第32話 共闘②
一方、《Zアノン》陣営にも変化があった。
知念や真柴、郷上にはまだ余力が残っている。しかし、司令塔であり主砲でもある梶谷は疲れを見せ始めたのだ。
《フルバースト・キャノン》は威力の高いアニムスであるが、体力の消耗が激しく、燃費が悪いのが欠点だった。
「ふーっ、さすがに二十連発は堪えるわ。俺ァ、五分ほど体力回復に当てるから、あとヨロシクー!」
すると、知念と真柴は梶谷の心配をするどころか、嬉々として《トーチカ》の外へ飛び出していく。
「来た来た、今度は俺らのターンってヤツ? 行くぜ、我らは《Zアノン》! 正義の神に代わっておしおきよ~ん!! ギャハハ!!」
「っつーか、ぶっちゃけ《Zアノン》とか、どーでもいいんだよ! 俺は《死神》を倒して英雄になる!! そんでもって、《監獄都市》の女たちを跪かせてやるぜ!! ハーレム、サイコー!!」
野に放たれた子犬のようにご機嫌に駆け出していく二人を見て、梶谷は肩を上下させつつも苦笑を漏らした。
「あー、最近の若い子は欲望に忠実で羨ましいこった。こちとら、忠誠心を試されているという立場上、失敗は許されねえってのに……」
「……」
郷上は心配そうに梶谷の方を見る。無口で大人しいものの、郷上は他の二人よりはよほど良識があり、梶谷のことも信頼している。梶谷もまた、笑顔で郷上の肩を叩く。
「こっちは大丈夫だから、ゴウちゃんは次期《死神》に向かって《トーチカ》を前進させてくれる?」
郷上が「ん」と返事をしかけた時。
彼は小さな目をこれでもかと大きく見開き、絶句した。
ほんの瞬刻。
持ち上げた鉄球が地面に落下するほどの極めてわずかな間の後。
いつの間にか梶谷の背後に日本刀を構えた獣耳の少女が現れ、その首を刎ねんと迫っていたからだ。
一瞬の出来事で、ただ瞠目するばかりの郷上だったが、ほとんど無意識による反射で《トーチカ》を生成した。
仲間を守らなければ。その一心で行動を起こしていた。
畳一畳分ほどの小さな壁だが、代わりに生成スピードは速い。その小さな土壁が無防備な梶谷の背中をすっぽりと覆う。
わずか数秒の差でシロの日本刀は梶谷に届くことなく、鋭い刃は土壁に激突して阻まれてしまった。
「か、梶谷さん!!」
「何だあっ!?」
郷上の柄にもない大声で梶谷も異常事態に気づき、慌てて背後を振り返る。だがその時には、シロは梶谷の視界から消えていた。
「おじさん、誰!? ユキにひどいことするなんて、絶対に許さない!!」
シロは大きく横に跳躍し、土壁の側面に回り込んでさらに梶谷の背後を取ろうとする。
「んガアッ!!」
それに対し、郷上も再び《トーチカ》を発動させて対抗した。
シロの動きは速い。中途半端な壁を作ったのでは、すぐに別方向から回り込まれてしまうだろう。それならば、どこからも回り込めない壁を作ってしまえばいい。四方八方のあらゆる場所を塞いでしまえばいいのだ。
郷上は新たに《トーチカ》を発動させ、梶谷と自分の周りを防御陣で囲む。
新たに生成されたそれは、これまでのような壁型ではなく、半球型をしていた。まるで、出入り口のないかまくらのような形だ。
これならどこからも攻撃を当てることはできない。
真っ暗なかまくらの中で梶谷と郷上はようやく一息つく。
「ヒューッ、さすがゴウちゃん。助かったぜ!」
梶谷が口笛交じりに褒めると、郷上はどこか嬉しそうに答えた。
「《トーチカ》……今まで誰にも破られたこと、ない。ここは絶対、安全」
「まあ、懸念があるとしたら、知念と真柴か。ま、あの二人もバカっぽいけどやる時はやるし、何とかしてくれるでしょ!」
そもそも、今の梶谷と郷上には二人を援護する余裕は無い。今もシロがかまくらの上で仁王立ちし、梶谷と郷上の二人が中から出てくるのを待ち構えているからだ。
シロもシロで、日本刀ではどれだけ攻撃しても《トーチカ》を破壊できないが、ここで梶谷や郷上を逃がすつもりは毛頭ない。
どちらが音を上げるのが早いか、まさに我慢比べだ。
「ユキを苦しめるようなことをして……絶対逃がさないんだから! 出てきたところを捕まえてやる!!」
その頃、深雪と聖夜も《Zアノン》陣営を襲った異変に気付いていた。
「何だ……? 急に砲撃が止んだ……!?」
「聖夜、今がチャンスだ! 例の作戦を試してみよう!!」
「おっし!」
そして深雪と聖夜の二人は身を隠していた瓦礫の裏から飛び出した。いつまた《フルバースト・キャノン》の猛攻が再開されるか分からない。防戦一方に陥る前に、反撃の糸口を掴んでおきたいところだ。
ところがそこに、知念と真柴が立ちはだかった。
「あれあれあれ~? ドロッドロのぐっしゃぐしゃじゃん、《死神》く~ん! ダッセェェ!!」
「さすがのてめえらも、そろそろへばってきただろう? 決着をつけるとしようじゃねーか、《死神》とそのお仲間さんよお!!」
知念は《エア・ボード》で空中を縦横無尽に疾走し、二丁拳銃を乱射する。真柴もまた、《リキッド・メタル》で次々と鉄屑を槍に変形させ、それを聖夜や深雪に向かってどんどん放つ。二人とも待ちに待った攻撃の好機にすっかり興奮し、これまでの鬱憤を晴らすかの如く苛烈な攻撃を仕掛けてくる。
深雪は《ランドマイン》、聖夜は《トール・ハンマー》を使って反撃するが、知念と真柴は全く怯むことなく、なおも執拗な攻撃を加えるのだった。
「クソうぜえんだよ、ハエどもが!!」
あまりのしつこさに聖夜は辛辣な言葉を用いて毒づく。ところが、真柴と知念はそれを意に介さないどころか、むしろ大喜びだった。
「ん~、断末魔の叫び声はいつ聞いてもたまんねえな!!」
「お前らこそ、そろそろ永久におネンネの時間だぜ、ギャハハ!」
そして知念は再び二丁拳銃を撃ちまくる。
その銃声はシロの耳にも届いた。
どこかで深雪が攻撃されている。それを悟ったシロは、めいっぱいに空気を吸い込み、力の限り叫ぶ。
「ユキーッ! どこにいるの!? ユキー!!」
シロの声はやまびこのように、幾重にも反響する。知念と真柴は背後を振り返った。
「あれれ……今の、何、何!? 女の声……!?」
「ってか、梶谷と郷上の方からじゃね!? まさか《死神》が援軍を呼びやがったとか!?」
シロの声はもちろん深雪にも届いていた。
思わず頬が緩む。やはりシロは深雪を追ってきてくれたのだ。
彼女ならきっと来てくれると深雪が信じた通りに。
実はコリアタウンで知念や真柴たちが現れた時、シロもすぐさまそれに気づいて深雪たちに合流しようとした。しかし深雪は小さく手で合図を送り、その場で待機するようシロに伝えた。知念や真柴たちはシロの存在に気づいていない。だからそれを逆手にとって、奇襲役に徹してもらった方が良いと考えたのだ。
だが、あまりにも急な襲撃だったため、細かい作戦を伝えることができなかった。だから、シロが実際にどう動くのかは未知数だった。
おそらくシロは、待機していてい欲しいという深雪の頼みを受け、しばらくその場にとどまっていたのだろう。だが、深雪が心配でたまらず、後を追ってきたのだ。
「シロ、俺と聖夜は無事だ!! そっちの制圧は頼む!!」
深雪は三層に及ぶ《トーチカ》の向こうへ大声を張り上げる。その言葉を聞き、知念と真柴は俄かに表情を一変させた。
「くそっ! こいつらやはり他にも仲間を連れてやがった! 引き返すぞ、知念!!」
「えー、ショータイムはこれからなのにィ~!?」
「バカ、俺らの空っぽなおツムじゃ、まともな戦略なぞ練れねーだろ!! 梶谷と郷上がいねえとよ!!」
「……それ、自分で言っちゃう? まあ、ホントの事だけどさ」
知念と真柴はバタバタと騒々しく方向転換し、梶谷と郷上の方へ戻っていく。おかげで、三層からなる巨大な《トーチカ》の周りは完全に無防備、攻撃し放題だ。
「聖夜、今だ!!」
深雪はそう叫ぶと、《ランドマイン》を付着させた鉄屑を聖夜に向かって投げる。
聖夜はそれを器用にキャッチし、《トール・ハンマー》を発動させた。歪な凹凸のある鉄屑が青白い稲妻をまとう。
聖夜はその鉄屑を力強く握りしめると、顔を《トーチカ》の方へ向けた。
「よっしゃ! ぶっ壊れろ、この野郎!!」
そう叫ぶと、聖夜はすぐさま投球フォームに入った。鉄屑を右手に持って大きく振りかぶり、左足を上げ、体重を右足にしっかりと乗せる。それから勢いよく《トーチカ》に向かって左足を踏み出し、腕をしならせ、すべてのエネルギーを鉄屑に込めて《トーチカ》へ向かって放つ。
野球選手かと見まごうほどの美しい投球フォームだった。
鉄屑が放つスパークが彗星のように尾を引きながら《トーチカ》へ襲い掛かる。
「今だ!!」
青白い電撃を帯びた鉄屑が土壁に激突するその刹那。
深雪は《ランドマイン》を最高出力で発動させ、聖夜の放ったそれを爆破させた。
《トール・ハンマー》の放つ火花に《ランドマイン》の火力が加わり、《フルバースト・キャノン》を何十発も凝縮したかのような大爆発が起こる。凄まじい雷鳴と爆発音が空間を斬り裂く。
途轍もない爆撃を受け、鉄壁の防御を誇る土壁もさすがに無傷ではいられなかった。重厚な表面にはとうとう大きな亀裂が入り、一部はガラガラと音を立てて崩落する。
――崩れた。
あれほど手も足も出なかった強固な壁に、ようやく一矢報いることができた。
その様を目にし、深雪は喜びのあまりガッツポーズをするのだった。
「よし……成功だ! 今の攻撃を繰り返していけば、いずれ《トーチカ》を全て崩すことができる! やったな、聖夜!!」
「ああ! しかし、壁はまだ、少なくともあと二層は残ってやがる。どんどん行こうぜ!」
「分かってる、次はこいつだ!」
深雪は新たな鉄屑を聖夜に放り投げた。もちろん、その鉄屑にも《ランドマイン》が付着してある。聖夜はそれに《トール・ハンマー》で高圧の電撃をまとわせ、同じように土壁に向かって投げつけた。
爆発によって生み出される衝撃が堅固な防御壁を容赦なく破壊する。
二人は同じ作業を次々と繰り返した。ドーン、ドーンと連続して轟音が響き渡り、大気と大地を震わせる。
知念と真柴は《トーチカ》が攻撃を受けていることに気づき、大混乱に陥った。
「ど、どうしよ……郷上の《トーチカ》が崩されちゃうよ!」
「こういう時、味方の救助と《死神》の排除、どっちを優先しりゃいいんだ!? ちくしょう、誰か教えてくれよ!!」
おろおろと狼狽える知念と真柴。二人ともアニムス戦はそれなりに得意だが、自分の頭で考え判断するのは苦手なので、誰かの指示がないとその実力を十分に発揮することができない。
その間も聖夜の《トール・ハンマー》が雷の槌を何度も壁に叩き込む。そして《ランドマイン》がその威力を何倍にも増大させる。
とうとう深雪と聖夜のアニムスが二層目の壁を打ち破った。
知念と真柴はもろにその巻き添えを食らう。
「ほげぇぇぇっ!!」
「ぎゃあああああ!?」
二人は爆風に吹き飛ばされ、地面に体を叩きつけられた。知念はそのショックで目を回し、真柴も体を打ち付けたのか身動きが取れない。両者ともこれ以上の戦闘は不可能だ。
一方、ドーム型の《トーチカ》に閉じこもった梶谷と郷上もまた不安に駆られていた。
外部で何が起こっているかは分からない。だが、《フルバースト・キャノン》による砲撃にも負けないほどの大きな地響きが発生し、同時に激しい揺れが伝わってくる。最低でも震度4はあろうかというほどの、ぐらぐらとした激しい揺れだ。
「何だ、この音は……? 一体、何が起きている……!?」
梶谷は警戒心を露にして呟いた。
この揺れの具合だと、かなりの威力を持つアニムスが継続的に行使されているようだ。だが、次期《中立地帯の死神》やその仲間の持つアニムスは、どちらもそこまで高威力ではなかったはず。ではこのアニムスは誰が放っているのか。
一方の郷上は奇妙なほど無言だった。彼の口数が少ないのはいつものことだが、それにしても様子がおかしい。呼吸が異常なほど早く、荒いのだ。まるで何かに追いかけられているみたいに。
《トーチカ》の中は真っ暗なので、郷上がどういう表情をしているのかは分からない。それが余計に違和感を膨らませる。
一体、何があったというのか。
梶谷が訝しんでいると、郷上は声を震わせて打ち明けた。
「お……俺の《トーチカ》が破壊されている……!」
それを聞いた梶谷はぎょっとした。
「な、なんだって!? そんなはずないっしょ! だって、ゴウちゃんの《トーチカ》だよ!? どんなゴーストの攻撃も防いじゃう、無敵の壁だよ!?」
「ほ、本当。自分のアニムスだから分かる……!」
そもそも郷上は嘘をつける性格ではない。だから、彼の言っていることは本当なのだろう。梶谷も事態の重さに顔を歪めた。
「これだけ攻め込まれてるってことは、知念と真柴は既にやられていると考えるべきだろうな。どうする、打って出るか? いやしかし、外に出りゃさっきの獣耳娘が待ち構えてる。くそ、戦力が完全に分断されちまった! 下手に閉じこもったのが裏目に出たか……!?」
ひとりブツブツと呟く梶谷に、郷上は不安げな様子で尋ねた。
「梶谷さん、俺、どうしたらいい?」
「とりあえず、新たな《トーチカ》で防御壁を増強してくれ!」
「わ、分かった!」
ところがその時、聖夜が三層に張り巡らされた土壁の最後の一枚を突破した。残るは梶谷と郷上の籠ったドーム型の《トーチカ》のみだ。
「聖夜!」
深雪は新たに《ランドマイン》の付着した金属片を聖夜に向かって放り投げる。聖夜はそれを受け取るや否や、大きく振りかぶった。
「……これで最後だ!!」
聖夜は青白い稲妻をまとわせた金属片に己の全てを込める。直立不動の体勢から左足を天高く上げ、体重を前方に移動させると共に大地を力強く踏みしめた。そして体の回転運動によって生じたエネルギーを右手に集中させ、振り上げた腕の最高地点で球を撃つ。
最も力のこもった、勢いのある一球。
狙うはドーム型の《トーチカ》だ。
ところがその直前、ドーム型の前に新たな防御壁が出現する。郷上が梶谷に命じられ、つい先ほど生成した壁状の土塁だ。
しかし深雪は怯まず、《ランドマイン》を発動させた。新たに発生した防御壁は急ごしらえであるせいか、奥行きがなく薄っぺらい。あれなら破壊できる――そう確信したのだ。
「行けぇぇ!!」
深雪の瞳に紅の閃光が走ったその瞬間。
これまでの中でも最大級の爆発が炸裂した。
その爆発は凄まじい雷電を放ちながら土壁を破壊し、ドーム型の《トーチカ》をも一瞬にして打ち砕く。中に入っていた梶谷と郷上も爆風に巻き込まれ、吹っ飛ばされていく。
「があああああ!!」
「か、梶谷さ……うあああああ!!」
梶谷も郷上も体格が良く、体重も決して軽い方ではない。だがそんなことはお構いなしに、二人の体は爆発のエネルギーに翻弄される。こうなっては梶谷も郷上も無力同然で、台風の日に路上を舞うビニール袋のようにされるがままになるしかない。
爆発によって巻き上げられた土砂が広範囲にわたって降り注ぎ、粉塵が土煙となってもうもうと舞った。
やがて、梶谷の体は運よく瓦礫の端に引っかかる。
ただし、郷上とは途中で離ればなれになり、行方が分からない。
「いででで……畜生、体じゅうが痛え……!!」
梶谷は痛みに耐え体を起こした。すると、その鼻先に日本刀の鋭利な切っ先が突きつけられる。シロの愛刀、《狗狼丸》だ。
梶谷はその持ち主を見上げ、引き攣った笑いを浮かべた。
「……!! おっと……お嬢ちゃんも無事だったようだな」
「ワルモノめ、今度こそ逃がさない! 観念しろ!!」




