたものだ。逆にひとりの方が落ち着く。そんな気さえする。
「はぁあ。千歳ちゃん元気かなぁ」
思わずそんな独り言がこぼれる。当然返事はない。羽田千歳の声も百合娃メサの声もしない。ただただリビングにはさっきつけたエアコンのゴーっという音だけが残響みたいにこだまするだけだ。
私はしばらくそのうるさいエアコンの音だけが響く部屋でボーッとしていた。そして部屋が暖まると自室に行って一通の手紙を取ってきた。封筒の表には「鹿島香澄さま」。裏面には「羽田千歳」と書かれている。
この手紙を読むのは何回目だろう? 私はそんな意味の無いことを思った。毎回一回ずつ回数が増えるだけ。なのに私は毎回こう思ってしまうのだ。おそらく私は回数を数えることで千歳ちゃんとの距離を測っているのだ。読む度に少しずつ遠ざかる。そんな距離を。
それから私は封筒から丁寧に便せんを取り出した。そして綺麗に三つ折りにされた千歳ちゃんからの手紙を読み始めた。




