ロイヤルヴァージン1
「おはようかすみん」
私が学校の昇降口に入るとA組の下駄箱で千歳ちゃんに出迎えられた。私はそれに「おはよう。今日は早いね」と返した。実は私も今日は普段よりだいぶ早い時間に登校したのだ。時刻は七時一五分。正直部活の朝練でもなければ来ない時間帯だと思う。
「うん。……てか、かすみんも早く来そうだと思って待ってたんだ。昨日の今日だしね」
「そっか……。とりあえず教室行く?」
「だねぇ」
それから私たちはまだ誰もいない廊下を歩いて教室に向かった。リノリウムの床と学校の行事を載せた掲示板。薄暗い中でその役目を果たさない蛍光灯とシミのある天井。私たちの視界にはそんな死に損ないの景色しかなかった。生徒がいないと学校ってこんなに寂れて見えるのか……。とある意味感動を覚える。
教室に着くと互いの席に座った。そして教科書類を机にしまうと千歳ちゃんが私の隣の席にやってきて横向きに座った。座った椅子の背面には『奥寺澪』というネームラベルが貼られている。
「澪ちん来るまでここ借りるよ」
千歳ちゃんはそう言うと「ふぅ」とため息を吐いて天を仰いだ。そして「さて……。どうしたもんかなぁ」と呟く。
「私は……。まずフジやんくんの話が訊きたいかな。千歳ちゃんからは訊いたけどやっぱり本人からの情報は欲しいし」
「ま、かすみん的にはそうだよね。つーかウチがかすみんでも同じこと考えると思う……。でもねぇ。正直今のフジやんに話訊くのはちょっとキツいかもなんだよね。だってさ! ちょろっと訊いただけでだいぶイカれてたもん。フジやんの話的にはお嬢がどうとかってよりも親衛隊の連中がだけどさ」
千歳ちゃんはそう言うと胸ポケットから四つ折りのルーズリーフを取り出してそれを私に差し出した。
「これは?」
「見てみ? ウチの手書きだから汚いけどB組の相関図? 的なの書いたんだ」
「そっか」
それから私はその相関図? を開いた。そこにはB組の中でも意見が強い子たちの名前が何人か書かれていた。太田まりあ、原田達夫、桜井蓮奈、小御門研人……。そして藤岡翔弥。全員聞き覚えのある名前だ。
「とりまこれが今回のいじめ事件の関係者だね。お嬢とその取り巻き」
「なんか……。全員アレな家の子たちだね」
「そうなんだよね。ぶるじょわぁな子たちって感じ?」
千歳ちゃんはそう言うとやれやれといった感じに首を横に振った――。
その後、何の解決策も見つからないままホームルームの時間になった。そしてそれが終わると何の変化もない数学の授業が始まった。授業内容は余弦定理。要は普通な普通学科の授業だ。
ホワイトボードに数式が書き込まれる。澪ちゃんが先生に指名されてその問題に卒なく答える。先生が「さすが奥寺!」と澪ちゃんを褒める。澪ちゃんがそれに「あ、はい」と素っ気なく返す……。そんな飽き飽きするぐらい平和な授業だ。これといって事件はない。いじめもなければ妬み嫉みもない。
思えばA組はずっとこんな感じなのだ。おそらくそれはA組が職人育成に特化したクラスだからなのだと思う。よく言えば大らかでマイペースで独創的。悪く言えば……。一人一人が勝手で協調性がないのだと思う。
ちなみにB組は職人というよりは経営者育成のクラスだ。アパレル業界の流通やトレンドのつかみ方。そんな授業が多いらしい。まぁ……。私自身A組の人間なのでB組の授業や雰囲気は聞きかじりの情報しか知らないのだけれど。
私はそんなことを考えながらホワイトボードに書かれた数式をノートに書き写していった。普段と変わらない授業に少し辟易した。




