第33話 決着
シロは《ランドマイン》と《トール・ハンマー》のコラボによる爆発が猛威を振るっている間、どこかへ避難していたのだろう。
梶谷と違って怪我ひとつないし、紺色のセーラー服にも全く傷がない。手にした日本刀も何ら問題なく振るうことができるだろう。
つまり彼女がその気になれば、梶谷はあっという間に斬り刻まれてしまうということだ。
そして、傷だらけの梶谷はおそらく逃げきることはできない。知念や真柴はおろか郷上ともはぐれてしまい、援軍も期待できない。
梶谷は敗北した、それは誰の目にも明らかだった。
それを悟った梶谷はとうとう戦意を喪失し、がくりと項垂れる。
そのさまは離れたところにいた深雪たちにもよく見えた。
知念や真柴、郷上の姿は見えないが、彼らはあくまで梶谷の手足にすぎないため、仮に奇襲を受けたとしても十分に対処できるだろう。
深雪は聖夜とともに、立ち込める粉塵をかいくぐって、シロの元へと駆け寄っていく。
「シロ!」
「ユキ、相手の親玉、捕まえたよ!!」
シロは深雪と聖夜の無事を目にし、嬉しげに手を振った。深雪もまたシロに怪我が無いようで安心した。何より、彼女が深雪たちを追ってきてくれて本当に助かった。
「来てくれてありがとう、シロ! 待ってたよ!」
すると、シロは声を弾ませる。
「本当? 良かった! コリアタウンでユキが動くなって言ったのは分かったんだけど、どうしても心配で追いかけてきたの。勝手なことをしたら怒られるかもって思ったけど、ただ待っているだけなんて絶対に嫌だったから……ユキと聖夜の助けになれて本当に良かった!」
「そういや、お前さんも一緒だったな。すっかり忘れていたぜ。雨宮、あんたが言っていた『チャンスは必ず来る』ってのはこのことだったんだな」
聖夜の言葉には感嘆がこもっていた。深雪とシロの連携ぶりに驚いたのだろう。それを聞き、シロは満面の笑みを浮かべつつ誇らしげに胸を反らせる。
「へへへ、シロはユキの相棒だもん! ユキが困っている時は、シロが頑張るんだ!」
それから深雪と聖夜は、力なく肩を落とす梶谷を見下ろした。
梶谷はすっかり観念したのか、抵抗する気配もない。《フルバースト・キャノン》でさんざん苦しめられたのが嘘に思えてくるほどの弱々しく頼りない姿と化していた。
聖夜も相手の戦意喪失を察したのだろう、やれやれとばかりに口にした。
「司令塔さえ抑えちまえば、他の奴らは大して脅威じゃねえ。これで勝負はついたってワケだ」
「聖夜、やったな!」
深雪が拳を突き出すと、聖夜もそれにゴツンと拳を返しながら言った。
「ああ、あんたの作戦勝ちだ」
「実行することができたのは聖夜がいてくれたからだよ。ありがとな!」
もちろん、シロが援軍に来てくれたことの影響は大きかった。だが、それはあくまで深雪と聖夜が勝利の道筋を作ったからこそ、生かすことができたのだ。
そして、今回の作戦は《ランドマイン》と《トール・ハンマー》、双方のアニムスがあって初めて成功させることができた。
つまりこの勝利は深雪と聖夜の二人で掴み取ったものなのだ。
どちらが欠けても、梶谷たちを無力化させることはできなかっただろう。
深雪は聖夜を信じた。聖夜もまた、その信頼に応えてくれた。そして共に力を合わせ、一緒に戦ってくれた。だからこそ、深雪も聖夜もこうして生きている。何ひとつ失うことなく共に立っている。
聖夜は笑った。
一点の曇りもない、晴れ晴れとした笑顔だった。
コリアタウンで再会した時には、ずいぶん鬱屈とした空気をまとっていたが、今はそういった陰鬱さは完全に一掃されている。
重く垂れこめた雨雲が消し飛ばされ、明るい陽の光が差し込んできたみたいな、澄みきった笑顔だった。
深雪も笑った。自分でもびっくりするくらい全身泥だらけの傷だらけだ。
だが、それも全く気にならなかった。爆発するような喜び、そして心の底から湧き上がる充実感と達成感で心身ともに満たされていたからだ。
深雪と聖夜、二人でもぎ取った大きな成果。諦めなかったからこそ、取り戻せた。互いを信頼し合ったからこそ、巨大な壁を打ち破ることができた。
とても貴重で価値のある勝利だった。
シロは梶谷に刀を突きつけたまま、頬を膨らませる。
「ユキと聖夜だけ、ずるーい! シロも、シロも!」
「ははは、シロもお疲れ!」
「助かったぜ、チビ助!」
そして深雪と聖夜はシロとハイタッチをした。手と手が打ち合う軽快な音が、荒野と化した《瓦礫地帯》に鳴り響く。
聖夜と深雪が対立していたこともあり、シロも聖夜に日本刀を向けかけたこともある。だが、聖夜が深雪に加勢したことを知り、過去のわだかまりは自然と消滅してしまったらしい。
三人の間にぎこちない空気は全く残っていなかった。
シロは声をたてて笑う。つられて深雪や聖夜も笑い声をあげる。三人の弾けた笑声が戯れるようにして、軽やかに荒野を駆けていった。
それから深雪たちは残る《Zアノン》信者三人を探した。郷上は離れたところで意識を失っており、知念と真柴はぐったりとしてへたり込んでいた。
さすがゴーストというべきか、あれほど激しい戦闘を繰り広げたにもかかわらず、三人とも致命傷は負っていない。だが、ひどく疲弊しており、いずれも戦闘はおろか動くことさえままならない様子だった。
深雪と聖夜、そしてシロは、瓦礫の中に交じっていた針金などを使って《Zアノン》信者の四人を拘束し、一か所に集めた。そして、三人で《Zアノン》たちを取り囲む。
《Zアノン》四人組は、負けが確定してからすっかり大人しくなってしまった。縛られる間も特に抵抗せず、されるがままだった。
ただ、司令塔の梶谷だけはへらへらと笑い、妙に余裕を見せる。
「いやー、さすが《中立地帯の死神》! こりゃ、とても敵わんですわ! 降参、降参!! 俺たちの負けってことで、ここは一つどうか穏便にしちゃもらえませんかね? もう二度と《死神》には近づかないと約束しますんで!」
深雪は梶谷の軽口には応じず、厳しい顔をして問い詰める。
「その前に、お前たちに聞きたいことがある」
「へへへ……何でしょう?」
「お前たち、何で俺を狙ったんだ?」
「何でって……《Zアノン》信者がどれだけ《死神》を憎んでいるか、あんたもよく知ってるでしょ?」
「そうかな? 俺は《Zアノン》信者を多く見てきてる。だから、彼らがどれだけ敬虔で熱心な『信徒』であるかも、よく知っているつもりだ。その俺からすると、お前はともかく、そこの二人には《Zアノン》に対する信仰があるようには見えないんだけど」
深雪はそう言いつつ、知念と真柴に目を向けた。二人も、すっかりやる気を失い、不貞腐れている。深雪とは視線も合わせない。はっきり言って、《Zアノン》の存在やその思想にもそれほど執着はなさそうだった。
梶谷はまたもへらへら笑う。
「まあ、中にはそういう奴もいますよ。《死刑執行人》だって、それぞれ背負っている背景は違うでしょ? ……特に東雲はね」
「ああ、そうだな。でも、俺は全く別の可能性を考えてる。たとえば……お前ら四人は自らの意志じゃなく、誰かに命令されて俺を狙ったんじゃないかって」
「ははは、そんなわけないでしょ! この《監獄都市》に《死神》を襲えなんて命じるバカはいませんよ! そいつは、いくら何でも考え過ぎってもんですって!」
「誰に命令された? ひょっとして……《スケアクロウ》か?」
「……!!」
深雪は当てずっぽうで《スケアクロウ》の名をぶつけてみた。すると、その名を口にした瞬間、梶谷の顔からストンと表情が抜け落ちる。まるでこれ以上、情報を抜き取られまいと警戒したかのように。
どうやら深雪の予想は的中していたようだ。一方、聖夜は眉根を寄せて呟いた。
「《スケアクロウ》……?」
「シロたちが探している情報屋だよ! 《スケアクロウ》はシロたちの悪口を言いふらしてるの。そのせいでお仕事ができなくて困ってるんだ」
聖夜の疑問にシロが答える。
だが、聖夜は分かったような分からないような、微妙な反応だった。その様子から察するに、《エスペランサ》ではあまり《スケアクロウ》の存在が周知されていないのかもしれない。
ともあれ、この襲撃が《スケアクロウ》によって仕組まれたものであることに変わりはなさそうだ。
深雪の命を狙う者は誰か。その候補を考えた時、真っ先に京極が思い浮かんだ。だが、これはどう考えても京極のやり方ではない。京極なら、もっと陰湿で直接的かつ相手を徹底的に叩きのめす方法を選ぶ。手口があまりにもぬるすぎるのだ。
それに、この四人が京極の部下であるなら、聖夜が顔を知っているはずだろう。何故なら、聖夜は京極の部下として《エスペランサ》で働いているのだから。京極から指示を受けて動くほどのメンバーの顔や名を、幹部候補である聖夜が知らないはずがない。
では、誰がこの襲撃の犯人か。
次点で可能性があるのは《アラハバキ》と《レッド=ドラゴン》だ。両組織とも《死刑執行人》を目の敵にしている。ましてや、《中立地帯の死神》候補となれば、なおさら排除したくて仕方ないだろう。
だが、《アラハバキ》や《レッド=ドラゴン》は組織そのものがぐらついており、今は《死神》の命を狙うような余裕は無いはずだ。
彼らを除外するなら、残った候補の中で最も可能性が高いのは《スケアクロウ》ではないかと深雪は考えた。
《スケアクロウ》は《死刑執行人》、とりわけ東雲探偵事務所と《中立地帯の死神》を嫌っている節があるからだ。
対面しなくとも、その悪意はこれまで嫌というほど感じてきた。《スケアクロウ》が東雲探偵事務所の《死刑執行人》を憎むあまり、実力行使に出たのだとしても不思議ではない。
「やはりおまえ達は《スケアクロウ》の差し向けた刺客で間違いなさそうだな」
深雪がそう言うと梶谷は態度を豹変させた。それまで、のらりくらりと質問をかわしていたが、突如、瞳をギラギラと血走らせ、狂気じみた笑い声をあげる。
「くふふ……いひゃひゃひゃひゃ! えらく冴えないナリをしていると思ったが、腐っても《死神》ということか!! だがな、少ーし遅かったな!! あんたは気づくべきだったんだ! 同じ爆発系アニムスを持っている俺が、どういう最終手段に出るのかを!!」
梶谷は拘束された手に、いつの間にかパチンコ玉を握っていた。命令を遂行できなかった時に自害するため、常に服の袖の裾の中に隠し持っているのだ。
パチンコ玉はその小ささゆえに《フルバースト・キャノン》の効果を十分に発揮することはできない。だが、《死神》とその仲間二人を道連れにして、爆死させることくらいはできる。
そうなればもちろん、拘束されて身動きの取れない梶谷の仲間も無傷ではいられないが、彼にとってそんなことはどうでも良かった。
「くくくく……これで《死神》暗殺の命令は果たせる!! あのお方への忠誠心を示すことができるのだ!! 全員、この場に居合わすことのできた己の幸運を喜ぶがいい!!」
梶谷の瞳に閃光が瞬く。血を垂らしたような、禍々しい赤。
知念と真柴は梶谷が自爆を決行しようとしているのを察し、真っ青になって泣き喚いた。
「お、おい、どうなってんだ!? そんなヤベー案件じゃねえって話だったよな!? 説明しろよ、梶谷!!」
「なにこれ、もうサイアクじゃーん! こんな目に遭うなら、《Zアノン》なんて入んなかったのに~!!」
一方、聖夜とシロも危険を察知し、それぞれ身構える。
「この野郎!」
「ユキ!!」
「大丈夫だよ。これ以上、こいつにアニムスは使わせない」
きっぱりとそう断言すると、深雪は右腕の袖をまくった。そこには亀裂のような鋭い模様を描く赤い痣が刻まれている。
手の甲から端を発したそれに真っ白い光が宿ると、徐々にそれが腕の痣に沿って満ちていき、肩に到達したところで翼の形状となって大きく広がった。
白鳥のような、美しくも凛として力強い翼。
ゴーストにとっては神々しく感じるとともに、本能的恐怖を覚える純白の光。
深雪の第二のアニムス、《レナトゥス》だ。
「こ……こいつは!?」
初めて《レナトゥス》を目の当たりにした聖夜は、緊張した面持ちで息を呑む。
「な……何!? 何!?」
「何が起きてんだよ、クソが!」
「か……梶谷さん……!!」
知念や真柴、郷上も恐怖を浮かべ、慌てふためいた。梶谷もまた《レナトゥス》の光を浴びて蒼白になり、体を戦慄かせる。
「まさか、こいつはゴーストのアニムスを消去しちまう能力……《死神》のみが行使することができるというアニムスか!?」
梶谷は《レナトゥス》の放つ威容に圧倒され、己の《フルバースト・キャノン》を発動させることすら忘れてしまったらしい。身じろぎ一つせず、呆けたように《レナトゥス》の翼を見つめている。
深雪はその右手を梶谷の顔の上に広げた。
すると、手の甲に宿った白光がひときわ鮮烈に輝き、それに反応して梶谷の体も痙攣を起こしたように大きく跳ね上がった。
梶谷の体内からエネルギーが溢れ出す。その奔流は深雪の腕に刻み込まれた白光を伝い、肩で広がった翼部分から空中へ放たれていく。
梶谷は己のアニムスが奪われていることを、直感的に悟ったのだろう。
恐怖で顔を歪めながら絶叫した。
「や……やめてくれ! 頼む!! アニムスだけは……《フルバースト・キャノン》だけは消さないでくれ!! アニムスが無きゃあ、俺は用無しとして見限られちまうんだよォォ!!」
だが、深雪は毅然として告げる。
「それは断る。お前は俺や聖夜やシロのみならず、自分の仲間まで巻き込んで自爆を決行しようとした。そういう奴に、破壊力の強いアニムスを持たせるわけにはいかない。……安心しろ、命まではとらない。人間に戻って自分のやろうとしたことが正しかったのかどうか、ゆっくり反省するといい」




