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東亰PRISON  作者: 天野地人
《新八洲特区》動乱編Ⅱ
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第23話 《エスペランサ》での仕事②

 組織体制がきわめて効率的かつフラットで、従業員や準構成員、幹部を問わずみなにチャンスが与えられており、結果を出せば誰でも平等に認めてもらえる。


 《アラハバキ》のような硬直したピラミッド型の年功序列ではないため、一部の年長者が威張ったりふんぞり返ったりしない。


 常軌を逸したパワハラやモラハラも無い。


 しかもそれで店自体が繁盛し収益も黒字なのだから、これほど働き甲斐のある職場は他にはなかった。

 

 また、経営者(オーナー)である京極の人柄も、従業員に好かれているようだった。


 意外なことに、《エスペランサ》での京極は威圧感など全くなく、むしろ親近感に溢れた好人物だった。《アラハバキ》構成員には高圧的で偉ぶった人間が多いことを考えると、非常に珍しい、今までに無かったタイプのリーダーだ。


 その事もあってか、この店で働きたい、認められたいと思う若者はすこぶる多い。


 しかもその中には日本人の若者だけでなく、キッドやブランカのような他国にルーツを持つ者もいる。


 それ故に競争も激しく、生半可な実力の者はこの《エスペランサ》では働けない。


(思えば、俺がこの店に潜り込めたのは幸運だった)


 《グラン・シャリオ》を失ったあの日、聖夜は事件の黒幕が京極鷹臣であることを知った。そして《ヴァニタス》というアニムスで《彼岸桜》を操り、《グラン・シャリオ》を襲わせたことも。


 その瞬間、聖夜は京極に復讐すると決めた。


 自分の手で奴を殺す。


 そうしなければ、《グラン・シャリオ》のメンバーや(ヘッド)の豊に会わせる顔がなかったし、何より副頭(サブヘッド)としてみなを守れなかった自分自身を許せなかった。


 だが聖夜は一人だ。


 《グラン・シャリオ》が健在ならばチームのみなで襲撃をかけることもできただろうが、たった一人ではそういった方法は使えない。しかも京極は外出する際、常に屈強な護衛を連れており、なかなか近づけそうにはなかった。


 だから聖夜は《エスペランサ》に潜り込むことを考えついた。


 そして機を見て京極に近づき、この手で直接殺そうと。


 とはいえ、《中立地帯》最大規模のチームである《グラン・シャリオ》の副頭(サブヘッド)だった聖夜は、その外見も相まって《中立地帯》ではかなりの有名人だった。そのまま《エスペランサ》に近づいたのでは、すぐに素性がばれてしまう。


 そのため、徹底的に変装しなければならなかった。


 髪型やファッションなど雰囲気をがらりと変え、フェイクタトゥーを入れることで《グラン・シャリオ》の刺青(タトゥー)を目立たないようにした。さらに濃いサングラスで目元を隠せば、より人相が判別しにくくなる。


 また、決して日本語を喋らず、英語を喋ることで、《外国人街》のゴーストであるという(てい)を装った。


 因みに、《エスペランサ》では九鬼聖夜という本名ではなく、『アイザック=ハミルトン』と名乗っている。内戦状態に陥ったアメリカで消息不明になってしまった聖夜の祖父の名であると、むかし父に教わった。


 そういった努力の甲斐あってか、今のところ誰も聖夜の正体に気づいていない。


 無口で無愛想な外国人――それが《エスペランサ》での聖夜の立ち位置だ。


 もっとも、最初はどのようなルートを辿れば《エスペランサ》に雇ってもらえるのか分からなかった。そのため、直接乗り込んで行って、身振り手振りを交えながら英語で「ここで働きたい、雇ってくれ」と喚き散らした。まさに一か八かの大博打だ。


 すると運よく、そこに京極が通りかかった。


 京極は部下に何事か指示を出す。


 そして次の瞬間、聖夜は《エスペランサ》で雇われることが決まった。


 後から聞いた話によると、京極の部下は日本語を話せない者を雇うことに難色を示したらしい。しかし京極自身は英語が堪能であるため抵抗もなく、「良い体格をしている。やる気や行動力もあるようだし、使えそうな奴だ。仕事を回してやれ」と部下に告げたらしい。


 おかげで聖夜は《エスペランサ》に潜り込めた。


 本当にいろいろとタイミングが良かった。


 聖夜はその時、初めて京極の姿を直に目にした。


 聖夜から見た京極の第一印象は、特に体格に恵まれているわけでも無い、優男だった。背も幾分、想像していたより低い。


 だが、妙に人を惹きつける。


 そこがきわめて印象的だった。


 《アラハバキ》の連中のような迫力は全く無い。圧迫感も無い。それなのに京極を前にすると、不思議と背筋がピンとし、従順になってしまうのだ。それどころか、「この人のために何かしたい」、「この人を支持したい」とさえ思わせられる。


 装いだけではなく身のこなしも洗練されており、全てにおいてスマートでスタイリッシュ。これまでの《監獄都市》では見られなかったタイプということもあり、《中立地帯》のゴーストの眼にはさぞや新鮮で魅力的に映っただろう。


 その甘いマスクは男女ともに虜にする。女性にだけにウケるいわゆる女顔ではなく、男にも好感を抱かせるタイプだ。


 だが、類稀なる容姿にもかかわらず、高慢さや高飛車さを微塵も感じない。警戒心を抱かせず、相手の懐にするりと潜り込むところは、どことなく雨宮深雪に似ている。


 とはいえ、どれだけ印象が良くても京極は憎き仇だ。聖夜が京極に親近感を抱くことはなかった。


 ……まだ、この時は。


 当時、聖夜に命じられたのは店内のガードマンだった。大きな体格が生かせると判断されたからだろう。


 《エスペランサ》に潜り込めるなら、どんな仕事でも良かった。いかにもおかしな身なりの者の入店を拒否したり、店内で揉め事を起こす客を抑えつけたり摘まみ出したり。聖夜はひたすらガードマンの役割に徹したのだった。


 しばらくすると、《エスペランサ》の全体像が見えてくる。


 まず驚いたのは、組織の構成が非常にシンプルであることだ。


 経営者である京極はもちろん組織の頂点だ。その下に十二人の幹部が配置されている。


 彼らは《ゾーディアクス》と呼ばれ、それぞれ十二星座の名を冠した役職が与えられる。


 牡羊座(エアリーズ)牡牛座(トーラス)双子座(ジェミニ)蟹座(キャンサー)獅子座(レオ)乙女座(ヴァルゴ)天秤座(リヴラ)蠍座(スコーピオ)射手座(サジタリウス)山羊座(カプリコーン)水瓶座(アクエリアス)魚座(パイシス)の十二幹部だ。


 彼らの立場に上下は無く、みな平等である。ただ、成果を上げた者は仕事における裁量や金銭的な報酬が増える。もちろん、成果が出せなければその逆で、裁量および報酬も減少していく。


 また、期待された成果を出せなかった幹部には降格処分も待ち受けており、十二人の幹部がうまく緊張感を保ち競い合うようになっている。 


 幹部の下にいるのが一般の構成員だ。その更に下にいるのが準構成員。


 因みに、聖夜は現在、構成員で、キッドとブランカは準構成員だ。一度、三人で組んで『仕事』をしたことがあり、その時に知り合った。


 仕事(ミッション)を与えられると、幹部(ゾーディアクス)は構成員や準構成員の中から、メンバーを選んでチームを組むことができる。構成員も同様だ。準構成員の中からこれはと思うメンバーを選び、チームを構成することができる。


 そのチームは固定でも良いが、メンバーを入れ替えることもできる。どうするかはミッションを遂行する構成員の自由だ。


 また、幹部の場合も同じで、構成員や準構成員の中からミッションを遂行するメンバーを選抜する。


 ここでもやはり、チームメンバーを固定にするのも入れ替えるのも自由だ。常に気の合う固定のメンバーで行動する者もいれば、いくつかチームを作っておいて、ミッションごとに使い分けている者もいる。


 成果さえ出せば良いので、各自の判断は自由なのだ。


 ここで重要なのは、常に組織内で人が流動しているということだ。


 ミッションごとにチームが組まれるため、特定の人間が特定の役職を占拠することが無い。うるさく命令してくる上司がおらず、その代わり仕事を任された幹部や構成員は自分で考え自分の力でそれをやり遂げねばならない。


 だがその分、裁量が大きくやりがいもある。また、自分の能力を周囲にアピールし、認められないとチームメンバーに選ばれなくなるので、みなが自立し能動的に働いている。


 上から下まで序列や役職でガチガチに固める《アラハバキ》とはある意味、真逆の経営方針だと言っていい。ピラミッド型の《アラハバキ》に対し、《エスペランサ》はフラット型なのだ。


 しかしそれは、上に立つ管理者が優秀で、あらゆるタスクを瞬時に(さば)く卓越した能力を持つからこそ成立する。


 つまり、京極が経営者だからこそ成り立つ方法と言って差し支えなかった。


 そして実際、京極はただの優男ではない。


 以前、幹部の一人が店の金を使い込んでいることが発覚した。いわゆる横領だ。


 詳細な金額は知らないが、およそ店の売り上げの一か月分ほどちょろまかしていたらしい。


 その横領犯は幹部――つまり《ゾーディアクス》の一人であり、獅子座(レオ)の座にいた。かなり強力なアニムスを持つ、屈強な若者だった。


 店の金を横領するくらいだから、いい意味でも悪い意味でも度胸があり、その才能をうまく生かしていたなら《ゾーディアクス》のてっぺんを取っていただろう。


 しかし彼は《エスペランサ》を、そして京極を裏切った。


 その報復に、京極はその男を皆の前で文字通り八つ裂きにしたのだった。そう――眉一つ動かさず、粛清したのだ。


 獅子座(レオ)の幹部もかなり強力なアニムスを持っていたはずだが、手も足も出なかった。全身をミンチ肉のようにされ、一瞬で絶命した。


 あの時の光景は忘れられない。


 みながあまりの凄惨さに息を呑んだ。


 普段は穏やかで温厚な京極が垣間見せた、冷徹な支配者としての顔。裏切者には厳罰をもって処すという、苛烈な意志。多少の荒事は経験してきた聖夜も、さすがに背中が冷や水を浴びたかのように総毛立った。


 しかし聖夜は、構成員の何割かが粛清を行った京極に対し、崇拝と尊敬の眼差しを送っていることに気づく。


 人間はギャップに弱い。普段、物腰柔らかな人間が、一瞬見せる残酷さや力強さに、ヒーロー性やカリスマ性を見出してしまう者もこの世には少なからず存在する。


 裏の世界では、優しいだけではやっていけない。人望を得られない。人間を暴力の強さでしか計れない者たちは一定数、存在する。京極はその事をよく理解しているのだ。


(こうやって《グラン・シャリオ》のみなも殺したのか! 《彼岸桜》を操り、自らの手は一切汚さず……!! やはりこいつは生かしてはおけねえ!!)


 その一件で、聖夜は京極への復讐の意志をますます強固にしたのだった。


 しかし当時の聖夜は《エスペランサ》に入ったばかりで、ポジションもほぼ最底辺の準構成員だ。下っ端同然でカジノ店のガードマンばかりやらされ、なかなか京極には近づけない。


 経営者である京極と最も親密に接することができるのは、幹部層――つまり《ゾーディアクス》だけだ。復讐をより確実なものにしようとしたら、《エスペランサ》のために仕事をし、出世して《ゾーディアクス》まで上り詰める必要がある。


 そこで聖夜は、それまでの方針をがらりと変え、積極的に動くことにした。《エスペランサ》のために働き、ある程度は出世しようと。


 自分の働きが京極の利益になるかもしれないということには釈然としない思いもあった。だが、ともかく京極の近くへ行くためには実力をつけてのしあがり、《エスペランサ》の面々や何より京極自身に認められるしかない。


 とはいえ、準構成員にできることは限られているため、とにかく構成員に自分の価値を猛アピールした。


 構成員は準構成員より重要な仕事を担当することが多く、また裁量も大きい。優秀な構成員に認められれば、次から次へと仕事が入ってくるし、そこで働きを示せば自ずと引き立てられるようになる。


 その頃の聖夜に割り当てられた仕事は、カジノで多額の借金を負った客の取り立てや、カジノ店でいかさまを働こうとした客への締め付け、或いは店内で起こったいざこざや喧嘩の制圧など、暴力沙汰がメインだった。


 日本語の喋れない外国人というキャラ付けで通しているため、その手の体力仕事しか回せないと思われたのだろう。ガードマンから多少、進歩はしたものの、扱いは相変わらず下っ端だ。


 とはいえ、《グラン・シャリオ》の副頭(サブヘッド)だっただけあり、聖夜もその手の揉め事や荒事の仲裁には慣れているし、むしろ得意なくらいだった。


 そのため、順調に評価を上げることができた。


 実際に働いてみると、《エスペランサ》は想像していた以上に合理的な組織だった。


 無駄がなく効率的で何事もスマート。《アラハバキ》のように、過剰な忖度や根回しは必要ない。働けば働いた分だけ結果に繋がり、評価にも直結する。


 また周りの士気も高く、熱意ややる気に溢れていて、実際に優秀な者も多い。そのため、より働きたい、他の者より出世したいと自然に思える。互いに切磋琢磨し、競争する環境がうまく構成員のやる気を引き出しているのだ。


 かと言って、フラット型組織にありがちな冷淡さも無い。京極は構成員や幹部など、仕事がうまくいかない者の相談に応じ、的確にアドバイスをする。また、仕事の悩みや不満などを抱えている従業員の声にも丁寧に耳を傾けるそうだ。


 その上、構成員や幹部を含めた全ての従業員に最新の端末が配られており、情報伝達もスムーズだった。誰がどこで、何をしているか。アプリによって、全員がそれを共有できるようになっている。


 それだけではなく、従業員の自己判断でアプリを停止したり削除したりすることもできるという。


 結果さえ出せば、全てのことに関して選択は可能であり、強制は一切されないのだ。 


 何より、特定の人間が意味もなく威圧したり、幅を利かせたりしないので、《エスペランサ》の人間関係は常に良好状態を保っており、それが従業員の意欲や能力を引き出すことにも繋がっていた。


 《アラハバキ》のような時代錯誤な上下関係がないので、どの年齢層の人間もやる気さえあれば挑戦できる。もちろん聖夜のように、日本人離れしている容姿をしていたり、日本語が喋れない者も平等に、だ。


 フラットでとても『今風』。


 ストリートの若者の心を掴んでいるのもよく分かる気がした。


 特に聖夜は《グラン・シャリオ》の副頭(サブヘッド)として多くのストリートの若者をまとめていたから、いかに《エスペランサ》が魅力的であるかがよく分かる。


 そして京極がいかに高度で巧みな組織運営をしているかも。


 ストリートでくすぶっていた多くの若者が《エスペランサ》では目を輝かせ、生き生きと仕事している。その光景を目の当たりにすると、さすがに複雑な心境になる。


 もし聖夜の復讐が成功したら、京極は当然、この世からいなくなるだろう。それは即ち、多くの若者の希望を打ち砕いてしまうことになってしまうのではないか。そう気づいたからだ。


 実際、《エスペランサ》には京極に心酔している者も多い。京極の悪魔のような本性を知らない者たちには、彼が魅力的でカリスマ性も持ち合わせた優れたリーダーであるように見えているのだろう。


 特に熱心に京極を崇めているのが、片山(かたやま)湊太(そうた)という青年だった。聖夜が《エスペランサ》に入る少し前に、準構成員になったらしい。


 聖夜はその片山湊太と、間接的にではあるが、過去に浅からぬ因縁がある。


 片山は以前、《ガロウズ》というチームのメンバーだった。聖夜のチーム、《グラン・シャリオ》は先代の(ヘッド)を《ガロウズ》によって殺されていたのだ。


 だが、今や聖夜は事実を知っている。その《グラン・シャリオ》を襲った《ガロウズ》のメンバーまでもが京極の《ヴァニタス》に操られていたのだと。


 つまり、ここでもやはり京極が《ガロウズ》に《グラン・シャリオ》を襲わせた真の黒幕だったのだ。そう、《彼岸桜》の時と同じように。


 しかし片山はその事を全く知らないらしい。


 すっかり京極の信者になり、何の疑問も抱かず彼を崇拝している。


「京極さんはマジですごい人だよな! 格好いいし、頭脳も明晰だし。……実際、《エスペランサ》をここまで成功させている。この《監獄都市》で、しかもあの若さだろ? 京極さん以外の人間じゃ、ここまでの結果を出すなんてとても不可能だろ! この街で権力握ってるのは年功序列に守られた老人ばかりだもんな! でも、京極さんなら本当にこの街を変えてくれそうな気がするんだ! 

 ……あの人のおかげで、俺も生まれ変われたんだって思ってるよ。前のチームメンバーは《リスト執行》されるクソ揃いで、残った奴もチームを立て直す気概も根性もない、臆病者ばかりときた! 俺一人が頑張って声を上げても、どうすることもできなかった……!! でも、よく考えりゃ、あんなチームにいたって先が知れてるよな。むしろ今ではいいタイミングで損切りすることができて良かったとさえ思ってるよ。

 ……そう、俺は生まれ変わった。新たなチャンスを与えてもらって生まれ変れたんだ! そして、この新しい命は京極さんが与えてくれた。だから俺は京極さんのためなら何だってする! 命さえ捧げてみせる!!」


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