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東亰PRISON  作者: 天野地人
トウキョウ・ジャック・ザ・リッパー編
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第15話 衝突

「シロね、戦うの得意だし、それしかできないけど、でもユキや流星はそれを望んでないって分かってるから……。シロはちゃんと役に立ちたい。ここにいていいんだって、思えるようになりたい。じゃないと、また一人になってしまう気がするから……」


 どこか淋しそうに笑うシロを見て、やはり古巣である《ニーズヘッグ》から追われたことを引き摺っているのだと、深雪は悟る。だからこそ、『一人ぼっち』を極端に嫌がるのだろう。


 確かにシロを《ニーズヘッグ》から追放したのは(ヘッド)である竜ケ崎亜希だ。しかし、それは致し方ない判断だったのだと、深雪は亜希に打ち明けられた。そうせざるを得なかった理由はシロのアニムスにある。


 シロのアニムス、《ビースト》は身体能力を劇的に上昇させるが、一つ欠点がある。それは、感情の制御が取れにくくなるという事だ。怒り任せに戦うシロの姿を、深雪も実際に目にしたことがある。


 亜希は制御不能になったシロが、チームを、そして自分自身を傷つけることを恐れたのだ。


 ある程度、その事情を把握していた深雪は、慌てて口を開いた。


「シロはちゃんと役に立ってるし、事務所にも必要だよ!」

「そうかな? ……でも、戦うのは駄目なんでしょ?」


「みんな、シロに乱暴な事、して欲しくないんだよ」

「本当に? シロ、要らない子じゃない?」

 シロは不安げに目を伏せる。深雪はそんなシロを元気づけたくて、思わず声を上げていた。


「お……俺の傍にいればいいじゃん!」

 突然の大声に驚いたのか、それとも会話の中身が想定外だったのか。シロはパチパチと瞬きをする。深雪は我ながら恥ずかしい台詞だと、耳たぶまで赤くなる。そしてどちらかと言うと、自分を落ち着かせるために、ゴホンと咳払いを一つ挟んだ。


「二人で協力すればいいじゃんか。どっちが戦うとか役に立つとかじゃなくさ。今までもそうだったし。俺はシロを守るから、シロも俺がピンチの時に助けてくれ」


「えっと……ユキがシロを守って、シロがユキを助けるの?」

 深雪は頷く。


「うん。そういうのが、本当の仲間だって思うから」


 すると、シロは呆けたような表情になった。

「本当の……仲間………」


 そのままシロは俯いて黙り込んでしまった。深雪は一瞬、再びシロが落ち込んでしまったのかと心配したが、どうやらそうではないらしい。シロは一点を見つめ、何事か一心不乱に考え込んでいるようだった。その表情は真剣そのものだ。


「シロ……?」


 一体何を考え込んでいるのか。心配して声をかけてみると、シロはにこりと顔を綻ばせた。それはいつもの、無邪気で明るいシロの笑顔だった。


「ありがとう、ユキ。……事務所に戻ろ?」


 そしてパッと踵を返すと、警戒に走り出して行った。そして途中で立ち止まると、早く早くと、こちらに手を振って来る。そこには微塵の曇りも感じられない。先ほどまでの不安そうな様子はまるで嘘のようだった。深雪は呆気に取られてそれを見送る。


「よく分からないけど……少し元気になったのかな?」 


 シロの後姿を見つめる深雪は、ある事に気づいていた。


 シロの根幹にあるのは、おそらく孤独に対する恐れだ。

 孤独が怖いから、『仲間』を大切にするし、その『仲間』が傷つけられたら我が事のように激情する。

 

 しかし一方で、彼女には孤独を忌避するあまり、周囲に認めてもらおうという意識が強すぎるという面もある。

 役に立ちたい、成果を出したい――その気持ちが強すぎて『戦う』ことに拘り、結果として無茶な行動をとってしまうのではないか。

 《ビースト》を発動させた際に感情の制御が利かなくなるのも、何となくその辺に原因があるような気がした。


 シロはただ、自分の『居場所』を求めているのだ。


(俺がシロの居場所になればいいんだ)

 そう思うのは驕りだろうか。

 

 ただ、その感情には深雪も覚えがある。二十年前――《冷凍睡眠(コールド・スリープ)》に入る前、まだゴーストの数が少なく、存在すら認められていなかった頃、深雪も孤独を恐れ、『仲間』を求めて彷徨った。そして辿り着いたのが《ウロボロス》だったのだ。


 孤独は恐ろしい。それがすぐに生死に関わることはないが、遅効性の毒のようにじわじわと、しかし確実に全身に回り、いつかその首を絞める。


(シロにそんな思いはさせない……!)


 深雪はそんな決意を胸に、前を行くシロの後を追いかけた。

 




 波多の潜伏していたアパートの周囲は、未だ多くの警察官とやじ馬たちでごった返していた。

 警察官の一人がそんなやじ馬の一部と勘違いしたのか、深雪たちに向かって「ほら、下がって下がって」と言って、遠くに追いやろうとする。

 弁解する暇もなく、深雪たちは黄色いテープの向こう側へと押しやられてしまった。アパートは制服姿の警察官にがっちりと固められて近づくこともできない。仕方ないので、取りあえず流星に言われた通り、シロと共に事務所に戻ることにする。


 ところが喧騒に包まれた事件現場を離れ、小さな路地に入ると、そこで奈落が待ち構えていた。

 軍服を纏った長身の傭兵は、鋭い目つきで、がっつりこちらを睨んでいる。


(うわ、ヤバ……!)


 深雪はすかさず回れ右し、Uターンを試みる。しかし、それはすぐに背後から飛んできた何かによって阻まれてしまった。その飛んできた物体は、傍にあった木製の柵にぶっすり刺さると、ビイィンと上下に細かく振動する。

 瞳孔だけ動かしてそれを確認すると、案の定というべきか、ごついミリタリーナイフが刺さっていた。


「何故、ここに波多洋一郎がいると分かった?」

 不機嫌さを全開にして詰問してくる奈落に対し、深雪は渋々応じた。  


「それは……いろいろあって……」

「何? はっきり言え」


「だから、その……か……勘だよ、勘!」


 やけくそになって叫ぶと、奈落は深雪の首元を遠慮会釈なくギリギリと掴んできた。慌てて振りほどこうとするが、びくともしない。奈落は片手のみで深雪を掴んでいるのに、だ。一体どんな腕力をしているのかと、罵りたくなる。


 奈落は深雪を絞め上げつつ、地獄の底から響いてくるかのような声音で罵った。


「殺されたいのか、くそガキ? 引きこもりのウサギ女や中国人のガキでさえ、波多の居場所は掴めていなかった。それが、てめえの薄らぼんやりとした勘ごときで見つかるわけがねーだろ!」


「わ、悪かったな! 薄らぼんやりしてて‼」


 確かに奈落からすると、深雪はそう見えるのかもしれない。奈落は妙に勘が鋭く、余計にそう感じるのだろう。しかし面と向かって罵倒されると、さすがに怒りを禁じ得ない。 


「そもそも俺は薄らぼんやりしているわけじゃない……あんたらと比べて一般人寄りだってだけだ!」

 そう反論すると、奈落は「知るかボケ、んな事はどうだっていい」と、深雪の言葉をばっさり斬って捨てる。


「言え。どこから情報を入手した⁉」

 深雪は唇をかむ。

 エニグマに何か恩義があるわけではない。ただ、彼のもたらした情報は本物だった。波多洋一郎は殺されていたものの、確かにあの住所に居を構えていたのだ。


 だから深雪は、最低限の義理は果たすべきだと思った。 


「それは……言えない……。そういう、約束だから……」

「……約束だと?」


 奈落の眼光に一際、鋭利な光が宿る。そして、その一瞬の後。


「ふざけるな‼」


 地を割らんばかりの咆哮だった。衝撃がビリビリと全身を包み、背中へと突き抜けていく。その鋭い目で射すくめられ、大喝されたなら、誰だって委縮せずにはいられないだろう。気の弱い者であれば、失神すらしていたかもしれない。

 深雪も一瞬、心臓が縮み上がったが、すぐに腹立たしさがそれを上回った。


「な……何だよ、そんなに怒ることないじゃんか‼ 波多は見つかったんだ、それでいいだろ! 俺がどこから情報を得たかなんて、あんたに何の関係があるんだよ⁉」


 あのままエニグマの情報が無ければ、埒が明かなかったのも事実だ。深雪の選んだ方法は正しくなかったかもしれないが、完全な間違いとも言い切れない。異論があるのは分かっているが、それを頭ごなしに否定することはないのではないか。

 深雪がエニグマに何か情報を漏らしたというわけでもないのだ。


 すると、ふと奈落の目が眇められる。そして次の瞬間、凄まじい殺気が膨れ上がった。そのあまりにも獰猛な気配に、深雪もさすがにぐっと怯む。飛んでくるのは拳か、蹴りか。しかしこうもがっちりと首元を押さえつけられては、逃げることもできない。覚悟してぎゅっと目を閉じると、シロが慌てて両者の間に割って入った。


「や、やめて! 喧嘩しないで!」


 シロは深雪を庇うように両手を広げると、強い眼差しで奈落を見上げた。その構図は、まるで野生の狼とその狼に追い詰められた野兎そのものだ。


「シロ……どいてろ!」

 奈落がシロに手を上げるのではないか――一瞬そんな懸念が頭を過り、深雪は叫んだ。《タイタン》制圧時にも、十代後半の少女に迷わずナイフを振り上げていたほどだ。この状況下では、仲間とはいえ何をしでかすか分からない。


 しかし、深雪の意に反し、奈落は動かなかった。暫く無言でシロを見下ろしていたが、やがてフッと鋭く息を吐く。


「………。勝手にしろ」


 そして低く呟くと、深雪を掴んでいた手をパッと離し、こちらを振り返りもせずにそのまま歩き去った。深雪は何事も起きなかったことに、ほっと安堵の息を付く。しかし、気が緩むとその分、強烈に腹が立ってきた。


 不満があるなら、はっきりと説明してくれればそれで事は済む。奈落がその手間を省いているのは、深雪の存在自体を認めていないからではないのか。


 多少、見下されるのはまだいい。実際、戦闘面で深雪が奈落に勝つのは不可能に近いだろう。体格(フィジカル)、経験、戦闘技術、所有するアニムス――おそらくそれらの全てにおいて、奈落の方が深雪のそれを上回っている。悔しいが、それは深雪も自覚している事実だった。


 だが、それと存在を無視するというのは全くの別物だ。深雪と奈落は現在、事務所の所長である六道の命令で組まされている。そうである以上、奈落にも相棒(バディ)として最低限の言動をとる義務があるのではないか。奈落が深雪に対して清々しいまでに協調性を見せないのは、おそらく協調する価値もない奴だと思っているからだ。


「な……何なんだよ、あいつ。訳わかんねえ……‼」

 深雪が奈落の背中に向かって毒づくと、隣でシロがしょぼんと項垂れる。


「ごめんね、ユキ……シロが行こうって言ったから……」


「気にすることないよ。シロが悪いんじゃない。……行こう」


 深雪はシロにそう笑いかける。シロはむしろ、奈落と深雪の諍いを止めてくれた功労者だ。深雪がシロへそう伝えると、シロは少しだけ表情を緩ませた。


 事務所への帰路へ着く途中で、深雪はそれにしても、と首を傾げる。

 奈落は大抵不機嫌そうだし、手が出ることもしょっちゅうだが、今まで激高することは殆どなかった。正直に言って、エニグマと接触したことをあそこまで怒るなどとは、想定外だった。


(どうせ、勝手に行動したことが気に入らないっていうだけだろ。一体どこまで俺様なんだ、あいつ……?)


そう考えると、深雪も余計にむかっ腹が立つのだった。




✜✜✜✜✜✜ ✜✜✜✜✜✜ ✜✜✜✜✜✜




 東雲探偵事務所の二階、ミーティングルーム。


 薄暗い会議室には、メンバー全員が揃っている。どの顔も、表情が優れない。事件が思わしくない方向へと向かっていることを、すでに知っているからだろう。


 そこには東雲六道の姿もあった。足の悪い彼はただ一人椅子に座り、いつも手にしている杖の頭に両手を添えている。

 死神を思わせる眼光は陰気ながらもやけに鋭く、言いようのない威圧感がある。深雪は東雲六道が会議に同席していることに息苦しさを感じたが、さりとて文句を言うわけにもいかないので、できるだけ六道と目を合わせないように努めた。


 部屋の中央を占める会議用デスクの卓上には、3Dマスコットのウサギが腕組みをし、仁王立ちしている。そして、妙な唸り声を発した。


「……。何かね~~、ややこしいことになってきたわ~~………」


「どういう事ですか。波多洋一郎は死んだのではないのですか?」

 オリヴィエが疑問を発すると、マリアは腕組みを解き、くるりと回転する。


「うん……そうなんだけど……。一から説明するね」

 そして、卓上の液晶パネルに画像や映像を交えながら、説明を始めた。


「今のところ、今回の猟奇殺人事件で死亡したのは全部で三人。


 まず最初に殺されたのが売春婦の山下ヒロコ。二十日前、廃ビルのニ階で殺された。次に殺されたのが、永野エリ。こちらも五日前、渋谷にある商業施設の三階で死亡が確認されてる。

 二人とも腹部を掻き切られ、内臓を引きずり出されていた。その特徴的な殺害方法から、三年前に似たような事件を起こした波多洋一郎――トウキョウ・ジャック・ザ・リッパーの犯行が疑われていた。……そこまではいい?」


 マリアはぐるりと部屋にいる面々を見渡す。異論は特にない。それを確かめると、マリアは新たな画像を映し出しつつ、芝居がかった口調で続ける。


「ところが、ところが! その容疑者である波多洋一郎までも、死体で見つかってしまったのです‼」


 新たな画像とは、まさに深雪が千駄ヶ谷のアパートで見た、血の海に横たわる波多洋一郎の姿だった。


「波多洋一郎の死亡時の写真がこれ。死因は首の頸動脈を切られたことによる失血死。

 ここ……彼の手を見て。刃物状になってるでしょ。彼のアニムスは《スラッシャー》。警察の検死結果によると、波多の首の傷と、手先の刃物部分の形状がほぼぴったり一致したらしいわ。刃物部分には波多洋一郎自身の血液も大量に付着していた。……つまり、波多洋一郎は《スラッシャー》で変形した自らの手で、自分の首を掻き切ったということらしいわね」  


「――ってことは……波多洋一郎は自殺⁉」

 深雪が驚きの声を上げると、流星がそれを肯定する。


「波多の衣服からは山下ヒロコの血液のDNAが検出された。波多洋一郎は山下ヒロコを殺害した後、自宅で自ら首を掻き切ったって事になるな」


「切り裂き魔が自殺……?」

 怪訝な表情をして呟く神狼。


「不自然だな」

 奈落も鋭い声音で吐き捨てた。


 確かに、何故、波多洋一郎は自ら命を絶ったのか。何故、このタイミングだったのか。そもそも、今になって三年前の猟奇殺人を再開した理由は何なのか。波多洋一郎の行動にはどうにも釈然としない点が多い。


「でっしょ? ……ただ、今はその事は置いとくわ。問題は波多洋一郎の死亡時期。検死結果だと、最低でも死後十日は経ってるそうよ」


「それは……おかしいですね。次の犠牲者の永野エリが殺されたのは今から五日前です。その頃には、既に波多はこの世にいなかったという事になるのでは……」

 オリヴィエがそう指摘すると、マリアはニヤッと笑ってポーズを決めた。


「そう。だから、永野エリを殺したのは別人って事になるのよ」


 その言葉を合図に、薄暗い空間に、複数の画像が浮かび上がる。

 それは壁に背を凭れさせ、両足を投げ出し、座り込んだ男の画像だった。


 内容はどれも同じ男の画像だが、アングルが変えてある。男の顔は俯いていてよく分からないが、服装から二十代ほどの若者のように見えた。首の所から夥しく血が流れている。だらりと力なく垂れた右手の先には、血まみれのナイフのようなものが転がっているのも伺えた。


 男が蹲っているのはとても狭い部屋で、床や壁はタイル張りだ。複数ある画像の中に排水溝の口が映り込んでいるものがあることから、そこがバスルームであることが分かった。


「容疑者は池田信明、十九歳。ゴーストよ。アニムスは不明。いわゆる低アニムスゴーストで、はっきりとした能力はなかったみたいなの」


 マリアの説明によると、波多洋一郎の死亡時に流星が対応に追われていた、『新たに見つかった犯人』というのが、その池田信明の事らしい。


「死亡時の発見場所は、一階建の自宅の風呂場。一人暮らしだったらしいわ。死後一週間ほどが経ってる。池田の死体の近くにはアーミーナイフが落ちていた。刃渡りが三十センチ近くもある、かなり大振りなナイフみたいね。そのナイフからは永野エリの血液のDNAと池田信明自身のDNA、両方が検出されたらしいわ」


(アーミーナイフ……大型の刃物……⁉)


 深雪は、はっとした。確か、奈落も大型の刃物の出所を探していた。偶然だろうか。それとも、奈落はこの事態を想定していたのか。深雪は奈落へと視線を向けるが、その表情からは何も窺い知ることはできない。


「つまり池田信明も、永野エリを殺害した後、自ら首を切って自殺したという事か」


 流星は腕組みをして呟く。刃物に永野エリと池田信明の両方の血液が付着していた事、そしてそのナイフが池田信明の手元に転がっていたことからそう推測したのだろう。


 しかしそれを聞いていた神狼は、納得がいかないというようにしかめっ面を作った。


「……こっちも、何か不自然。動機は何だ?」


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