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東亰PRISON  作者: 天野地人
生ける屍編
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第2話 束の間の休息②

「こんなとこで何してんの?」

「……」

「何か、禁煙運動で窓際に追いやられた、サラリーマンみたいだよ」

「……」

「煙草なんて、やめればいいのに。健康に悪いし」

「………」


「あ、ひょっとして……オリヴィエに追い出されたの? それでこんなとこで一人淋しく吹かしてるんだ?」


 相手が無反応なのをいいことに、つい踏み込んだ発言をしてしまった。すると奈落は、じろりと深雪を睨み、案の定、乱暴に蹴りを入れて来る。深雪は慌ててその場を飛び退った。


「あっぶね! 何するんだよ⁉」

「追い出されたんじゃない。こっちから出てやったんだ」

「同じ事じゃん」

「っせえぞ、クソガキ」


 そして不機嫌そうな声と共に、再び蹴りが飛んでくる。だいたい奈落の行動が読めてきた深雪は、それも軽々と避けた。その結果、奈落のブーツの踵は、事務所の壁際に於いてあった空の木箱にぶち当たる。

ところが―――


 ガキン。


 そんな、何やら金属のものらしき物騒な音が響いた。足元に目をやると、奈落の踏み抜いた木箱は粉々に粉砕されてしまっている。これがもし、自分の足に当たっていたら――そう想像し、深雪は蒼白になった。


「ちょっ……何、今の音? そのブーツ何か仕込んでる? ……仕込んでるよね⁉」

「ああ? 気のせいだろ」 

「どこかだよ⁉ 気の迷いでこんな頑丈な木箱が、砕け散るわけないだろ‼」

 深雪が嚙みつくと、奈落はふっと吐き出した紫煙を深雪にかける。


「ついでにてめえの足の骨も、粉々に粉砕してやろーか?」

「そんなアフターサービス、要らないよ! っつーか煙いし、そのヤベエ足振り回すなって‼」


 深雪は奈落の蹴りを避けつつ、器用に棚からじょうろを取って、何とか台所へ逃げ戻った。

「死ぬかと思った……っていうか、じょうろ取って来るだけで命の危機を感じるって、どうなんだよ……⁉」

 ぶつくさ言いつつ、キッチンの水道でじょうろに水を入れて客間に戻った。

 すると、ちょうどそこへ流星と神狼が外出から戻ってきた。


「あー、終わった終わった! 今日はもー絶対寝るぞ、俺は‼」

 赤い髪をし、黒のライダースーツに身を包んだ男――赤神流星は、そう吐き出すと客間のソファに体をうずめる。いつもは愛嬌のあるタレ目気味の目元には、今日は疲れが色濃くにじんでいた。

 どうやら、一晩中、動き通しだったらしいと悟り、深雪は流星に声をかける。


「お疲れ、流星。何か淹れようか?」

「おー。コーヒー、ブラックで頼むわ」

「うん、分かった」


「眠い……死ぬ……!」

 流星と同じく神狼もフラフラで、客間の窓枠まで直行する。客間の窓は上下に開閉するタイプのもので、窓枠の窓台が出っ張っており、奥行きが三十センチ近くある。神狼は南端の一番日当たりのいい窓枠まで行くと、器用に体を折って嵌り込むようにそこに座り、目を閉じて眠り始めた。 


「あんな体勢でよく眠れるな……」

 深雪は驚き半分、呆れ半分で呟いた。ソファは他にも空いているのだからそこに座ればいいのに、などと思っていると、シロが教えてくれた。

「あそこは神狼の特等席なんだよ!」


 深雪には理解しがたいが、そこが神狼にとって一番落ち着く場所なのだろう。狭いスペースに丸まって眠るさまを見ていると、何だか微笑ましく思えて来る。


「何か神狼って猫みたいだよな、性格とかさ。マイペースで俺様なとことか……」


 すると、深雪の目の前の壁にスコンと小気味いい音がし、何かが突き刺さった。ぎょっとし、視線を走らせて確認すると、それは金属製の小刀――(ひょう)だった。木の葉のような形と大きさで、持ち手側にひらひらした布がついている。日本でいうところの手裏剣だろうか。 

 どちらにしろ、神狼が投擲したものに間違いなかった。深雪の発言に、気に入らないところでもあったのだろうか。

 深雪は壁に深々と突き刺さっている暗器にぞっとしつつ文句を言った。


「……‼ べ……別に悪口言ってるわけじゃないだろ!」

 攻撃されるいわれはないぞ――そう腹を立てると、神狼はぶすっとして答える。

「ウルサイ、何かムカついタ!」

「ムカついたって……それくらいで暗器、飛ばすなって」

 その程度で一々刃物を向けられたのでは、命がいくつあっても足りはしない。


(全く……猫は猫でも、ドラ猫だな)

 内心で呟くと、再びスコンと鏢が鼻先を掠めていく。

「何だよ、俺は何も言ってないぞ!」

「言わなくても、お前の考えていることくらい、分かル!」

 ちっとも可愛くないドラ猫は思う存分毛を逆立ててこちらを威嚇し倒すと、再び安らかなる眠りに落ちていったのであった。


「それにしても……今までずっとゴーストの鎮圧に当たっていたのですか?」

 鉢の手入れを終えたオリヴィエが、訝しげな表情で流星に尋ねる。流星は天井を仰ぎ、片手で眉間を揉みほぐしつつも、言葉を濁した。


「いやまあ、そっちは思いの外早く片付いたんだが、ちょっと問題が発生してな……」


「……問題?」


 深雪は嫌な予感がして、思わず聞き返す。すると、腕輪型の通信端末からウサギのマスコットが飛び出して来た。UFOキャッチャーの景品によくある、ぬいぐるみみたいな大きさと風貌だ。

「あーら。深雪っちってば、気になる?」 

「マリア……!」


 この丸っこいフォルムのウサギは、元・情報屋の乙葉マリアのアバターだ。といっても、深雪はまだ本物のマリアに会ったことはない。彼女はいつもウサギの姿でしか人前に姿を現さないからだ。

 ただ、事務所の情報収集担当であるという彼女は、ことあるごとに深雪に事務所への残留を勧めて来るのだった。


「べ、別に……気になってるってわけじゃないよ」

 また勧誘の話か。警戒した深雪は、慌てて答える。するとマリアは両手を腰に当て、からかうような調子で深雪の周囲を飛び回った。

「うふん、照れなくたっていいのに~。《死刑執行人(リーパー)》の仕事に興味を持つのはいい傾向よ。もしかして、だんだんその気になってきちゃった?」

「いや、全然」

 素っ気なく否定すると、ウサギは身をくねらせ、唇を尖らせるジェスチャーをする。


「何よぅ、ツレナイんだから。でも……いずれは決めなきゃいけない事だからね」

「マリア……」

「快~い返事、貰えるといいんだけどな~。……ま、答えを出すのはあくまで深雪っち自身だから。悩め、煩悶しろ若人よ‼ ……なんちて~!」

「……」


 マリアのその言葉で、深雪は不意に思い出した。普段、当たり前のように接している時は、うっかり忘れそうになるが、彼らはゴーストを狩ることを生業としている《死刑執行人(リーパー)》なのだ。しかも、東雲探偵事務所と言えば、この監獄都市《東京》の中でも、最も恐れられている《死刑執行人(リーパー)》の事務所なのだった。


 半月ほど前、凶悪なゴーストによる、ある連続殺人事件が起こった。その時も流星たちは、あっという間に事を収めてしまった。今では、街は事件などなかったかのように平穏を取り戻している。

 そう――少なくとも、表面上は。


 因みに《警視庁指定ゴースト第一級特別指名手配書》――《死刑執行対象者リスト》と呼ばれるサイトを除いてみると、事件を起こした少年たちの公開顔写真にはどれも『死刑執行済み』の赤いマークが押してあった。その呆気なさと冷徹さは、まるで人が死んだというより、廃棄物処理みたいだと深雪は戦慄を覚えたのだった。


(ちょっと変な奴らだけど……こうしていると普通なのに)


 だが、彼らには間違いなく、《死刑執行人(リーパー)》としてのもう一つの顔がある。そして、必要とあらば、何食わぬ顔をしてリスト対象者(獲物)を狩るのだ。深雪は、それを考えると、複雑な心境になるのだった。


(それにしても、流星の言ってた『問題』って、一体、何のことだ……?)


 マリアとの会話ですっかり聞きそびれてしまったが、流星の口ぶりだと何か良からぬ事態が発生しつつあるのではないか。

 ようやく訪れた平穏も、ここ《監獄都市》に於いては束の間の事と分かってはいたが、こうも早く新たな事件が起きると深雪もさすがに憂鬱を覚えるのだった。



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