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東亰PRISON  作者: 天野地人
生ける屍編
42/752

第13話 ストリートの力学

 命の家に行ってから、数日が経った。


 やはり《メラン・プシュケー》のメンバーは見つからない。いくつか事件の情報が入るものの、最近は思い込みや勘違い、或いは噂が独り歩きした結果の偽の情報が出回り、現場に向かっても徒労に終わることが増えていた。


 その一方で、本物のゾンビ被害はどういうわけか、ぴたりと止んでいた。たまたまゾンビが他者と衝突していないだけか、それともこちらを警戒して行動を抑えているのか。理由は分からない。


 その日、深雪は午前中に流星と行動を共にした後、シロと合流して昼食をとり、午後はシロと二人だけで行動していた。


「何だか、こうも見つからないとうんざりしてくるな……。監獄都市って言っても、結構広いし。そういえば……葛飾区とか墨田区とかあんま行かないな。あと、品川の方とか」


 深雪は以前から気になっていた疑問をふと口にした。深雪たちが行動しているのは基本的に事務所のある新宿とその周辺だけだ。事件現場となった秋葉原でさえ、深雪はまだ足を踏み入れたことはない。流星によってきつく止められていたからだ。

 しかし、こうもゾンビが見つからないと、そちら側に移動してしまったのではないかという気がしてくる。もしそうなら、ここでいくら探しても意味はないのではないか。


 単純にそう思っただけなのだが、シロは思いもよらない反応を返してきた。

「うん……そっち側はね、シロたちは絶対に行っちゃいけない場所なの。行ったら、すっごく怒られるんだよ!」

 神妙な顔をして、ひそひそとそう告げるシロ。いつも無邪気なシロにしてはあり得ないほど真剣で、表情を激しく強張らせている。


「……?」

 行ってはいけないとは、どういうことか。それに、一体誰に怒られるというのだろう。

 

 首を傾げていると、深雪は突然背中に、ドスッと強い衝撃を感じた。

「でやああ!」

 次いで、気迫の籠った大声。


「うおわあっ‼」

 深雪は堪らず、前方に派手に倒れ込む。

 何事かと思ったがすぐに、背後から何者かに背中を蹴り飛ばされるたのだという事に気づいた。地面に倒れたまま背後を振り返ると、いつぞやの《ニーズヘッグ》の子鬼たち三人組が、深雪の背中に馬乗りになっている。


「ぎゃはははは! 兄ちゃん、相変わらず隙だらけだな!」

 悪ガキたちはしてやったりと、得意満面でポーズを決めている。深雪と子鬼たちの立ち位置は、そのまま正義のヒーローと、ヒーローにやっつけられたザコ敵の構図なのだった。


「お、お前らぁ……!」

 深雪は怒りを滲ませて呻くが、子鬼たちには全く通用しない。

「何やってんの? 二人でデート?」

 シロと深雪を交互に見やって、わざとらしくそんなことを聞いてくる。


「ち、違うって!」

 深雪が慌てて否定すると、シロも頷いて「シロたちねえ、ゾンビ事件を調べることになったんだよ」と、子どもたちに説明した。すると、子どもたちは目を輝かせて騒ぎ始めた。


「マジで⁉ すげーな!」

「やっぱゾンビ、ホントにいたんだ!」


 子どもたちは、数日前は確かにゾンビを怖がっていたのに、いざ本当にいると分かると何だか妙に嬉しそうだった。出会うのは恐ろしいけれど、存在はしていて欲しい――彼らのゾンビに抱いている感覚は、お化けに対するそれと全く同じなのだろう。


(そういえば……この子たちもゾンビの噂してたよな……)


 彼らのリアクションからするに、直接出会った経験はないようだが、ひょっとすると何か知っているかもしれない。深雪は駄目もとで、子供たちに向かって尋ねてみることにした。


「あのさ、《メラン・プシュケー》ってチームの奴ら、知ってるか?」

「めら……ぷしゅけ?」

「何それ?」


 しかし、子どもたちはしきりに首を捻ったり、眉根を寄せて難しい顔をするばかりだった。《メラン・プシュケー》というチーム名さえ初耳らしい。

 やはり駄目か――そう肩を落としていると、若者にしては妙に大人びた声が響く。


「……知ってるよ。最近、行方不明になったチームだよね」

 深雪が驚いて顔を上げると、《ニーズヘッグ》の(ヘッド)・竜ケ崎亜希の姿がそこにあった。彼の後ろには鬼塚銀賀、皆森静紅の二人の姿もある。


「あ、アキだ!」

 嬉しそうに声をかけるシロに微笑む亜希。一方、ピンクのモヒカン頭・銀賀は鬼のような形相をして子供たちを睨んだ。

「お前ら、勝手にうろちょろすんなって言っただろうが! 大人しくしてろ!」

「だって、それじゃつまんねーんだもん! ……な?」

「なあ!」

 子供たちは唇を尖らせ、頷き合う。


「ったく……ゾンビに食われても知らねーぞ!」

 銀賀はしかめっ面でぼやいた。見たところ、この迫力ある巨漢もこの悪ガキどもには相当に手を焼いている様子だ。しかしそれにしても、ゾンビに食われるとは穏やかではない。深雪は思わず尋ねていた。


「その……そんなに危険な状況なのか?」

「……実は私たちの間でも、ゾンビのような人影を見たっていう目撃情報がどんどん増えているの」

 クールな少女、静紅が苦々しい表情で腕組みをし、そう答える。


「まさかその正体が《メラン・プシュケー》だったなんて思わなかったけどね」

 亜希はさすがに、銀賀や静紅よりは冷静だった。

 そのニュアンスから察するに、(ヘッド)である亜希は、他のメンバーよりも《メラン・プシュケー》について詳しく知っているようだった。


「《メラン・プシュケー》って、どういうチームだったんだ?」

 深雪はこれ幸いと亜希に質問の矛先を向ける。深雪も何人かのゴーストから《メラン・プシュケー》の情報を得ていたが、内部の事情まで踏み込んだものはなく、どういう雰囲気のチームなのかよく分からなかったのだ。


 すると、亜希は「僕も直接話したことはあまりないけど」と前置きをして説明し始めた。


「《メラン・プシュケー》はとても大人しいチームだよ。他所のチームとぶつかったって話も、ほとんど聞かない。ただ……内向的な面もあるチームだったから、内情は僕たちもよく知らないんだ」


「内向的?」

「いつも仲間内だけで固まって、他のチームの人間とはあまり関係を持とうとしなかった。孤立したチームだったんだ」


「ああ……確かに、そういうチームって外から見ただけじゃ分からない部分、あるよな」

 そういった状況は、《ウロボロス》にいた時に経験がある。


 チームの性格はそれぞれみな違う。攻撃的なチームもあれば、大人しいチームもある。ただ、大人しいチームが何も問題はないかというと、もちろんそんな事はない。そういうチームに限って極度に閉鎖的だったり、メンバー間で深刻ないじめがあったり、(ヘッド)が独裁者と化していたり。内情はえぐい事になっているというケースは珍しくなかった。


 一方、深雪の相槌に亜希は若干驚いた風だった。《死刑執行人(リーパー)》である深雪がそんな事を口にするとは思っていなかったのだろう。

 だが、すぐに元の静かな表情に戻って言った。


「……そうだね。途轍もなく規律が厳しかったり、とんでもなく陰湿だったりとか、ね」


 そして、亜希は猫のような大きな瞳を、意味ありげに光らせる。知らないと口では言っているが、亜希はある程度の事情を掴んでいるように見えた。ただ、それを全て洗いざらい喋るほど、深雪を信用しているわけではないという事だろう。


 深雪自身の自覚はあまりないが、彼らにとって深雪は警戒すべき《死刑執行人(リーパー)》だ。敵対するつもりはないだろうが、慣れ合うつもりもないらしい。仕方のないこととはいえ、少し寂しい気もする。


 すると、そこに大きな怒号が響き渡った。


「目障りなんだよ、このチビ!」

「んっとに、汚ねーな! てめえなんざ、生きてる価値ねーんだよ‼」

 脅迫と嘲笑が混じり合った、不快な笑い声。顔をしかめ、何事かと声のした方向に視線をやる。すると、ごろつきの風体をした男たちが、何かを取り囲んでいたぶっていた。


 ひょろりとした、背の低い少年――命だ。


 他方のごろつきは、溶けかかった髑髏の入れ(タトゥー)を入れている。《ディアブロ》は性懲りもなく、また命にちょっかいを出しているらしい。


「お、端た金持ってんじゃねーか」

 《ディアブロ》の一人がわざとらしく、冷やかし交じりの声を上げる。そして命が大事そうに抱え込んでいた巾着をひったくって、頭上で振り回し始めた。それまで平身低頭していた命は、さすがに血相を変える。


「や、やめてください! 僕の一週間分の稼ぎなんです!」

「どーせ、ゴミ拾いで稼いだ金だろ。てめーにゃ、勿体ねえっての!」


 命は必死で財布を取り返そうとするが、如何せん《ディアブロ》のごろつきたちの体格は良く、命の頭一つ分以上も大きい。命は必死で財布を取り返そうと手を伸ばすが、無情にもその手は届かない。堪りかねてぴょんぴょんと飛び跳ね始めた命を、ごろつきたちは馬鹿にした様子で嗤い、ボールのように殴ったり蹴ってりしていたぶっている。


「何だ、あれ?」

 《ニーズヘッグ》の子ども達はそれを見て顔をしかめた。《ディアブロ》の命に対する仕打ちは弱い者いじめそのものだ。まともな感覚であれば、愉快であろう筈はない。いたずら好きの子鬼たちだが、そこら辺の感覚は思いの外きちんとしている。


「奴ら……《ディアブロ》か」

 深雪は低い声で呟いた。シロの表情も怒りに染まっている。

「ユキ、命だ。またイジメられてる!」

「……ああ。懲りないな、《ディアブロ》の奴らも」


 このままでは、命は彼の全財産である財布を奪い取られてしまう。コツコツと鉄屑拾いをして稼いだお金だ。《ディアブロ》などに、面白半分に巻き上げられるのは間違っている。


 深雪が助けに向かおうとすると、後ろから亜希たちの声が聞こえて来た。

「……それじゃ、僕たちはそろそろ行こうか」

「いいのかよ、あいつら放っておいて?」

 銀賀が不服そうな声を上げると、静紅は冷めた様子で「何、ヒーロー気取り?」と突っ込んだ。


 銀賀は《ディアブロ》たちを親指で指し示しながら反論する。

「そうじゃねーよ! 俺らの領域(テリトリー)を荒らされる前に、ああいうのは対処しといた方がいいだろ」

「その必要はないよ。ここには《死刑執行人(リーパー)》がいるんだから」

 亜希は事も無げにそう答えた。深雪は返答に詰まる。


 《ニーズヘッグ》のメンバーにとって、命と《ディアブロ》のいざこざは完全に他人事だ。触らぬ神に祟りなしとばかりにスルーしてしまうのが一番なのだろう。幼い子どももいるのだ。亜希の(ヘッド)としての判断は正しい。ただ一方で、頭ではそう分かっていても、どこかもやもやしたものを抱いてしまう。


 《ニーズヘッグ》には《ニーズヘッグ》の事情があるのは分かっている。でも、それでも亜希たちの対応は少しばかり冷淡なのではないか。命は何も悪いことはしていない。ただ見かけが弱々しいという理由だけで、一方的に暴力を振るわれているのだ。それを見て見ぬふりをし、無関心を決め込むなんて、あまりにも薄情じゃないか。そう思ってしまう。


 すると、深雪の視線の意味を敏感に察したのか、亜希はふと真顔になる。そして静かに口を開いた。


「僕たちが言うのもなんだけど……ああいうのとは、むやみやたらと関わらない方が賢明だよ」

「ああいうのって……?」

 深雪はつい弾みで問い返したが、それが《ディアブロ》の事を察しているのは明白だった。確かに危険で荒っぽい連中だ。おまけに、一度覚えた相手はいつまで忘れない執念深い部分もある。


 でも、だからと言って命を放っては置けない。――深雪はそう思っていた。


 ところが意外なことに、亜希は首を横に振ってこう付け加えた。


「弱者のように見えても、彼らもゴーストだ。……気を付けた方がいい」

「………」


 その時、『ああいうの』というのが《ディアブロ》ではなく鵜久森命の方のことを指しているのだと気付いた。


 一体どういうことなのか。深雪は混乱する。


 どこからどう見ても、命は《ディアブロ》に虐げられている弱々しい少年だ。現に今だって、手助けしないと簡単にカツアゲされてしまう。それなのに、亜希の言い方だとまるで命の方が、《ディアブロ》よりもよほど危険な存在であるかのようだ。


 確かに命の素性を全て把握しているわけではない。ゴーストであることも予想はしていたが、命が自分のアニムスをひけらかすような真似を一切しなかったため、あまり気にしていなかった。しかしそれらも、命の事を無害だと判断したゆえだ。


 一体どういう意味なのか、それとも深雪の聞き間違いか。深雪は亜希の言葉の真意を確かめようと口を開きかけるが、亜希は「それじゃ」と言って踵を返してしまう。そしてそのまま、仲間を連れて去っていってしまった。


「ユキ、どうするの?」

 深雪と共にポツンとその場に残されたシロは、戸惑った表情でそう尋ねてきた。シロも先ほどの亜希の言葉をどう受け止めていいのか分からないのだろう。


「勿論、行ってくるよ。シロはここで待ってて」

 いずれにせよ、このまま命を放置しておくわけにはいかない。深雪は気を取り直し、そう微笑んだ。

 シロに、その場で待っているようにと告げると、静かに《ディアブロ》たちに近づいていく。


 《ディアブロ》たちは命をからかうのに夢中になっていて、深雪の方には気づかない。深雪はごろつきの一人が手にしていた命の財布を、男の後ろから奪い取った。


「……あ?」

「何しやがる⁉」

 男たちはすぐに異変に気づき、怒声と共に振り返る。今にも殴り掛からんばかりの勢いだ。


 しかし、深雪がそこに立っているのを見ると、渋面を作って大人しくなった。命ももちろん、深雪にきづいた。助けに入ってくれたのだと分かり、安堵のあまりへたり込みそうになっている。


「お前ら、いい加減にしろ」

 深雪が静かに、しかし気迫を込めてそう告げると、男たちは不機嫌そうに吐き捨てる。

「何だよ……またテメエか」

「お前らこそ、またやってんのかよ。やめろって言っただろ、こういうの」

 深雪が言い返すと、さすがに我慢ならないと思ったのか、《ディアブロ》の一人が両目に怒気を込めて大声を張り上げた。


「はあ⁉ 何で俺らがお前の言うこと聞かなきゃなんねーんだよ!」

「おい、やめとけって」

「そうだよ。こいつはヤバいよ」

 慌てて男の仲間が止めに入る。しかし男は納得がいかないらしく、「けどよ……」と唇を尖らせる。


 舐められるのは癪だが、《死刑執行人(リーパー)》は敵に回したくない。ごろつきたちの中で二つの感情が渦を巻き、葛藤しているのが見て取れた。願わくば後者が勝利するようにと、深雪が心の内で念じていた時だった。


「おい、何やってんだ」


 迫力のある一喝がその場に投げられる。深雪も含め、全員がはっとし、声のした方向へと視線を集中させる。

 そこに立っていたのは、スキンヘッドのひと際大きな男だった。鋭く、凶悪さを湛えた眼光が、ぎろりとその場の面々を睨みつける。

 ごろつきたちと似たような恰好をしているが、男には腕の先が無く、傷口には包帯が巻いてあった。


「さ、坂本さん……!」

 ごろつきたちは一斉に気まずそうな表情を浮かべ、委縮する。 


(こいつ……氷のアニムスの……)


 忘れようもない。この男が《ディアブロ》の(ヘッド)だ。初めて出会ったときは自ら率先してアニムスを操り、笑いながら人命を奪っていた。とても残忍で冷酷な男だ。


 しかし目の前の坂本には、当初ほどの凄みはなかった。どことなく失った右腕を庇うような格好で、その事実を隠すためか袖も通していない。坂本は手下たちを一瞥した後、深雪に視線をとめ、不愉快そうに顔を歪ませた。


「……てめえか。赤神のところの事務所に入ったらしいな?」

「別に……関係ないだろ。これは返してもらう」

 深雪は感情を抑えた声で答え、命の財布を掲げて見せた。


「好きにしろよ。そんな浮浪者まがいのガキなんざ、どうでもいい」 

 坂本は本当に興味が無いのか、そう言って鼻を鳴らした。手下のごろつきたちも、坂本に異論はないようだ。面白くなさそうなのは一目瞭然だったが、それでも(ヘッド)の方針に逆らう気はないらしく、大人しく口を噤んでいる。


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