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東亰PRISON  作者: 天野地人
《新八洲特区》動乱編Ⅲ
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第10話 閑話休題 闘争の果て①

 上松組兄派が滅亡し、上松組本家も焼失。上松組弟派の勝利で跡目争いの片はついた。


 兄派に与した構成員や組員はそのほとんどが災害級大抗争の際に粛清され、完膚なきまでに叩き潰された。


 彼らが勢いを取り戻すことは二度とないだろう。


 しかし弟派の払った犠牲もまた大きく、多くの構成員の命が失われた。その結果、系列組織や傘下組織を含めおよそ八千人近くいるとされた上松組構成員は、半数以下になってしまった。


 《アラハバキ》の苛烈きわまる歴史においても、これほどの犠牲者を出した抗争はこれまでにない。


 《レッド=ドラゴン》と熾烈な戦いを繰り広げた大抗争時代においてすら、これほどの数の構成員が一度に死んだことは無かった。


 しかし、今ならまだ組を立て直すことができる。弟派は《中立地帯》の若いゴースト、いわゆる《ストリート・ダスト》に人気があり、いずれ彼らの中でも優秀な者が上松組構成員となって組を支えるだろう。


 もともと、上松組は今回の跡目争いの際に構成員を増やし過ぎた。そのため、組の伝統や習慣(しきたり)、綱領などを知らず勝手を働く者が続出し、組の秩序を害するまでの事態に発展していた。そういった意味では、このタイミングで人員が減るのはむしろ逆に組織をスリム化し、引き締めを図る良い機会かもしれない。


 ともあれ、上松組の跡目争いの決着と共に、《新八洲特区(しんやしまとっく)》は元通り静けさを取り戻すはずだった。


 しかし騒乱はそれだけでは収まらなかったのだ。


 弟派の旗頭である上松(うえまつ)将人(しょうと)は、密かに藤中組若頭、葛目(かつらめ)冴門(さもん)と手を組んでいた。


 決して表立って堂々と協力し合ったわけではない。だが藤中組は災害級大抗争が巻き起こっていた間、陰ながら弟派に物資や武器を調達したり、《Zアノン》信者にまぎれて兄派の幹部を襲撃したりと、弟派を手厚く支援し続けた。それが兄派を追いつめることのできた理由の一つでもある。


 ――ところが、だ。


 兄派が壊滅するや否や、共闘関係にあったその藤中組が何の前触れもなく弟派を裏切り、あろうことか抗争を仕掛けてきたのだ。


 弟派は何とか跡目争いに勝ったものの、兄派との抗争で大きなダメージを食らい、構成員たちは心身ともに疲弊しきっていた。抗争に要した出費も少なくなかったため、懐具合も厳しい。正直、抗争を続ける余力は残っておらず、士気も駄々下がりする一方だった。


 対する藤中組は水面下で着々と力を蓄え、爪や牙を研ぎ澄ませて虎視眈々と下剋上の機会を狙ってきた。彼らにとって今回の上松組弟派へ仕掛けた抗争は千載一遇のチャンスなのだ。それもあってか、途轍もなく士気が高い。


 結果として、上松組弟派はかつてないほど厳しい状況に立たされていた。幹部会も大荒れに荒れようというものだ。


「この……馬鹿野郎がぁっ!!」


 ゴッという鈍い音と共に、志摩(しま)国光(くにみつ)は娘婿である上松将人を殴りつける。


 手加減のない、怒りのこもった全力の一撃だった。さすがの将人も後方に大きく吹っ飛ばされる。


 弟派の事務所に集った他の幹部たちは息を呑み、驚きと共にその光景を見つめていた。普段は温厚な志摩国光がそこまで激昂するところを、今まで誰も見たことがなかったからだ。


 将人も呆気にとられ、志摩を見上げる。


「お……叔父貴……!?」


 これだけはっきりと殴られてもなお、将人は志摩から殴られたことが信じられなかった。夢か幻でも見ているのか。しかし、志摩は不動明王のような顔をして将人の目の前に立ちはだかる。小柄な体躯が全く気にならないほどの凄まじい迫力だ。


「将人……俺は何度も言ったはずだな!? 独断で動くんじゃねえ、『戦争』ってのは相手に攻撃すりゃいいってもんじゃねえんだ! 相手に勝ち、なおかつ最後まで生き残らなけりゃ、意味が無いんだからな!! 天海(あまみ)はそう簡単に倒せる相手じゃねえ! 焦らず慎重に体力を削り、確実に弱らせてから最後に徹底的に叩く……それが当初の作戦だったはずだ!!」


「叔父貴の言うことは分かってる! だが、それじゃこっちの体力も相当、削られるだろ!! 勝てるかどうかも分からない長期戦をだらだらと戦い続けるなんざ、あまりにも非効率的だ! 無駄が多すぎる!! 結果的に兄派は全滅させられたんだ! それで良いじゃねえかよ!!」


 すると志摩は、普段はにこやかな瞳を極限まで見開き、ギロリと将人を睨んだ。


「ああ、そうだな、将人。お前の言う効率的で無駄のない方法を選んだ結果、俺たちゃぁ、今度は藤中組とやり合わなくちゃならなくなっちまった! 連中は本気で上松組を潰しに来てやがる! 兄派との抗争を続けてきたこっち側と違って、向こうは体力十分、士気も高い! なあ、将人。兄派を相手にしていた時より困難な状況になっちまったと感じているのは俺だけか? お前は本当にこれが上松組にとって最善の流れだと、そう考えているのか!?」


「そ……それは……! まさか俺も、こんなことになるとは思いもしなかったんだ! まさか、あの冴門が裏切るなんて……!!」


「フン……藤中組若頭の葛目(かつらめ) 冴門(さもん)か。おめえ、ずいぶん奴と親しくしていたみてぇだな」


 将人はぎょっとして息を呑む。


 何故、それを。葛目(かつらめ) 冴門(さもん)との関係は、他の誰にも明かしていないのに。


「……!! 叔父貴、知っていたのか!?」


 すると、志摩はフンと鼻を鳴らす。


「当たり前だ。何のためにお前に護衛をつけていたと思ってる? まさか本当にてめえの身を守るためだと信じていたのか、将人?」


「……!」


 将人はその時、初めて気づく。確かに護衛は将人が自ら選んだ。だから、彼らは自分の味方だと信じていた。彼らもまた将人に従順で、歯向かう素振りさえ見せなかった。


 しかし護衛たちは、断じて将人の味方ではなかったのだ。彼らは将人の行動を見張る監視役として、最初から裏で志摩と繋がっていたのだろう。そして将人がどこで何をしたか、誰と会ったかを逐一、志摩に報告していたのだ。


「あいつらが信頼しているのはおめえじゃねえ。長年、組を支えてきたこの俺だ! 護衛だけじゃねえ、自分の能力を過信しヒステリックに喚き散らすクソガキに誰が本気でついて行こうと思う? いいか、将人。勘違いすんじゃねえぞ。ここにいる全員が! お前じゃねえ、この俺を慕ってついて来たんだ!! お前はただのお飾り、形だけの組長だ!! 今は亡き上松(うえまつ)将悟(しょうご)兄貴の血を引いているというだけの、単なる『神輿(みこし)』……そういう点じゃ、兄の大悟と大差ねえんだよ!!」


「なっ……!?」


 その言葉だけは聞き捨てならなかった。自分は兄の大悟より優秀であり、組長としての資質がある――それが将人のモチベーションでありアイデンティティでもあったからだ。


 にもかかわらず、「大悟と大差ねえ」とは。たとえ義理の父親の言葉でも許せるものではなかった。


 将人は怒りに任せ志摩に反論しようと口を開きかける。


 だがその寸前、集まった他の幹部たちの姿が目に入った。


 幹部たちは誰も将人と目を合わそうとしない。志摩へ反論もしなければ、将人を庇おうともしない。ただ、成り行きを眺めているだけ。


 それが全ての答えだった。幹部たちはみなとっくに将人を見限っており、次期組長には志摩がふさわしいと考えているのだ。


 その中には妻の穂波(ほなみ)の姿もあった。穂波もまた、見下したような目を将人に向けている。さらに彼女の隣には幼稚園に上がったばかりの息子、穂高(ほだか)もいた。穂高は将人の息子だが、義父である志摩の方によく懐いていた。


 穂波にしてみれば、夫である将人がここで失脚しても、将来的に息子である穂高が上松組組長になるならそれでいいと考えているのだろう。父親である志摩国光ともそう話がついているはずだ。


 つまり、この幹部会で真に将人を慕っている者はいない。この組はあくまで志摩国光あっての組であり、将人はいようといまいと、どうだっていいお飾りなのだ。前から薄々、察していたが、今はそれを嫌というほど思い知らされていた。


「……! くそ……!!」


 将人は顔を歪めた。ショックと悔しさで立ち上がることもできない。志摩は、そんな将人の目の前でしゃがみ込み、前髪を乱暴に引っ掴んだ。


「それにおめえ、《中立地帯》でデカい顔をしている《Zアノン》信者とかいうガキどもを使って本家を襲わせたそうじゃねえか、あん?」


「そ……それの何が悪い!? 結果的に兄派を一掃することができたんだ、それでいいじゃねえか!!」


 破れかぶれになって反論すると、志摩は激昂して将人の顔面に拳を叩き込んだ。


「この……大馬鹿野郎がぁっ!!」


「ガッ……!!」


「ああいう手合いはな、最初は利用できても、いずれコントロールが効かなくなり暴走するってのがお決まりのパターンなんだ! 事実、先だっての大規模抗争の際も、弟派の者が《Zアノン》信者から攻撃を受けたって報告が上がってる! つまり、下手をするとこっちが襲撃を受けていた可能性も十分にあるってことだ!!」


「そ……そんな……!」


「《ストリート・ダスト》は所詮、《ストリート・ダスト》だ。俺たち《アラハバキ》の考え方など理解しちゃいねえ! 特に《Zアノン》なんてのは宗教みてえなもんだ! 連中にとっちゃ己の信念を貫き通し、気持ち良くなることさえできれば、相手が兄派だろうと弟派だろうとどっちでもいいんだよ!!」


「けどよ、あのままグダグダやってたら、こっちの派閥がやられてた可能性も……!」


 確かに将人のやり方は少々、未熟だったかもしれない。浅はかだったかもしれない。


 だが、将人は将人なりに上松組の未来を考えて行動したのだ。それを頭ごなしに全否定されるのは、さすがに納得いかなかった。


 声を荒げる将人だったが、志摩はそれを大喝して遮るのだった。


「カーッ! おめえ、どこまで吞み込みが悪いんだ!? 物事にゃあ、やり方ってモンがあるんだ! 結末さえ良けりゃ後はどうでもいいってのは、思慮の足りねえイキがったガキの発想だ!! 後先考えず勝負を仕掛けた結果がこの現状だろうが!! ……てめえの行動は最終的に、藤中組を利しただけだった!! ただでさえ《アラハバキ》の頂点に君臨する現・(とどろき)組組長は、大衆煽動じみた方法を嫌う。お前がやったことが伝われば、上松組はどんな仕打ちを受けるか……世間知らずのボンボンが、己の力を過信しハシャぐのも大概にしやがれ!!」


 そして今度は将人の腹に容赦のない蹴りを追加する。


「ぐぼぁっ!!」


 激痛が将人を襲った。腹に受けた衝撃のせいで横隔膜が痙攣を起こし、ほとんど息ができない。酸素を吸おうと大きく喘ぐがうまく呼吸ができず、喉がヒュウヒュウと甲高い音を発するのみだ。口から血の混じった涎が溢れ出す。己が無様な姿を晒していることは分かっていても、ただもがくしかない。


 ところが志摩は、苦しみにのたうち回る将人を氷のような冷徹な瞳で見つめていた。それを視界の端に捉えた将人は背筋がぞっと粟立つのを感じる。


 この組が、上松組兄派が志摩あってのものだということは分かっていた。だが、ここまで自分が憎まれていたとは思いもしなかった。


 仮にも身内だというのに、ここまであっさりと使い捨てられるのか。


 信じた自分が甘いと言われればそれまでかもしれない。だが、いくら何でも非道が過ぎるのではないか。


 戦慄のあまり将人が体を震わせていると、志摩は不意に優しげな声で将人に語りかける。


「なあ、将人? これでよく分かっただろう。お前はまだ若い。組を背負うにゃあ、圧倒的に経験が足りてねえ。今は修行の時だと思って、ちいっとばかし大人しくしとけや。その間、この組は俺が預かるからよ。」


 そして志摩はにいっと老獪な笑みを浮かべた。


 その顔には醜い権力欲と支配欲が剥き出しになっており、もはや妖怪か化け物の類にしか見えなかった。

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