ヘリオス幕張13
千歳ちゃんが入った舞台袖。そこは薄暗い通路にプラスチックのベンチと自販機があるだけの空間だった。まるで私がいつも仕事している地下街。それに近い気がする。
「お疲れ香澄」
不意にベンチに座った千歳ちゃんにそう声を掛けられた。私はそれに「お疲れ様」とだけ返した。そして一〇秒ほど全員が黙る。防音設備がしっかりしすぎているせいかパーティールームの音は一切漏れ聞こえない。だから自分の血液が血管を流れる音が聞こえた。これは比喩ではない。本当に血の流れる音が聞こえたのだ。おそらくそれはこの空間内で意識を研ぎ澄ましていたからだと思う。
「歌……。どうだった?」
しばらくすると沈黙を打ち破るように千歳ちゃんがそう口を開いた。
「……上手かったよ。最高だった。千歳ちゃんの『フレンズ』はいつ聞いても最高」
「そう。ありがと」
千歳ちゃんはそう返すと「ふぅ」とため息と吐息の中間みたい声を漏らした。相変わらず他の三人は口を開かない。
「澪。ありがとね。香澄連れてきてくれて。……ま、余計なのも連れてきてくれちゃったけど」
千歳ちゃんはそう言うと澪ちゃんには目もくれず一直線に太田さんの方へ歩み寄った。そして「どうも太田さん。よく来たね」と嫌な笑みを浮かべた。そう言われた太田さんはそれに「うっ」と声を漏らす。
「お嬢ちゃん。まりあ様から離れてくれない? それ以上近づくとぶっ飛ばすよ」
不意に水原さんがそんな乱雑な言葉を吐いた。そして太田さんと千歳ちゃんの間に入ると「下がれクソガキ!」と千歳ちゃんを威圧した。千歳ちゃんはそれに動じることなく「はいはい」と後ろに下がる。
「さすがお嬢様は違うね。飼い犬のしつけが良くできてるよ」
千歳ちゃんはそんな皮肉を言うと再びベンチに腰を下ろした。その姿は何というか……。不謹慎だけれど格好良く見えた。ダークヒーローみたい。そう思うほどに。
「澪さぁ。本当に余計なことばっかしてくれるよね。マジ最悪だよ。……ま、いいや。それじゃあ――」
千歳ちゃんはそこまで話すと私たち全員の顔を見渡した。そして「お望み通り全部話してやるよ」と言った――。




