第30話 急襲
《アラハバキ》の若手構成員は地味な服装をしている。《アラハバキ》自体が質実剛健を美徳としている組織であるため、下部構成員も自ずと質素倹約を心掛けるようになるからだ。
つまりこの派手ないで立ちをした四人のゴーストは、少なくとも《アラハバキ》構成員ではない。雰囲気から察するに《中立地帯》のゴーストか。
四人は挑発するような目つきや足取りで、深雪と聖夜に近づいて来る。深雪と聖夜は即座に立ち上がって身構えた。
それに気づいたのか、四人は聖夜たちから五メートルほど離れたところで立ち止まる。
それから蛍光ピンクに頭を染めた、中でもとりわけ派手な格好をした若者が深雪を指さして言った。
「あれあれあれ~? 最近、この辺で頻繁に《中立地帯の死神》が出没するって聞いたけどさぁぁ~……まさかキミのことじゃないよねぇぇ~!? ギャハハ!」
ピンク頭の若者は甲高い笑い声をあげる。
その隣に立つのはアッシュブルーに髪を染めた若者だ。こちらもまた、ピンク頭に負けず劣らず派手なファッションに身を包んでいる。そちらの若者もまた、深雪に視線を向けていた。
「おうおうおう、これまた随分とモブくせえ奴だなあ!? そっちのデカブツは何だ? こんな奴が一緒だとは聞いてねえが……ま、いっか! とっととやっちまおーぜ!! これからは《死神》じゃなく、俺ら《Zアノン》がこの街の支配者になるんだからな!!」
大きく口を開いてこちらを威嚇するアッシュブルー頭。鋭い八重歯がのぞき、舌にはピアスをしているのも見える。
「……なんだ、こいつらは?」
聖夜が半眼で首をかしげると、深雪も肩を竦めた。
「最近、《中立地帯》で大暴れしている《Zアノン》信者だよ」
「ああ……《エスペランサ》にもよく来るな。あんた、あんなのに絡まれてんのか」
「《Zアノン》信者から脅迫されたり、罵倒されたりするのは珍しい事じゃないよ。時には身の危険を感じることもある。……もっとも、ここまで真正面から喧嘩を売られたのは初めてだけど」
深雪は特に緊張した様子もなく、さらりとそう言った。どうやら、こういったことは日常茶飯事であるらしい。
一方、四人組の中で最も年長者と思しき長髪の男性が、仲間のピンク頭とアッシュブルー頭を牽制する。かなり体格が良く筋肉質であることが、ダウンコートをまとっていてもよく分かった。
「おーい、知念、真柴! あんま暴走すんなよー。俺たちは《Zアノン》……建前上は正義の戦士なんだ。そこんとこよく考えて、お上品にやらなきゃでしょ?」
どうやら、蛍光ピンクの頭をした方が知念、アッシュブルーの頭と八重歯・舌ピアスをした方が真柴というらしい。
「あ? お上品? 知らねーよ、そんなん!!」
「革命は派手にやんなきゃ意味ないっしょ、ギャハハ!」
そう言って、真柴と知念は瞳から赤い閃光を放ち、アニムスを発動させた。
まず、知念が空中にふわりと浮かび上がると、そのままスケートボードをしているみたいに宙を滑空する。少なくとも自転車くらいのスピードはあるだろうか。
「俺サマのアニムス、《エア・ボード》で、《死神》の命、いっただきィ~♪」
「あ、おい! 抜け駆けすんじゃねーよ、クソが!!」
一方、真柴はアニムスを瞳に赤光を迸らせながら、そばに立っていた鉄製の標識の柱に手を触れた。すると、鉄製であるはずの柱は一瞬にして液体化し、変形して槍の姿になる。真柴はそれを手に取ると、助走をつけ深雪に向かってぶん投げた。まるでやり投げのように。
「《死神》を殺して英雄になるのは、この俺サマだぁ!!」
「……!!」
深雪は中腰になって身構えると、ポケットに手を突っ込んだ。いつも持ち歩いているビー玉を取り出し、《ランドマイン》を発動させようというのだろう。
だが、たった一人で知念と真柴のアニムスを両方相手にするには、さすがに荷が重すぎる。さらに後ろに立っている二人の《Zアノン》信者も、どんなアニムスを持っているか分からないのだ。
(ったく……しょうがねえな)
聖夜は深雪を庇うように前に進み出た。そして瞳に赤光を宿し、アニムスを発動させる。
同時に右手を振り上げた。その瞬間、拳が帯電し、スパークを放つ。
バチバチと乾いた音を立て、激しく閃く火花。
そして、ビリビリと空間を振動させる青白い電撃。
まるで雷が発生したかのような凄まじい威力だったが、それでも電流の放出は止まらない。
間髪入れず、真柴の放った槍が目前に迫った。鋭い先端が牙を剝く。しかし聖夜は怯むことなく、青白い電撃をまとった拳を、飛来した槍に叩き込んだ。
その刹那、電撃が閃光を放ち、落雷のような轟音とともに槍を粉々に粉砕してしまったのだった。
「聖夜……!」
そのあまりにも激烈な破壊力に驚いたのだろう。呆気にとられる深雪を、聖夜は振り返る。
「これが俺のアニムス、《トール・ハンマー》だ」
聖夜のアニムスは電撃を自在に操る能力だ。放電の規模は最小でも人が意識不明を起こすレベルであり、最大では一億ボルトを超えることもある。自動車や家屋など、見事に粉砕してしまうほどの威力だ。
だが、それを操る聖夜は全く電撃の影響を受けない。非常に攻撃力が強く汎用性も高いアニムスだが、聖夜が生まれ持ったフィジカルの高さを生かせば、さらに何倍にも何十倍にも効果を高めることができる。
槍を放った真柴もその破壊力を目の当たりにし、顔を歪めた。
「ちっ……マジかよ! 俺の《リキッド・メタル》が効かねえだと!?」
もっとも、もちろん《Zアノン》の攻撃はそれで終わりではない。真柴の槍に対応している間に、《エア・ボード》で宙を滑空する知念が、深雪と聖夜の頭上に回り込んだのだ。
「ププッ……ダッセぇ、マッシー! やっぱ主役はこの俺っしょ!!」
そう甲高い声で叫ぶ知念の両手には、それぞれハンドガンが握られている。知念は勢いをつけ、アーリーウープをしながら引き金を引いた。
だが、遊び半分であるせいか、ほとんど聖夜たちには命中しない。そもそも体が回転しているので、よほどの訓練を積んだのでもなければ命中するはずもない。
それでも、頭上から雨霰と弾丸が降ってくるとなると、十分脅威だった。
「ち……!」
「聖夜、こっちは任せてくれ!」
そう叫ぶと、深雪はポケットから取り出したビー玉を知念に向かって指先で弾く。そしてそれが知念に届く直前、《ランドマイン》を発動し空中で爆発を起こした。
「ほげぇぇっ!?」
知念は《ランドマイン》の直撃こそ受けなかったものの、爆風に煽られ吹っ飛んでいく。そして、家屋の屋根に落っこちてゴロゴロと転がった。知念の落下地点まで計算していたとすると、絶妙なコントロールだ。
ただ、その際に発生した爆発音でコリアタウンは騒然となってしまった。
無理もない。銃声まで聞こえるとなれば、誰だって不安になるだろう。大いなる近所迷惑だ。
「聖夜、場所を変えよう!」
「……!」
深雪にそう提案され、聖夜は目を見開いた。てっきり深雪に、「お前は帰れ」と言って追い払われるのではないかと思っていたからだ。狙われているのは次期・《死神》である自分なのだから、聖夜はこの場から離れろと。
しかし深雪の言葉から察するに、どうやら戦力として頼りにされているらしい。
不思議と悪い気はしなかった。それにこちらとしても、ひと暴れしたかったところだ。ニヤリとして、聖夜は声を張り上げた。
「……ああ! このコリアタウンを東に抜けた向こうに《瓦礫地帯》がある、そこなら思う存分やれるだろ!」
「分かった!」
言うや否や、二人は《瓦礫地帯》に向かって走り始める。《Zアノン》信者による四人組のリーダーはその長髪を掻き上げながら、知念と真柴にぼやいた。
「あーあ、ほらほら。逃げちゃったじゃないの。お前ら二人とも、もう少し賢くなりなさいよ」
「うっせえ、梶谷! 俺と知念を一緒にすんじゃねえ!」
「ちょっとぉ!? それはこっちのセリフなんだけど!!」
知念はそう叫ぶと、《エア・ボード》を使って屋根の上から滑り降りてくる。長髪のリーダー、梶谷は肩を竦めた。
「はいはい、とにかく今は《死神》を追いかけるんだよ! ……ゴウちゃんも行くよ」
「……ん」
ゴウちゃんと呼ばれた最後の一人は、がっちりした体型の若者だった。梶谷も筋肉質だが、それに輪をかけてどっしりした印象を受ける。
ひげを蓄えかなりの強面だが、性格は寡黙で大人しい。実際、ハイテンションではしゃぐ知念や真柴に対し、ほとんど言葉を発しない。二人のように軽々しくアニムスを使わないところからしても、慎重で手ごわい相手と見た方が良さそうだ。
彼と梶谷、二人はどんなアニムスを持っているのだろう。聖夜は後ろをちらりと振り返りつつ警戒感を抱いた。
(……まあ、何だろうと負ける気はしねえがな)
聖夜と深雪は、走るスピードを上げる。すぐ後ろには《エア・ボード》を操る知念が迫っており、時おり威嚇射撃をしてくるからだ。キャラクターはおバカだが、アニムスは侮れない。
ともかく、これ以上、被害が拡大する前に人けのない場所に移動しなければ。
立ち去る聖夜たちや《Zアノン》信者の後ろ姿を、コリアタウンの住人が戸惑い半分、迷惑半分といった表情で見つめていた。
✜✜✜
コリアタウンから五分ほど走り続け、深雪は聖夜とともに《瓦礫地帯》へやって来た。
《瓦礫地帯》はどこも瓦礫だらけという共通点はあるものの、場所によってかなり地形が違う。坂になっていたり、高層ビルの一部や基礎部分が残っていたり、いくつもの巨大な瓦礫の山々が連なっていたり。
深雪たちがやってきた場所は、瓦礫は多いものの、全体的に高低差が少なく、平坦な地形だった。そこかしこにビルや家屋などの残骸が残っており、遮蔽物が多い一方、足場はしっかりしている。
瓦礫の合間から地面が顔をのぞかせていたり、古びたアスファルトが剥き出しになっている部分も多い。深雪と聖夜は足を止めると、辺りを見回した。
「こいつはツイてるぜ、戦闘向きの環境だ。使えそうなものもかなりあるな」
聖夜の言葉に深雪もうなずく。
「そうだな。もっとも、こっちが戦いやすいってことは、敵にとっても戦いやすい場所だということでもあるけど……」
「お、いいもんが落ちてやがる」
聖夜は腰をかがめると、拳大の塊を拾い上げて深雪に見せた。
「それは……鉄屑か?」
「ああ。俺の《トール・ハンマー》は電撃を操る能力だ。だからこういう金属製の物体に電撃効果を付着させることもできるんだよ」
「俺の《ランドマイン》みたいに……か」
「そういうことだ」
そう言って聖夜はニヤリと笑う。
つまり、《トール・ハンマー》は直接、拳に宿して相手に叩き込むこともできるし、《ランドマイン》のように他の物体に付着させることもできる、かなり汎用性の高い能力であるようだ。ひょっとしたら、他にもいろいろな用途があるのかもしれない。
(そういえば聖夜は高校時代、野球部に所属していて、ピッチャーをしていたことがあるって言ってたっけ。ピッチャーってさまざまな球種を使い分けるそうだし、もともと器用なのかもしれないな)
しかし次の瞬間、深雪は殺気を感じて顔を上げた。
「聖夜、来るぞ!!」
深雪が視線を向けたその先に《エア・ボード》で宙を滑る知念の姿が見えた。時速30キロメートルは出ているだろうか。これまでも何度か《ランドマイン》で追い散らしたが、どれだけ爆風を受けようとしつこく追ってくる。
知念はピンク色の髪を風になびかせつつ、再び甲高い笑い声をあげた。
「あっひゃひゃひゃ、追いついた~♪」
その両手にはやはり二丁拳銃が握られている。知念はその銃口を深雪に向け、ハンドガンを乱射した。
「く……!」
狙われているのは自分だ。そのことに気づいた深雪は聖夜から離れ、素早く崩れかけた建物の陰に身を隠す。聖夜もまた後方に跳躍し、知念の射程範囲外へと後退する。
一方、間を置かずして今度は真柴が姿を現した。
「だから抜け駆けすんなっつってんだろ、知念よォォ!!」
彼のそばには瓦礫の小山があり、鉄骨が斜めに突き刺さっている。真柴はその鉄骨に手を触れると、《リキッド・メタル》で変形させ、再び槍を形成する。そして助走をつけ、その槍を聖夜の方へぶん投げた。
「懲りねえ奴らだな。だから、そいつは俺らにゃ効かねーんだよ!」
聖夜は先ほど拾った鉄屑に《トール・ハンマー》で電撃をまとわせ、飛来した真柴の《リキッド・メタル》に向かって投げつける。
鉄屑は槍に命中し、激しいスパークとともにそれを粉砕する。
野球仕込みの完璧なコントロールだ。投球フォームも無駄がなく美しい。
おまけに、電撃によって粉砕されたその槍の破片が、方向を変え真柴へと逆戻りしていった。くるくると回転しながら鉄片が襲い掛かってくるのに気付いた真柴は、慌ててその場を飛びのく。
「ひぇぇいっ!?」
その一部始終を目撃した知念はゲラゲラ笑い転げるのだった。
「ぎゃははは、ダッセー! ダセダセ、ダッせぇぇ!! ザコは引っ込んでなってね♪ やっぱ《死神》を殺るのはこの俺しかいないっしょ~!!」
知念は高揚が隠し切れないのか、《エア・ボード》で何度も回転技を繰り出す。深雪はその隙に建物の陰から身を乗り出すと、ビー玉を指先で弾き、知念の進行方向へ向かって放った。
知念は真柴を笑うのに気を取られ、そのことに気づいていない。
そしてビー玉が知念にぶつかる直前に、《ランドマイン》を発動させて爆発を起こす。
「ぴぎゃあ!!」
知念は《ランドマイン》による爆風で地面に叩きつけられた。さっきと全く同じ展開だ。二人とも全く懲りていないし、学習もしていない。
その隙に聖夜は深雪の元へ駆け寄った。
「何なんだ、こいつらは。阿呆なのか? まあ、その方がこっちは助かるから別にいいんだけどよ……」
「それは俺も同感だ。でも、油断はすべきじゃない。後ろの二人がどういうアニムスを持っているか、まだ分からないんだからな」
深雪は真柴の向こうに立つ二人のゴーストへ注意深く目を向けた。そこには体格のいい長髪の梶谷と、さらに輪をかけて立派な体格をした巨漢が立っている。
真柴は彼らに向かって八つ当たり気味に叫んだ。
「梶谷、郷上! 何とかしろぉぉ!!」
すると梶谷は両手を上げて肩を竦め、呆れたように返した。
「んもー、だから言ったのよ。やたらめったら突撃するなって。相手は強敵なんだからそんな無鉄砲に突っ込んでって勝てるわけないっしょ。……でもま、あの程度のアニムスなら《トーチカ》で防げるか。ゴウちゃん、頼める?」
「ん」
並外れて大きな体格をした若者は郷上という名らしい。梶谷の命を受け、郷上はさっそくアニムスを発動させる。
彼の能力は《トーチカ》。土を操るアニムスで、瞬時にしてさまざまな形状の防御癖や土塁を築き上げることができる。
郷上が瞳に赤光を灯したその瞬間、地鳴りがし、瓦礫を掻き分けるようにして三層の土塁が出現した。
高さは12メートル近くあり、横幅は25メートル。奥行きは台形になっており、地面に接しているところで7メートル、それが上に行くほど細くなり、天辺では2メートルほどになる。
それらは梶谷や郷上を守るかのように、わずかに湾曲していた。分厚い土の壁は、コンクリート以上の堅牢さだ。
梶谷たちに最も近い場所にある土壁は一枚、その向こうにある土壁は二枚。そして最も外側にあり深雪たちに近い壁は三枚、横並びに並んでいる。つまり郷上の生み出した土壁は、梶谷や郷上を中心として、全体が放射状に配置されているのだ。
深雪は警戒し、腰を落とした。
「あれは……防御壁か!?」
「そうみてえだな。だが、あの程度の壁、俺の《トール・ハンマー》でぶち抜いてやるぜ!!」
聖夜は再び鉄屑を拾うと、さっそくそれに電撃をまとわせた。そしてその鉄屑を防御壁に向かって全力で投げつける。狙うのは三枚横に並ぶ外壁のど真ん中だ。
時速150キロはあろうかという球威で鉄屑が壁にぶち当たったその瞬間、《トール・ハンマー》が炸裂する。ドオンという轟音とともに、青白い電撃がほとばしった。
ところが、《トーチカ》によって作られた頑丈な壁はびくともしない。
その結果を目の当たりにし、聖夜は悔しげに舌打ちをした。
「な……《トール・ハンマー》が効かねえだと!?」
「聖夜、次は俺がやってみる!」
そう言うと、今度は深雪が手近なところに転がっていた瓦礫を拾い、《ランドマイン》を付着させ、助走をつけて《トーチカ》へ放り投げる。ビー玉では軽すぎて風に飛ばされ飛距離が出ないため、それなりに重量がある鉄屑を選んだのだ。
そして壁にぶち当たるのと同時にそれを高威力で爆発させる。
しかし、やはり壁面には傷一つつかない。黒く焦げた跡が残るだけだ。
「……!! 俺の《ランドマイン》も、掠り傷一つ負わせられない!!」
驚きを隠せない深雪たちを尻目に、四人の《Zアノン》信者たちは態勢を整える。リーダーの梶谷は両手をぱんぱんと叩きながら知念と真柴に指令を下した。
「はいはい、知念も真柴も戻った戻った! これから戦況を立て直しますよー!!」




