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東亰PRISON  作者: 天野地人
生ける屍編
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第22話 本性


「―――ええ、そうですよ」



 命は呆気なくそれを認めた。


 全く悪びれた様子がない。


 それどころか、まるで世間話でもするかのような、軽々しい調子だった。


 命が寄生蜂を操っていた犯人――彼の軽薄な口調とは裏腹に、その事実は深々と深雪に突き刺さった。


 深雪は思わずその場に勢いよく立ち上がる。


「どうして……何故、そんなことを‼」

 しかし、憤る深雪をいなすかのように、命は冷静に言葉を紡ぐ。


「……深雪さん。深雪さんは『悪』って何だと思いますか?」

「今はそんな話、どうだっていいだろ!」

「いいえ、どうでも良くはありませんよ。とても重要な話なんです。座ってください、深雪さん」

「命‼」


「座れと言ってるじゃないですか。聞こえなかったんですか?」

 命の声にはやはり有無を言わさぬ響きがあった。深雪は命と睨み合うものの、渋々席に着く。主導権を握られるのは抵抗があったが、今はとにかく命の言い分を知りたかった。


 再び椅子に座った深雪を満足そうに見つめ、命は自分のティーカップに口をつける。そしてそれを受け皿に戻すと、静かに話し始めた。


「……僕はこの監獄都市の、ヘドロのようなストリートで生まれ育ちました。そこは暴力と悪で満ちていて、僕はいつも容赦なく襲い来るそれらに怯えて生きるしかなかった。僕は生まれついてのゴーストだというわけではなかったんです。いや、ゴーストだったのかもしれないけど、当時は自分のアニムスが何であるのかも分からなかった。そういった子供は数多くいて、ストリートダストと呼ばれていました。その頃に出会ったのが加賀谷祐馬です」


「加賀谷祐馬……《メラン・プシュケー》の(ヘッド)か」

 命は「ええ」と頷く。どうやら、命と加賀谷は幼いころからの顔見知りだったらしい。


「彼は生まれながらに《ディスチャージ(放電)》というアニムスを持っていて、僕たちストリートダストの中では比較的強かったけれど、それもさして強い能力というわけではなかった。しかしそれにも関わらず、祐馬は次第にリーダー格として頭角を現していきました。それを可能にしたのは、彼の人柄です。正義感の強い、いい人……それが周囲の人間の、祐馬に対する人物評でした。彼はそれを利用し、徐々に信頼を勝ち得ていったんです。でも……僕は知っていました。それがあくまで表面的なものでしかないという事を」


 すると、それまで穏やかだった命の瞳に、突如激しい感情が宿った。軽蔑、反感、怒り――それらが混ぜ合わさった、どす黒い感情だ。


「いい人の皮をかぶった偽善者――裕馬ほどその言葉が似合う人間は、そうはいないでしょう」命は吐き捨てるようにそう言った。


「確かに祐馬は人当たりが良かった。熱い正義感と誠実さに溢れた言動に、誰もが一目置くようになりました。深雪さんにはピンと来ないかもしれないけど、このゴミ溜めのような世界では、正義感や誠実さといったものはとても貴重な事だったんです。


 でも、それはあくまで祐馬の表の部分だった。彼は裏では自分より弱い者を虐げ、平気で搾取していたんです。祐馬はやがて、彼を信頼して集まってきた者たちを手懐け、鉄屑拾いをさせて稼いだ日銭を取り上げるようになった。そして厳しいノルマを課し、達成できないものには容赦なく折檻を加えました。当時、彼の下にはそういう『最下層民』が十人ほどいた。


……僕もその中の一人でした」


「………」


「みな、祐馬の事を懐が深く義理堅い人物だと褒めました。でも、本当の彼は気が短く、気まぐれで幼稚だった。何か気に障ることがあると自分の『最下層民』たちに当たり散らし、鞭で売ったり煙草を押し付けて火傷をさせたりした。あまりにもひどい暴力に、死んでしまった者もいます。でも彼は、全く気にかけた様子もなかった。代わりはいくらでもいると言って……」


 簡単な話だ――深雪は心のうちでそう思った。


 加賀谷祐馬は善人ではなかった。もちろん、正義感が強いわけでも、誠実なわけでもない。ただ、相手によってうまく態度を変えていただけだなのだろう。

 自分より強い者には本性を隠して己の人柄の良さをアピールし、そうする必要のない弱い者に対しては、遠慮なく道具のように乱暴に扱う。

 ゴーストであろうとなかろうと、そういう行動パターンを示す者は多数、存在する。

 

 そういう性格が嫌なら、加賀谷祐馬に近付かなければいいだけの話だ。しかし、この監獄都市で力なきストリートダストとして生きていた命は、強いゴーストの庇護下の元で生きるしかなかった。加賀谷祐馬に虐げられ、彼を憎みながらも、離れて生きることができなかったのだ。


 当時のことを思い出したのか、話しているうちに命の瞳の中の感情が、どんどん激しく燃え盛っていく。


「深雪さん、想像できますか? いつ、何の理由でキレるか分からない人間の機嫌を常に伺い、びくびくと脅えて生きなければならない者たちの気持ちを。祐馬のご機嫌取りをするために、媚びへつらって、へらへらして……理不尽な事で蹴られたり殴られたりしても、ニコニコしていなきゃいけないんだ。そうでなきゃ、ますます暴力を振るわれるから……。これはその頃、祐馬につけられたものです」


 命は服の袖をまくる。細くて華奢な二の腕が顕わになると、そこに痛々しい怪我の跡があった。皮膚の表面がごつごつと隆起し、おまけに赤黒く変色している。火傷の跡に似たそれは、腕の上部まで広がっていて、その先はさらに酷いであろうことを想像させた。


「……僕は惨めでした。何度も祐馬を殺してやりたいと思った。でも、僕にも哀れな『最下層民』たちにも、そんな能力は微塵もなかった。持って生まれたアニムスがいかに絶対か、『持たざる者』の運命がいかに過酷なものか……『持つ者』には決して理解できない。僕は徐々に死にたいと思うようになりました。この世界にも、自分にも……この世の全てに絶望していたからです。そんな時でした。自分にアニムスがあると分かったのは」


 命は言葉を切ると、立ち上がって傍にあった観葉植物へ近づいていく。そしてその葉を指先で愛しげに撫でた。


「僕には昔から、動植物と会話できる能力がありました。会話と言っても、言葉は使いません。何となく分かるんです。ああ、今この朝顔は水を欲しがっているな、とか、テントウムシや蟻の行動を操ることができたりだとか。


 ただ、最初はそれがアニムスだとは気づきませんでした。ちょっと動植物が好きな人はみな当たり前のようにできる事だと……そう思い込んでいたんです。


 僕の能力が特別なものだと気付いたのは、彼らに出会ったのがきっかけです。――おいで」


 そう言うと、命は軽く口笛を吹いた。すると、どこからともなくショッキングピンクに輝く蜂が飛んできて、命の指に止まる。深雪は思わず仰け反り、椅子から腰を浮かした。


「そいつは……!」


「大丈夫ですよ。この子は僕の命令がない限り、人を刺したりしませんから」


 命はにい、と唇を半月状に歪めて嗤った。あまりにも残忍で酷薄な笑みに、深雪は背筋がぞっと粟立つのを感じる。それは深雪の初めて目にする、命のもう一つの顔――本性だった。


「この子たちはいわゆる、突然変異というやつです。放っておいたなら、一代限りで死滅してしまっていたでしょう。僕はなんとかしてこの子たちを救いたかった。生まれつき自分の生き方が定められているこの子たちが、自分の境遇と重なって見えたからかもしれません。


 僕はこの子らとコミュニケーションを取り、彼らの個性が最も生かせるつがいと次々交配させていきました。僕にはそういったことも、何となく分かるんです。


 そして、七年の月日をかけて実験と配合を繰り返し、ついにこの究極の寄生蜂を生み出すことに成功しました。人間に寄生する、殺人寄生蜂の誕生です」


「……その蜂を加賀谷祐馬に差し向けたんだな?」 


 命はくすくすと笑いながら、首肯する。


「僕はね、『悪』って何だろうって思うんですよ。


 《東京(ここ)》には巨悪が犇めいている。今はずいぶん減ったけど、昔は当たり前のように人が死んで、ストリートも名もない死体で溢れ返っていた。街中には凶悪な殺人鬼がゴロゴロしていました。それに比べたら、祐馬のやったことなんて些細なことかもしれない。でも、巨悪が存在するからと言って、小さな悪が赦されてもいいのでしょうか? 


 ここが監獄都市という特殊な環境だからと言って、祐馬の罪が赦されるという事があってもいいのでしょうか。


 ……僕はそうは思わない。彼には罰が必要だったんです。だって、彼は罪を犯したのだから。誰かが彼を裁かなければならなかったのですよ」


「でも、寄生蜂に寄生されたのは加賀谷祐馬だけじゃなかった。どうして《メラン・プシュケー》の他のメンバーも巻き込んだんだ⁉ 彼らは、関係なかっただろ!」

 深雪は声を荒げた。


 命が寄生虫を操って《メラン・プシュケー》を襲ったのは、とどのつまり復讐だったのだろう。深雪は復讐という発想自体好きになれないし、ゾンビ化させたことも決して赦されることではないと思っているが、感情面では命の言うことも理解できる。しかし、無関係の他人を巻き込んでしまったことは明らかな間違いではないのか。


 すると命は、冷ややかに肩を竦めて言った。


「全くの無関係というわけではありませんよ。彼らは僕ら『最下層民』よりは多少強いアニムスを持っていて、祐馬もむやみやたらと殴るようなことはしなかった。しかし、だからと言って彼らが僕らを助けてくれるという事もありませんでした。それどころか、彼らは次第に祐馬と一緒になって僕ら『最下層民』を支配し、虐げ始めたんです。彼らもまた、祐馬と同じように罪を犯した――だから、罰を与えたのです」


「《ブラン・フォルミ》や《ニーズヘッグ》はどうなる? あいつらは単に巻き込まれただけの被害者だろ‼」 


「それは君が何も知らないから、そう思うんだ」

 命はやはり反省の弁などなく、馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻を鳴らして続けた。


「僕は《メラン・プシュケー》を壊滅させる計画を立てた時に、『最下層民』だけは救おうと決めていました。彼らは僕と同じ、『持たざる被害者』だったから、巻き込みたくなかった。そして、《ブラン・フォルミ》に打診したんです。『最下層民』たちを受け入れてくれないか、と。

 

 しかし、答えはノーでした。対立や抗争を嫌う《ブラン・フォルミ》は、『最下層民』を受け入れることで、祐馬率いる《メラン・プシュケー》との関係がこじれることを恐れたのです。もっと端的に言うなら、厄介ごとに巻き込まれたくなかったのでしょう。


 僕は諦めず、次に《ニーズヘッグ》と接触しました。しかしやはり、返答は《ブラン・フォルミ》と一緒だった。……ね? 彼らも決して無関係というわけではないのですよ」


「む……無茶苦茶だ……!」

 深雪は呻いた。《ニーズヘッグ》の(ヘッド)、竜ケ崎亜希が命を拒絶したのは、命を危険視したからであり、チームを守るためだ。そして結果的に、その判断は正しかった。

 しかし、もはやそれを命に説明する気にもならない。


 命はそんな深雪を嘲笑うかのように、大げさな身振りで喋り続けた。


「気持ちはよく分かります。僕も昔は祐馬に対してそう思っていました。無茶苦茶だ、どうしてそんな酷い事が平気でできるんだ、と。でも、このアニムス――《アガシオン(使い魔)》に目覚めて僕は変わった。支配される側からする側になったんです」


「命……!」


「思うに、世の中の秩序って、強者によって作り出されるものなんですよね。弱者はそれがどんなに理不尽で残酷なものであっても、大人しく従って生きるしかない。自然界でもそれは同様です。毛虫や蝶はどんなに抗っても蜘蛛や蜂には勝てない。つまり、それはゴーストとか人間とか関係ない、自然の摂理なんです。


 ……今まで僕は非力で、他人が作ったルールに渋々従って生きるしかなかった。でも、これからは僕がルールを作り、周囲を従わせることだってできる。それもまた、自然の摂理なんじゃないのかな」


 命の顔には自信が溢れていた。


 そこには、路上で鉄屑拾いをし、《ディアブロ》に脅されて委縮していた、か弱い少年の面影は微塵も残っていなかった。


 いや、元々こちらが命の本来の姿なのかもしれない。深雪は寒々しい胸の内でそう思った。少なくとも、暴力を振るわれて為すがままになっていた時の命は、演技であり偽りだったのだろう。


 何故、そんなふりをしたのか。おそらく、自分に寄生蜂を操っている犯人であるという疑いを持たれないようにするためだ。現に、深雪も最初はその事実を信じられなかった。


 しかし、今は違う。命以外に、このようなことをする者がいるなど考えられない。


「………。どうして俺に、そんな話をするんだ? 俺の事も寄生蜂に寄生させて操るのか」

 我知らず、声に警戒感が滲む。


 現段階で、命と寄生蜂の関係を把握しているのは深雪だけだ。このことは、シロにも話していない。それはつまり、深雪がこの世からいなくなれば、命の罪を暴き立てるものはいなくなる、ということだ。命がその事に気づいていない筈がない。


 しかし、深雪の予想に反し、命はそれを鼻先で笑い飛ばした。

「まさか。僕だって手当たり次第にそんな事をしているわけじゃない。この間も言ったでしょう、深雪さんには新しい秩序の要になって欲しいんですよ」


「新しい秩序の要……? 俺に加賀谷祐馬の代わりをやれという事か……⁉」


「有り体に言えば、そういう事です。深雪さんだって、好きで《死刑執行人(リーパー)》になったわけではないのでしょう? 見ていたら分かりますよ。だったら、僕と手を組みませんか? 深雪さんなら、きっと理想のチーム(ヘッド)になれますよ」


「お前はどうするんだ、命。支配する側になったんだろう? 本当はお前自身が(ヘッド)になりたいんじゃないのか」

 何故、わざわざそんな回りくどい手法をとりたがるのか。疑問をぶつけると、命はさもつまらなそうに答えた。


「生憎と、僕は権力とかそういう事には興味がないんです。僕がなりたいのは、秩序そのものだ。でも、それを判断する人間が権力者になってしまったら、祐馬の二の舞になる。ルールが個人の意思や欲望で歪んでいってしまう。――僕の役割は全体を俯瞰し、客観的に判断して裁きを下すことです。その為には、僕とは別に物事を動かす人間がいなければならないのです」


「命、お前……神にでもなったつもりか? 自分が何を言っているのか、分かってるんだろうな⁉」


 さすがに腹に据えかね、立ち上がってそう怒鳴った。しかし、命も一歩も引く様子がない。大きな目を細め、挑むようにこちらを見据えてくる。


「深雪さんこそ、どうして抗うのですか? 君だってこの《東京》の在り方にも《死刑執行人(リーパー)》である自分にも、納得していないのでしょう? おかしい、間違ってる……いくら心の中でそう思っていても、行動に起こさなければ何も変わりませんよ」


「確かにそうかもしれない……でも、もっと違ったやり方があるだろう! 俺は……命はもっと違う奴だって思ってた。いびられても卑屈にならず、明るくて……本当は強くて芯のあるやつなんだなって……!」


「フフ……力無き者が耐え忍ぶ姿を、美点だと言って喜ぶのは、強者のエゴに過ぎませんよ。僕はそれを痛いほど経験してきましたから……このままでいけない、変わらなきゃって思ったんです。君こそ、ずっとこのまま、フワフワした状態でいいんですか? 本当は何かを変えたい……そう思っているんじゃないですか?」


「ああ、思ってる。思ってるけど……だからと言って、俺は命の言いなりになるつもりもない! 命のやっていることは……やろうとしていることは、結局は加賀谷祐馬と同じだ! 自分のアニムスを振りかざして、他人を従わせようとしている。俺はそんなチームの(ヘッド)になるつもりはない‼」


「深雪さん……!」


 深雪と命は、その場で互いに睨み合う。深雪もまた、一歩も引くつもりはなかった。しかしやがて命は鼻白んだように両目から力を抜くと、低い声で吐き捨てる。


「――でも、《死刑執行人(リーパー)》だって結局は同じじゃないですか。力でより弱い者を押さえつけようとしている。むしろ、《死刑執行人(リーパー)》の存在がこの《東京》の情け容赦ない弱肉強食に拍車をかけていると言ってもいい。――完全な正義なんてないんだ。特にこの監獄都市では……!」


 深雪は首を振り、その言葉を途中で遮った。


「……命、最初に行ってたよな。『悪』って何だと思うかって。俺からしてみたら、命も十分悪だよ」


「深雪さん!」


 命は顔を歪めて叫ぶ。思い通りにならない深雪に苛立ち始めたようだ。

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