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東亰PRISON  作者: 天野地人
《新八洲特区》動乱編Ⅲ
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第11話 閑話休題 闘争の果て②

 将人はぐっと奥歯をかみしめる。


 志摩はこの時が来るのを待っていたのだ。


 最初は後ろ盾になるような素振りをしつつも、自らは決して動かず将人に兄派を倒させ、利用価値がなくなったら適当な言いがかりをつけて引き摺り下ろす。


 兄派と対立していた間は敢えて自分は前面に出ず、将人に好き勝手にさせていたのもそのためだろう。


 志摩は決して将人を信頼して組を任せていたのではない。他の幹部に、将人では組長を務めるのは力不足だということを見せつけるため、そして勝っても負けても全ての責任を将人に擦り付けるため、敢えて自らは動かなかったのだ。


 そしてそれは、完全と言っていいほどの成功を収めた。


 現に、志摩を宥めたり将人の味方をしたりする者はいない。


 口にこそ出さないが、他の幹部たちも志摩が組長になった方が安心だし、何かとやりやすいと考えているのだろう。


 志摩は最初から将人を利用するだけ利用し、その後に自分が上松組を乗っ取るつもりだったのだ。そしてこの幹部会は志摩の志摩による志摩のためのパフォーマンス会場、将人を引き摺り下ろす格好の舞台と化しているのだ。


 志摩は「組を預かる」などと(うそぶ)いているが、彼にその気が全くないのは将人にも想像がついた。


 上松組を手に入れ自らが組長になること、それが志摩の野望だ。


 だから、せっかく手中に収めたその座をみすみす将人に譲るなどあり得ない。


 むしろ、志摩にとって将人(じぶん)は邪魔者でしかなく、これからどんな惨めな扱いを受けるか。火を見るより明らかだ。下手をすると、殺されてもおかしくはない。


 ――いや、何を今さら。そんなことは最初から分かりきっていたはずではないか。


 殺られる前に殺る。


 欲しいものは力づくで手に入れる。


 所詮、それが《アラハバキ》で生きる者の宿命ではないか。


 将人は低い声で呟いた。


「……やっぱりそうだったのか」


「あん?」


「叔父貴……あんた最初から俺を組長の座から引き摺り下ろし、自分が取って代わるつもりだったんだな!? だから、俺が藤中組若頭の葛目(かつらめ) 冴門(さもん)と接触していることを知りながら、敢えて放置していた。……全てはあんたの思い通りってワケだ!!」


 すると、志摩は顔面に笑みを張り付けたまま、肩を小刻みに揺らして目を開く。愉快痛快、笑いを堪え切れないという風に。


「クククク……高い授業料だったなあ、将人? まあ、悪く思うなよ。それもこれも、全ては組のためだ」


 何が組のためだ。志摩の行動は全て自分自身の野心と欲を満たすための身勝手きわまりないものばかりではないか。


 将人の中で何かが弾けた。


 このまま大人しく闇に葬られてなるものか。


 都合よく利用されるだけされて、ポイ捨てなどされてたまるものか。


 先代の組長であった父親の血を引いているというだけのお飾りだと、舐められたままだなんて我慢がならない。このまま搾取されて終わるくらいなら、自らこの手で奪い取ってやる!


「クソが……クソがクソがクソが! ふざけんなぁぁっ!! 上松組組長は、この俺だああぁぁぁぁ!!」


 将人は右手を志摩へ向かって突きつけた。


 その手にはいつの間にか、拳銃(ハンドガン)が握られている。


 将人はその銃口を志摩へ向けると、迷わず引き金を引いた。数発の乾いた銃声と共に、銃口が火を噴いた。


 あまりにも突然かつ想定外のことであったため、志摩は防御することすらできない。


 そのまま頭や上半身をぶち抜かれ、仰向けに転倒した。床に敷き詰められた絨毯に鮮血が広がり、紅色に染め上げる。


 幹部たちの集った部屋は静まり返った。


 誰もがみな、何が起こったのか理解できない。


 一瞬の後、志摩の娘である穂波(ほなみ)が耳をつんざくような悲鳴を上げる。


「パパぁぁ!! ……いやああああ!!」


 それで、呆気に取られていた他の幹部たちも我に返った。


「志摩さん!」 


「あ……兄貴!!」


「な、何てことしやがる!?」


「どうなってるんだ、幹部会の際には入念な身体検査が行われるはず!!」


 確かにアニムスはゴーストにとって強力な武器だ。


 しかし発動までタイムラグが生じるものが多い。


 また、瞳が赤く光った時点で応戦や対応が可能であるため、《アラハバキ》構成員のような高位アニムスを持ったゴースト同士だと、相討ちになりやすいという欠点がある。


 或いは、密室でアニムスを使うと、破壊力が大きすぎるゆえに自分自身を巻き込むこともある。


 そのため、密室で行われる会合など特定の環境下では、銃やナイフといった原始的な武器の方が脅威である場合が少なくなかった。


 そこで、上松組の幹部会では、武器などの危険物を携行していないか、事前に厳重な身体検査をするのが慣例となっている。


 ところが将人はそれを突破し、この場に銃を持ち込んだ。それはつまり、何者かが将人に加担したということでもある。


 将人は拳銃を握りしめたままゆらりと立ち上がり、幹部たちを睨みつけた。


「……叔父貴のやり方や考え方は、嫌っていうほど分かってる。一体いつからの付き合いだと思ってるんだ? まったく……随分と見くびられたもんだ! てめえら、俺が何の対策も取ってこなかった腑抜けだと、本気で思ってんのか!? こうなることはな、最初から想定済みだったんだよ!!」


 将人が叫ぶと同時に、総勢二十人ほどが扉を蹴破って部屋の中に雪崩れ込んでくる。そして幹部たちをぐるりと取り囲んだ。


 部屋に突入してきたのは三十代以下の若い構成員ばかり、みな将来を期待された幹部候補生たちだった。序列が高く成果も上げているものの、まだ幹部会への出席は認められていない、幹部の卵たちだ。


 彼らはみな黒光りする拳銃を手にしており、その銃口をまっすぐ幹部たちへ向ける。まるで将人を守るかのように。


 彼らが忠誠を誓っているのは志摩国光ではなく、上松将人だ。


 将人はあらかじめ万一の時の場合を想定し若手の有力構成員を取り込んでいたのだ。


 若手の多くは将人と同じで、現幹部たちのやり方に不満を抱いている。そこをうまくくすぐり、味方に引き入れたのだった。


 一体何が起こっているのか。


 ここまで鮮やかに取り囲まれたのでは、幹部たちも混乱し、反撃することができなかった。 


「こ……こいつら、俺たちに楯突く気か!?」


「てめえら、最初からグルになって志摩さんを殺す気だったな!?」


 辛うじて幹部の何人かが声を荒げた。しかし、こうも至近距離で銃口を突きつけられれば、さすがに沈黙せざるを得ない。たとえアニムスを発動させようとしたとしても、瞳に赤光を灯した瞬間に蜂の巣にされてしまうだろう。


 将人自身もまた、幹部たちに自らの拳銃を突きつけながら、威圧感を込めた声で恫喝する。


「あ? いまさら何を甘いこと言ってやがるんだ、てめえら!? ……殺られる前に殺る! 相手がたとえ『親』だろうと、(タマ)を取られるくらいならぶっ殺す!! この世界じゃそう珍しいことでもないだろう!!」


「くっ……!」


 将人の目は完全に覚悟が決まり、据わっていた。幹部たちはみな、してやられたとばかりに顔を歪める。


 ここで志摩を失えば、彼を中心にまとまってきた幹部たちの団結力は一気に削がれてしまう。将人はそれを見越して入念に計画を練っていたのだ。


 幹部たちはみな志摩の共犯となって将人を追い詰めたつもりだったが、逆にまんまと追い詰められてしまったのだ。


 当の将人はさらにクワッと目を見開き、咆哮を上げた。


「てめえら、よく聞け! これからは正真正銘、俺が上松組の組長だ!! 異議のある奴はここで殺す!! 逆らう奴、歯向かう奴は容赦なく始末する!! 分かったか!?」


 幹部たちは納得のいっていない様子だったが、さりとて反論できる状況でもない。そんなことをすれば、その瞬間に四方八方からこれでもかと弾丸をぶち込まれてしまう。だから黙って将人に従うしかなかった。


 ――少なくとも、今この時は。


 幹部たちは抵抗の意思を完全に失い、次々と投降した。ただ一人、妻の穂波(ほなみ)は燃え上がるような激しい憎しみの目を将人へと向ける。床に膝をつき息子の穂高(ほだか)を抱きしめながら。


「よくも……よくもパパを……! 絶対に許さない……!!」


 これまで穂波と将人の関係は決して悪くなかった。互いに気性の荒い夫婦だが、そこに憎しみや嫌悪は無かった。


 だがこの時、二人の夫婦仲には完全にひびが入ったのだった。


 穂波もまた、女性とはいえ、《アラハバキ》の中で揉まれて育ってきた。曲がったこと、筋の通らないことは大嫌い、身内殺しなどもっての外だ。もし肉親を殺されたら、それ相応の手段で『報復(かえし)』をする。それが当たり前の世界で生きてきた。


 穂波は息子である穂高を抱き寄せ、その耳元に震える声で囁く。


「……よく聞きなさい、穂高。この光景をよくその目に焼きつけておくのよ。あんたは絶対にあの男を殺すの。そして、じいじの仇を取るのよ。絶対に、必ずよ……!!」


「分かったよ、ママ。僕、絶対にじいじの仇を取る。だから泣かないで、ママ……!」


 一方、将人のもとに若手幹部候補の一人が近づいた。彼は物体を瞬間移動させるアニムスを持っている。窮地に陥った将人の元に拳銃(ハンドガン)転送(テレポート)したのも彼の仕業だ。


「将人さん、ご無事ですか!?」


「ああ。これくらいは大したことねえ。心配は無用だ」


 将人は乱れた髪をかき上げつつ、血の混じった唾をプッと吐き捨てる。


「これで組は掌握した。次は藤中組だ。葛目(かつらめ) 冴門(さもん)……この俺を裏切ったこと、必ず後悔させてやる……!!」


 将人の瞳には獰猛な炎が燃え盛っていた。


 今にして思えば、冴門(さもん)は最初から将人を――そして上松組を潰すために接触してきたのかもしれない。何故なら、冴門(さもん)はちょうど上松組弟派が窮地に陥った時に近づいてきたからだ。抗争の決着をつけようと焦っていた将人は、つい冴門(さもん)の言葉に耳を貸してしまった。よくよく考えるとあまりにもタイミングが良すぎた。


 そう考えると、将人に隙があったのは事実なのだろう。その点に限って言えば、志摩の言うことは正しのかもしれない。だが、それが何だというのか。やられたことはきっちりやり返す。上松組に抗争を仕掛けたなら、二度と歯向かう気が起きないほど徹底的に叩きのめす。それくらいでなければ、どのみち《アラハバキ》では生き残っていけない。


 そう――藤中組をひねり潰し、《監獄都市》に知らしめてやる。新しい上松組組長は上松将人であること、そして新しい上松組組長は、先代上松組組長であった上松将悟以上に恐ろしい存在であるということを。


 それが将人の組長としての最初の仕事だ。


 こうして、上松将人は熾烈な権力闘争を勝ち抜いた。ぐずついていた上松組は、新しい若手幹部の台頭により勢いを取り戻す。


 しかし、藤中組も依然、士気が高い状態を維持し続けた。これまでほとんど抗争を経験したことがない藤中組だったが、若頭の葛目(かつらめ) 冴門(さもん)を筆頭に驚くほど戦略的でこなれた動きを見せたのだ。


 まるで、百戦錬磨の策士に導かれたかのように。


 結果として上松組と藤中組の抗争はどちらも一歩も退くことなく泥沼化することとなる。


 幸いと言えば、何故か跡目争いの際に大暴れした《Zアノン》信者が今のところは大人しくしていることくらいだ。


 また、《中立地帯》も災害級大抗争を経験したばかりで、以前ほど騒ぎに浮かれる余裕がない。そのため、上松組と藤中組の抗争に連動する動きは今のところ見られない。


 だがそれでも、《新八洲特区》の火種はいずれ必ず《中立地帯》にも及ぶだろう。


 《中立地帯》と《新八洲特区》は《関東大外殻》によって同じように閉じ込められており、どこへも逃げ場などない。


 互いに決して無関係ではいられないのだから。




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