株式会社ニンヒアレコード 新宿本社5
羽田千歳の話①
今日の放課後の話だ。私は動画撮影するために旧校舎の屋上へ向かった。同行者はクラスメイトの奥寺澪。A組の学級委員長だ。
「ごめんね澪ちん。付き合わせちゃって」
「いいよー。てか私も羽田さんの撮影に興味あったからさ。手伝えて嬉しいよ」
澪はそう言うと上履きで廊下を「タンッ」と蹴っ飛ばした。そしてシャム猫みたいな伸びをすると「ま、香澄ちゃんの方が助手には向いてそうだけどね」と自嘲気味に笑った。そこには『私でごめんね』というニュアンスが込められているように感じる。
だから私は「いやいや、澪ちんだって助手向きだよ! すっげー助かるぅ」と大げさなフォローを入れた。これは本心だ。実際かなり助かる。素直にそう思う。
「そう? なら良かったけど……」
澪は私の返答に照れ笑いを浮かべた。そして屋上へと続く階段に足を掛ける。
「あれ? なんか扉開いてない?」
澪はそう言うと階上の鉄扉を指さした。指さした先は……。彼女の言うとおりわずかに開いている。
「あ、本当だ! ……誰か先約いんのかな?」
「かもね……。とりあえず行ってみようか?」
それから私たちは夕日に照らされた階段を昇った。そして恐る恐る屋上を覗き込んだ。覗き込んだ先には……。一人分の伸びた影があった。影の形から判断するにいるのは男子生徒のようだ。
「誰かいるね……」
澪が小声で呟いた。
「だね」
私は声のトーンを落としてそう答えた。こんな時間に、こんな場所で何の用事だろう? と内心不審に思う。
そうこうしているとその人影は屋上の柵を跨いだ。そしてモタつきながらも柵の向こう側に移ると下を覗き込むような体勢になった。その様はまるでバンジージャンプをためらうお笑い芸人みたいだ。
私はその光景をどこか他人事のように眺めていた。あまりにも現実感がない。そう思ったのだ。
「まずい!」
不意に澪がそう叫んだ。その声に私も我に返った。あれはバンジージャンプなんかじゃない。明らかに飛び降りようとしている。そのことに数秒遅れでようやく気づく。
「止めなきゃ!」
澪はそう言うとものすごい勢いで柵の向こう側の誰かに向かって走り出した。そして陸上部員顔負けのスピードで柵の向こう側の男子生徒に駆け寄ると彼の左腕を掴む。
「はぁはぁ……。早まらないで」
澪はそう言うとその男子生徒を力尽くで柵のこっち側に戻そうとした。そして次の瞬間、澪の身体が柵の向こう側にググッと引っ張られる。
「澪!」
私はそう叫んだ。そしてすぐに澪を後ろから羽交い締めにする。
「羽田さん……。そのままでいて……。ね!」
澪はそう言うと身体中に力を込めて男子生徒を柵のこっち側に引っ張り戻した。ものすごい力だ。腕力だけなら男子生徒にも負けないかも……。そう感じるほどに。
「ふひぃ。へぇへぇ」
「大丈夫? 澪ちん?」
「はぁ……。はぁ。うん、何とか」
澪はそう言うと引っ張り上げた男子生徒に歩み寄った。そして間髪入れずに平手打ちする。
「バッカじゃないの!? 死んだらどうすんの!?」
澪はいつになくキツい口調で言うと「はぁ」と深いため息を吐いた。そして「キミ? B組だよね?」と続ける。
私はそんな二人のやりとり……。いや、澪からの一方的な説教を見ながらその男子生徒を呆然と眺めることしかできなかった。だって……。その男子生徒は私のよく知る人物。フジやんだったのだから――。




