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東亰PRISON  作者: 天野地人
《新八洲特区》動乱編Ⅲ
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第18話 閑話休題 ぺこたんの苦悩⑤

 やがてぺこたんが辿り着いたのは、《中立地帯》にある避難所だった。


 災害級の巨大抗争後に設置されたいくつかの避難所のうちの一つで、街の一角にテントや仮設の住宅がたくさん設けられている。


 そこで住む場所を失った人たちが集まり、身を寄せ合って生活をしているのだ。《収管庁》の炊き出しや食料の配布などもこういった場所で行われていた。


 だが、まだ時間が早いせいか、避難所は人けもまばらで静まり返っている。


 全力で走り続け、さらには全身全霊を込めて叫び続けたぺこたんはすっかり疲れ果てており、足元も覚束ない状態だった。


 幽鬼のように避難所をさまよっていると、その隅っこで子供たちが集まり、一つのタブレット型端末を覗き込んでいるのに目が留まる。


 どうやら、みなでネットに配信された動画を見ているようだ。


(どうせ、《MAYO‐MAYO真相チャンネル》でも見てるんだろ)


 ところが、子供たちが見ているのは《突撃☆ぺこチャンネル》の動画だった。そのタブレット型端末からぺこたん自身のはしゃぐ声が聞こえてきたので、そうだと分かったのだ。


 その動画は初期に作ったもので、《関東大外殻》の外から取り寄せたおもちゃを紹介するという内容だった。


(あれ……俺たちの作った動画……!!)


 大騒ぎをするぺこたんの声。それに合わせて流れる、間の抜けたメロディーのBGM。ぺこたんのおもちゃ紹介動画を見ながら、子供たちは笑ったり会話したりしている。


「あはは、何だこれ。ヘンなおもちゃだなー。《壁》の外ってこんなのが人気なのか」


「たまたま、この動画で紹介されているのがオモシロ系のオモチャなんじゃない? じゃないと、こんな風に盛り上がらないでしょ」


「外の世界ってどんな感じなんだろうね? ここと違ってあったかい家があって、食べ物もいっぱいあって……抗争とかもない夢みたいな世界が広がっているのかな?」


「どうかな。外から来た人たちと話したことあるけど、いろいろだって言ってたぞ。確かに《西京新都》みたいなスゲー場所もあるけど、田舎は木とか田んぼしかないって言ってた」


「田んぼ? 何それ?」


「知らないのか? 米は田んぼでできるんだぞ。そんで、キュウリやトマトは畑で採れるんだ!」


「へえ……おもしろそう。田んぼ、見てみたい!」


「田舎はすごく景色がきれいなんだって。《監獄都市》とは全然違うって」


「ふうん、そうなの?」


「しー、静かに! 動画の音が聞こえないじゃん!」


 子どもたちがワイワイガヤガヤやっているうちに、ぺこたんの動画は終わってしまった。


「あ、終わっちゃった。次の動画、見よ!」


「次は《MAYO‐MAYO真相チャンネル》見る?」


「え~、ヤダ! 《MAYO‐MAYO真相チャンネル》はよく分かんないことばっか言うし、喋ってばっかじゃん!」


「でも、《突撃☆ぺこチャンネル》も最近は更新がないよね。ぺこたん、どうしたんだろう?」


「今までの動画はけっこう見ちゃったもんね。新しい『やってみた』動画、見たいのにな~」


「……っ!!」


 子どもたちの発した思わぬ言葉に、ぺこたんは胸が一杯になった。


 喉の奥が痛くなり、目頭も熱を帯びる。


 自分の動画がこういう風に誰かを楽しませているところを始めて現実に目にした。


 もちろん視聴者の存在はいつも頭にあったし、意識はしていた。コメントも全てチェックしていたし、視聴者数も細かく把握していた。


 だが、自分の動画がどういう風に楽しんでもらえているのか、その生の様子を目の当たりにしたのは初めてだったのだ。


 ぺこたんはその場をそっと離れると、人けのない静かな場所を探した。それから、元は公園であったのであろうベンチの上に腰掛けると、ずっと持ち歩いているパソコンを開いて起動させる。


 そしてチャコときよポンが死んで初めて《突撃☆ぺこチャンネル》動画を見返した。


 火澄(かすみ)を誘拐した時のものや最近の陰謀論動画ではない、主に初期のものを。


 画面の中には無邪気に実験と称したチャレンジに挑んでいくぺこたんが映っている。リアクションは下手くそだし、滑舌も今よりずっと悪い。でも、画面の中の自分は今よりずっと明るい表情をしていた。


 他の動画では、スイーツ巡りをしているぺこたんの姿が映っている。この時は店側から撮影の許可をもらうのが大変だったっけ。当時のことを思い出し、ぺこたんは涙が溢れる。


 あの時はまだ、きよポンもチャコも生きていた。


 三人で動画を撮り始めた頃で、まだ右も左も分からない手探り状態だったが、あの頃が一番楽しかった。


 ぺこたんが《監獄都市》に収監されたのは五年前だ。


 大学進学に伴う健康診断で、自分がゴーストであることが分かった。


 それだけでも相当、精神に衝撃を受けたというのに、さらに残酷な事実が判明する。それはぺこたんが特に有効なアニムスを持たない、いわゆる低位ゴースト判定だったことだ。《監獄都市》に収監されたとして絶対に勝ち上がってはいけない無力な負け組。この時点でぺこたんの人生は閉ざされたも同然だった。


 実際、訳も分からず、逆らうことすらできず、気づいたら東京(この街)に放り込まれていた。


 初めて《監獄都市》にやって来た時はショックだった。


 古びて汚くなった街並み。公共施設からネットインフラまで何もかもが古く、コンテンツや娯楽もろくなものがない。


 起きて働いて、食べて寝る。ただそれの繰り返しだ。


 楽しいことやワクワクすることなど何もない。


 それどころか、高位ゴーストたちが無神経に行う抗争によってたびたび命の危険に晒される。


 自分が何故、生きているのか。


 何故、こんな地獄のようなところで生きねばならないのか。


 ただただ、心が擦り減っていくばかりの毎日だった。


 だが、ぺこたんは諦めなかった。楽しいことが何もないなら、自分たちで生み出せばいいのではないか。そう考えついたのだ。


 奇しくも、ぺこたんは高校時代、友人とともに動画配信をしていた。人前で話をしたりするのも、企画などのアイディアを出すのもそれなりに得意だった。《壁》の外では競争相手が手強すぎて箸にも棒にも引っかからなかったが、ノウハウはそれなりにあった。


 ただ一つ問題なのは、ぺこたん自身には動画を撮ったり編集したりする能力がほとんど無かったことだ。それらは高校時代の友人に任せきりにしていた。こんなことなら、動画編集ソフトの勉強もしておくんだったと激しく後悔したが、こうなってしまってはあとの祭りだ。


 そこでぺこたんは、動画配信を実現するための仲間を探すことにした。


 ほとんどの人はこんな街で動画配信など馬鹿げている、正気の沙汰じゃないと取り合ってすらもらえなかったが、それでもぺこたんは辛抱強く同志を探し続けた。


 どこかに自分と同じ考えを持つ者がいるはずだ。


 何か楽しいことがしたい。


 みんなを楽しませて人気者になりたい。


 そして、こんな街でも自分らしく生きることができるのだということを証明したい。


 そういう志を共にする者がいることを信じて。


 そうして仲間を探し続けたぺこたんが出会ったのが、きよポンとチャコだ。二人とも同じバイト先で働いており、高校時代に《壁》の外で視聴していた映画やドラマの話で意気投合した。動画の配信をしたいのだという野望を打ち明けると、それなら三人で何かやってみようということになった。


 チャコときよポンは映像制作系の仕事を希望していたらしく、知識も技術もあった。実際に映像を作っていた経験もあるらしい。これ以上もなく頼もしい仲間だ。


 それから、三人は仕事終わりに集まって企画会議をするようになった。もっとも、会議とはいってもサークルみたいな気楽な雰囲気だ。けれどバイトの(まかな)いを持ち寄って夕飯にしつつ、ああでもないこうでもないと互いにアイディアを出し合った。


 今思い返せば、とにかく楽しい時間だった。


 誰より、自分たちが動画づくりを楽しんでいた。


 どれだけ現実が厳しくとも、動画配信のことを考えれば乗り越えられた。仕事終わりのこの時間だけが生き甲斐だった。


 この時はまだ稼ごうとか、有名になろうといったことはあまり考えていなかった。あくまで趣味の延長みたいなもので、結果が出ればまあラッキーだよね、くらいの軽いノリ。


 それはチャコやきよポンも同じだったと思う。


 ところが、そんな三人に大きな壁が立ちはだかった。それは、製作費の問題だ。


 バイトしまくって三人で金を出し合い、どうにかパソコンやソフト、カメラ、マイク、照明といった動画配信に必要な最低限の機材は手に入れることができた。だが、それだけではとても資金が足りない。何をするにも金がないのだ。


 たとえば、《壁》の外の商品やゲーム、アニメなどの紹介動画を始めた時などは特にその限界を痛切に感じた。それらの動画は、再生数はそこそこ稼げたものの、《壁》の外の娯楽品を手に入れるには《仲介屋》と呼ばれる転売業者を雇わねばならず、かなりの出費を要したのだ。最低でも定価の二倍、品によっては十倍や二十倍の手数料がとられることもあった。


 ぺこたん達は動画配信のためにバイトの時間も減らしていたため、余計に割が合わず、続けられない。


 それなら今度は身近なもので安く済ませられるものをと、実験系やライフハック系に手を出してみた。


 すると今度は別の問題が発生する。


 確かに予算は抑えられたが、代わりにネタを探すのに多大な苦労を強いられたのだ。


 《監獄都市》のネットワークは外界と隔絶されているため、新しいネタをネットで探してくるというわけにもいかない。三十本も作れば、すぐにネタが枯渇する。そういった実験動画やライフハック系動画もそこそこ好評ではあったが、連発するのは難しいジャンルだった。


 悩んだ末、最後にぺこたん達が手を出したのがお店紹介企画だった。


 だが、これもそう簡単にはいかなかった。ぺこたん達が無名なこともあって、店側のあたりがとにかくキツい。


 そもそも、《中立地帯》の飲食店は《アラハバキ》と何らかの形で関わっていることが多く、揉め事を起こすことをひどく嫌う。過剰な宣伝はトラブルを招きかねないと敬遠する傾向にあるのだ。


 下手に目立つと同業者の妬みを買うし、近隣の店ともトラブルになる。ひとたび問題を起こせば、そこを『ケツ持ち』という形で即座に《アラハバキ》構成員に付け込まれ、多額の上納金を要求される羽目になってしまう。


 ぺこたん達は飲食店の経営者に「そこを何とか」と何度も頭を下げ、どうにか動画を撮らせてもらった。店内での撮影がNGである場合には持ち帰りにしてもらったり、料理やドリンク、スイーツのみ映るよう工夫したり。


 比較的、宣伝に寛容な新規店を訪ね、何度も頭を下げ、頼み込んで映像を撮らせてもらった。


 あまりにぺこぺこするものだから、だんだん自分たちもおかしくなって、それで配信者名を『ぺこたん』にしたくらいだ。


 あれは今も忘れない。確か深夜、出来上がった動画のチェックをしていた時のことだ。


「何かさー、俺らっていつもぺこぺこしてるよなー」


 ぺこたんがぼやくと、チャコやきよポンも笑って頷いた。


「俺も、これまでの人生でここまで頭下げまくったことって無かったわ」


「もういっそのことさ、それを名前にしねえ? たとえば……『ぺこたん』とかどうよ?」


「あはは、おもしろいじゃん、それ。語呂もいいし、なんか俺たちらしいっつーかさ」


 三人でそんな会話を交わしたことを覚えている。


 ただ、そうは言っても悲壮感は全くなかった。何故なら、自分たちの好きなことをしていたからだ。


 最初はとにかく視聴者を楽しませたかった。


 何より、自分たちが何か楽しいことをしたかった。


 ぺこたん達が何か楽しいことをすることで、誰かが笑顔になってくれたらそれだけで良かった。


 少しずつ視聴再生数が増え、登録者が500人に達したときは本当に嬉しかった。三人でわざわざ缶ビールを買い乾杯したくらいだ。


 《監獄都市》では嗜好品は高価な贅沢品だ。ぺこたん達にとってはかなり大きな出費だったが、それでも祝いたくなるほど嬉しかった。


 いま思えば、あのころが一番充実していたかもしれない。


 だが、いつからか数字に憑りつかれてしまっていた。


 もっと人気になりたい。


 もっと成果を出したい。


 もっと、もっと、もっと。


 そして見失ってはならないものを見失っていた。


 誰かを攻撃してやろうという悪意はなかったものの、実際には多くの人を傷つけ信頼を損ない、とうとう大切な仲間まで失ってしまった。


「う……うう……きよポン……チャコ……! 俺、これからどうすればいいんだよぉ……? たった一人で、一体どうすれば……!!」


 これから自分が何をしたらいいか分からない。仲間はもちろん住む家も金も全てを失った。街があまりにも混乱しすぎていて、他に収入を得られそうな仕事もない。


 残ったのは手元にあるカメラとパソコン、使い古した二つの機材だけ。


(本当にもう取り戻せないのか? 全て無かったことにして、忘れ去る……それしかないのか……!?)


 今の自分に何ができるだろう。


 たった一人になってしまった自分に何が。


 ぺこたんはカメラとパソコンを前に考える。


 自分がやりたいことではない。


 楽しくはないかもしれないし、むしろしんどくて苦しいかもしれない。


 それでも、自分がやらなければならないこと、自分にしかできないことは何なのだろう。


 やがて、ぺこたんはカメラで今の混乱した《中立地帯》をそのまま撮影し始めた。


 編集などの加工は一切加えない。ナレーションなどの音声や字幕、効果音も入れない。そもそも技術がないので、やりたくてもできない。


 だからただ、ありのままの《監獄都市》を撮り続けた。


 これでもかと破壊された街並み、亡くなった家族を目にし泣き崩れる遺族。


 葬儀が間に合わず、並べられたままになっている遺体。


 そして配給や炊き出しに並ぶ飢えた人々。


 もちろん、みながみなカメラを向けられることに好意的なわけではない。「なに撮ってんだ、この野郎!」と怒鳴りつけられたり、「そんなに人の不幸が楽しいか!!」といって殴られることもあった。


 それでもぺこたんは、街中を撮影し続けた。どれだけ冷たい視線を向けられ、犬のように追い払われても、諦めずにカメラを回し続けた。


 何故だか、そうしなければならない気がした。


 目を背けたくなるような地獄のごとき光景だが――吐き気がずるほどおぞましい現実だが、それでも誰かがこの現実を残さなければならないのではないか。記録しておかねばならないのではないか、と。


 それができる人は、きっと自分以外にそう多くはないだろうから。





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