株式会社ニンヒアレコード 新宿本社3
リビングに戻ると弥生ちゃんが「じゃあ明日はオフ確定ですね」と誰かと通話していた。そして彼女は私たちに気がつくと「すいません逢川さん。香澄ちゃんたち来たんで」と言って電話を切った。どうやら話していた相手はマネージャーの逢川さんだったらしい。
「ごめんごめん。仕事の電話だった」
弥生ちゃんはそう言うと千歳ちゃんに対して「ひさしぶり」と左手を上げた。千歳ちゃんはそれに「おひさぁ」と軽く返した。この二人は普通に仲が良い友達同士なのだ。
「今さっきまでピザパーティーしてたんだ。ちょっと冷めちゃってるけど千歳ちゃんもどう?」
「……ありがとう」
千歳ちゃんはそう答えると弥生ちゃんの斜め向かいの席に腰を下ろした。そして「ごめんね。せっかくのパーティーに割り込んじゃって」と私たちに謝った。平常運転の千歳ちゃんなら『ウェーイ。さんきゅ! いっただきまぁーす』と言うのに……。と少し複雑な気持ちになる。
「いいんだよ! 気にしないで。……それより私邪魔じゃない? なんか深刻な話あるんでしょ?」
弥生ちゃんは千歳ちゃんにそう訊くと私にも「だよね?」と話を振った。私は「まぁ……。深刻ではあるけど」と曖昧に答えた。正直私としては弥生ちゃんをこの件に巻き込むのには抵抗があるのだ。学内の問題は学内で解決したい。意地を張っているわけではないけれどそう思う。
「とりあえず……。もし私がいない方が都合良いなら今日はお暇するよ。ほら、やっぱり人には訊かれたくない話だってあるだろうしさ」
弥生ちゃんはそう言うと椅子からスッと立ち上がった。すると千歳ちゃんが「待って!」と声を上げる。
「ウチは! できれば弥生ちゃんにも聞いて欲しい! ほんと……。訊いてくれるだけでいいから」
千歳ちゃんはそう言うと嗚咽を漏らしてその場にへたり込んでしまった。そして「お願い……」と大粒の涙をボロボロこぼし始めた。その様はまるでこの世の悲しみを一人で背負い込んだ捨て猫みたいだ。誰にも見向きされず、冷たい雨に打たれながら、溶けかけの段ボール箱の中で死を待つ。そんな捨て猫みたいだと思う――。
その後。弥生ちゃんは千歳ちゃんに寄り添って彼女の頭を優しく撫でていた。その様子はまるで幼い子供をあやす母親みたいだった。彼女にはこういう才能があるのだ。本人は無自覚だけれどかなり包容力があるタイプなのだと思う。
「……ありがとう弥生ちゃん。もう大丈夫」
しばらくすると千歳ちゃんはそう言って顔を上げた。弥生ちゃんはそれに「うん」とだけ返すと私の方に向き直る。
「香澄ちゃん。急で悪いんだけど今日お泊まりさせて貰ってもいい? 千歳ちゃんまだ落ち着かないみたいだし……」
「それは……。構わないけど。弥生ちゃんは大丈夫なの?」
「ああ、私は大丈夫だよ。てか明日完全オフになったからさ」
「そっか。じゃあ今日は三人でお泊まり会ね」
私はそう返すと千歳ちゃんにも「千歳ちゃんもそれでいい?」と尋ねた。千歳ちゃんは私の問いに「うん」とか細い声で頷いた――。




