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東亰PRISON  作者: 天野地人
監獄都市収監編
3/752

第2話 東京港

 囚人護送船よもつひらさかは東京湾を奥へと進む。そして東京ゲートブリッジの下を通ると、東京湾に入港した。

 

 その頃になると厚い雨雲は途切れ途切れになり、空には僅かな晴れ間が覗いている。

 

 《よもつひらさか》が旧東京港フェリー埠頭に接岸して間もなく、深雪達ゴーストは武装した看守によって下船を促された。護送具で繋がれたゴースト達は今のところはみな大人しく、列を作ってぞろぞろと桟橋を渡っていく。


 中には女のゴースト達も多数見られた。格好は学生から主婦と思しき私服、OLのようなスーツ姿など様々で、年齢も子供から老人まであらゆる世代がいる。おそらく男のゴーストとは別の区画に収監されていたのだろう。

(思ったより、随分いるんだな……)

 船内にいた時は暗くてよく分からなかったが、男女合わせると、数百人に上るのではないか。ゴーストの表情は様々で、怒りを浮かべている者もいれば、今にも泣きだしそうな者もいる。いずれにせよ、この状況を喜んで受け入れている者は皆無であるように見受けられた。


 とにもかくにもここをやり過ごし、東京の中に入らなければならない。そうでなければ、家族の安否を知る事もできないのだ。深雪もまた流れに身を任せ、目立つことの無いようにして大人しく歩いた。


 桟橋にはすでに、船内にいた武装看守と同じような装備を施した黒づくめの男達が目を光らせてこちらを睨んでいた。黒いアーマーの背中には、『東京警視庁』の文字が見える。同じく黒いヘッドマスクで顔を覆ったその姿は、無言であるせいか殊更に迫力があった。

 

 ゴースト認定を受けたとはいえ、《よもつひらさか》で運ばれてきた者の多くは一般人だ。みな言葉には出さないが、その黒づくめの男達を怖れ、視線を合わせないようにしているのが分かった。ここですでにこの待遇では、東京の中では一体どういう扱いをされるのか。おそらく、誰もが暗澹たる心境であることだろう。


 ところが、その時、ターミナル施設の方から思わぬ喧噪が聞こえてきた。


「うちで働きませんかー⁉」

「従業員を募集してまーす‼」


 エントランスの方から、一斉に大きな掛け声が聞こえてくる。視線を向けると、手書きの派手な看板や幟、垂れ幕がいくつも目に入った。中でも目立つのは人員募集の赤い文字だ。大勢の人間が、我も我もと大声を張り上げ、こちらに向かって手を振っている。


「何だありゃ……?」

「人員募集って……何かの勧誘か?」

 その予想外の牧歌的かつエネルギッシュな光景に、下船したゴーストはみな呆気にとられた。深雪も一瞬驚いたが、次の瞬間にはなるほど、と納得していた。


(この光景、どこかで見た事があるぞ……)


 そう、新学期によく目にする、部活動やサークルによる新入生の勧誘だ。監獄都市となった東京は《関東大外殻》という隔壁に囲まれ、外部との接触が著しく制限されている。人の流入が極力限られているため、おそらくこういった場所で人員争奪戦が繰り広げられているのだ。


「何か……聞いてたイメージと違うッスねー」

「本当……賑やかだなあ。大学や高校の入学式を思い出すよ」

深雪の後ろを歩いていた久藤と田中が思わずと言った調子で呟いた。

「な……何だよ、心配させやがって……!」

 安堵した様子の稲葉に、河原も「モロびびってたもんな、あんた」と頬を緩めながら答える。並んでいる他のゴースト達からも、どこかほっとした空気を感じた。深雪も張り詰めていた緊張の糸が一瞬緩みそうになる。


 しかしすぐに、港の端々に警視庁が待機させている部隊の存在に気づいてしまった。

(あれは……)


 警視庁ゴースト対策部 機動装甲隊。


 彼等は《よもつひらさか》の船内にいた看守たちと同じように武装していたが、装備内容は全く違う。四肢や胴体、頭部を覆う黒い装甲は分厚く、固い金属板で覆われている。

 強化外骨格(パワードスーツ)――機械装甲だ。

 その背中にも機械類が大きく張り出している。強化外骨格(パワードスーツ)を動かす為の、燃料や動力を積んでいるのだろう。手の甲は精巧な機械腕 (マニピュレーター)が覆っており、それらはまるで重機関銃のような、巨大な銃火器を握っていた。人の力では決して持ち上げられないような、大口径のものだ。


 機動装甲隊の体格は、装備している強化外骨格(パワードスーツ)を含めると、三メートル近くになる。船内の武装看守や警視庁の特殊部隊の隊員たちと比べても、一回り近くも大きい。彼らが動くたび、重々しい足音と、電子制御されたアクチュエーターの駆動音が響く。


 深雪がまだ東京にいた頃――つまり二十年前にもすでに、ゴースト鎮圧を目的とした機械装甲は警察によって投入されていた。しかし、今のそれは深雪の中の記憶にある者よりも遥かに進化し、高機能化している。

 彼らが何を目的として待機しているのか。深雪はなるだけその可能性を考えないようにした。

 このまま何も起こらなければ、きっと彼らが行動を起こすこともないだろう。深雪はそれを願いつつ、頭を覆ったフードを目深に被り直した。


 ところが深雪の願いも空しく、場の空気が一変する。



「うわあああああああああああ‼‼」 



 それはヒステリックな男の叫び声だった。列を作って移動する深雪たちの後方から聞こえてくる。


「な……何だあ⁉」

 

 河原はぎょっとしたような声を上げた。稲葉や久藤、田中も驚いて背後を振り返る。

 深雪もまた奇声の先に視線をやった。すると、後方の離れた場所で、見知らぬ少年が列を乱して暴れているのが見えた。

 灰色の学生ズボンに、紺のブレザー。赤みがかったネクタイが緩みきっているはいるものの、どこにでもいそうな、ごく普通の学生だ。

 遠目から見ても、その少年がかなりの錯乱状態に陥っていることが分かる。



「い……いやだあああ、僕が何したって言うんだ‼ 東京なんかに来たくなかった! 帰してくれぇぇ‼」


 

 少年は追い詰められたような表情でそう叫ぶと、護送具に手をかけ、無理やりそれを外しにかかった。おそらく恐怖と緊張が極限に達し、耐えられなくなってしまったのだろう。

 周囲のゴーストはみな戸惑いと不安を顔に浮かべ、少年と距離を取り、遠巻きにしてその様子を見つめている。

 すぐに待機していた警察官たちが動いた。 


「こら、静かにしなさい!」


 特殊部隊の隊員が数名、少年と距離を取りながら声をかける。肩から下げている自動小銃の引き(トリガー)に指を添えているのが見えたが、銃口は向けていない。できるだけ刺激しないようにという配慮なのだろう。

 しかし、少年の興奮は一向に収まる気配が無かった。充血した目をギラギラと異様に光らせ、口角に泡を飛ばしながら誰にともなく叫んだ。



「う、うるさい‼ 近づくな! ぼ、僕は……僕は………‼」


 

 そして次の瞬間、少年の瞳――その瞳孔の縁に、赤い光がくっきりと灯った。前屈みになった体が、ゆらりと発光し始める。


「おい……何かヤベえぞ、あれ……⁉」

 河原は上擦った声で呟いた。深雪もはっとする。少年は錯乱のあまり、異能力(アニムス)を発動させようとしているのだ。それを見てとり、今度は機動装甲隊が動き出す。機械装甲に身を包んだ警察官の一人が腕に取り付けた小型の機械を少年の方へ向けると、低い声で言った。



「……アニムス波、上昇確認。ただちに制圧する」


 

 それはサーモグラフィに似た装置だった。ゴーストの発するアニムス波を計測し、数値化する機械だ。おそらく彼が、この場の責任者(隊長)なのだろう。

 

 命令を受け、分厚い機械装甲を纏った機動装甲隊が即座に動き始めた。

 少年の近くで待機していた隊員の一人が、手に持っていた重機関銃を向け、躊躇なく引き鉄を引いた。凄まじい轟音と共に、銃口が火を噴く。弾は錯乱した少年にほぼ全弾命中した。

 少年の体は、ボーリングのピンのように吹っ飛び、そのまま地に伏した。被弾してはいるが意識はあるようで、右足が僅かに痙攣している。

 

 普通の人間であれば、間違いなく少年は即死であっただろう。だが、ゴーストは普通ではない。特にアニムス波の高いゴーストは、異常ともいえる生命力や破壊力を発揮する例が多々ある。必然的にそれを取り締まる側の装備も、より強力なものにならざるを得ないのだった。

 

 少年が倒れ込んで間もなく、別の機動装甲隊の隊員が首にスタンガンのようなものを押し当てた。少年はびくんと激しく痙攣すると、そのまま完全に意識を失い、動かなくなる。他の警察官たちは、ぐったりとした少年の体を担架に乗せ、瓦礫でも運ぶかのように淡々と人目のつかない場所へと運んでいく。

 周囲のゴースト達は、みな固唾を飲んでそれを見つめていた。港はしんと静まり返り、誰も一言も発さない。


「……う、うそ……でしょ………⁉」


 暫くして、ようやく久藤がそれだけ呟いた。

「やっぱり……とんでもないところに来ちまったんだ、俺達……‼」

 先ほどほっと一息ついたばかりの稲葉は、またしてもこの世の終わりを迎えたかのような悲痛な表情へと逆戻りになってしまった。ゴースト達の間に、静かな動揺がさざ波のように広がっていく。

 ただ、この場を取り締まる警察官たちの動きには一切の淀みがなく、彼らにとって一連の騒動が日常茶飯事であることを物語っていた。


「おい、ゴーストは全員こっちに並べ! 入監手続きを開始する‼」

 平然とゴーストの誘導を始めた警察官を見つめ、田中はひそひそと囁いた。

「だ……大丈夫、ですよ。大人しくしていれば……ねえ?」

「そ……そうだ。東京は広い。街の中に入っちまえば、警察に遭遇する確率だって減るだろ」

 そう答える河原の声にも強い緊張が滲んでいる。

(東京港がこの状態で、街の中がまともだとも思えないけどな……)

 深雪はそう思ったが、口には出さなかった。あまりプレッシャーをかけると、他にも暴れるゴーストが出るかもしれないし、稲葉などに至っては悲嘆のあまり海に飛び込んでしまうかもしれない。

 どんなに逆らおうと、もう東京のすぐ目の前まで来てしまったのだ。これ以上の騒ぎが起こったところで中へ入る時間が遅れるばかりで、いいことなど何もなかった。


 


 

 やがて行列の先にゲート――高い錆びついた鉄柵が二重に設置してあるのが見えて来た。その鉄柵を二つ潜れば、その先はいよいよ監獄都市・東京だ。ゴーストの列はその鉄柵の中へ一人ずつ、粛々と吸い込まれていく。


 すぐに深雪の番が来た。まず、一つ目の鉄柵の入り口の両側に待機している特殊部隊風の警察官が、深雪の両手と首に嵌めてある護送具を外す。そして、その片方が外した護送具の番号を確認し、「二〇五番」と読み上げた。良く通るが、無機質な声だ。すると、もう片方の警察官が深雪の肩を無造作に掴み、押し込めるようにして鉄柵の向こうへと追いやった。深雪はされるがままに大人しくそれに従う。

 

 二重の(ゲート)の間には高速道路の料金所のような窓口があり、そこにもまた別の警察官が待機していた。警察官は手元の書類に目をやり、やはり簡素な声で、

「二〇五番……雨宮深雪、だな?」

と言った。深雪は短く「はい」と答える。すると窓口の警察官は顔をひっこめ、奥の壁一面に設置してある大きな荷物棚へと向かった。この窓口の警察官は番号札に該当する荷物をそこから引っ張り出し、各ゴーストへと手渡しているのだ。


 どうやら東京に入る際には、一定の金銭や生活用品など、特定の品の持ち込みが許されているらしい。もちろん、武器や薬物、爆発物などの危険物が持ち込まれる危険性もある。厳重な審査が行われた上で、許可された物のみが持ち込みが可能なのだ。


 やがて窓口の警察官は、深雪に一枚の黒い封筒を手渡してきた。深雪は黙ってそれを受け取り、奥の鉄柵(ゲート)を潜る。その先は、ターミナル施設の入り口だった。


「あれ、それだけですか」

後ろに並んでいた田中が深雪に追いついて来てそう声をかけてきた。どうやら彼も窓口で荷物を受け取ったらしく、小さなバックパックを両腕で担いでいる。久藤や河原、稲葉といった、船で同室だった他の者達もそれぞれの持ち物を確保し、ゲートを潜り抜けて来る。

 《よもつひらさか》でゴーストを管理していた『看守』や、港を警備していた機動装甲隊の姿はない。どうやら彼らの任務はあくまで『囚人』の出迎えのみであるようだった。『監獄』の中では見張りもない代わりに、寝床や飯も無いらしい。各々、自由にやってくれということのようだ。


 稲葉や河原ら四人は一息つくと、固まってこれからの事を相談し始めた。

「やれやれ、肩が凝ったぜ。ところで……俺たちゃどうすりゃいいんだよ、これからよ」

「そっスよねー……ああいう黒い兵隊さんに始終付きまとわれるのも迷惑だけど、こういう放置プレーってのもどうなんだって感じっスよ、ホント」

「とりあえず……街の方へ行ってみましょうか」

 呻く河原と久藤に、田中がおずおずとそう提案する。すると、稲葉が他の者を手招きし、声を潜めて切り出した。

「なあ……あれだろ? この街は《関東大……》うんたらとかいう壁でざっくり仕切られてるだけなんだろう? 探せば抜け穴とかあるんじゃねえか? 外に出られる抜け穴が、よ」

「そうだよなあ。中には化け物みてえなゴーストもいるって話じゃねーか。どっかに穴の一つくらい空いてるだろ」

 河原も声を弾ませる。ところが、久藤と田中は顔を見合わせ、肩を竦めた。

「あんま期待しない方がいいっスよ~?」

「何だよ、どういう意味だ?」

 ムッとする河原に、田中は眼鏡を押し上げつつ、説明を始める。


「知らないんですか? どういう仕組みかは知りませんけど、ゴーストは《関東大外殻》を決して抜けられないんですよ。そうでなきゃ、閉じ込める意味がないでしょう? 税金の無駄遣いなんて叩かれることもありますけど、あの壁は我が国の技術を結集させた史上最高の防御壁なんです。そうでなきゃ今頃、国はゴーストで溢れ、荒廃しきっているはずですよ」

 

 田中は何故だか誇らしげに胸を張った。まるで自分がゴーストとしてこの街に収監されたことなど、忘れ去ったかのようだ。彼にはまだ、自分がゴーストであるという意識が低いのかもしれない。

 その説明を聞き、河原と稲葉は激怒した。二人して声を荒げ、田中に詰め寄る。

「ばっか野郎、それじゃ、俺たちここから永遠に出られねーじゃねーか‼」

「大体、どうやってゴーストだけを閉じ込めてるんだ? 人間は壁を通り抜けられるんだろ? あれか、《大外殻》の壁にゴースト用の虫よけみたいなのでも塗ってんのか⁉」

「そ、そこまでは知りませんよ! 僕はただ、役所の研修でそう説明されただけで……」

 

 気の弱い田中は、恰幅のいい二人の中年に怒鳴られ、再び亀のように首を縮めた。河原と稲葉はそれだけでは気が済まなかったらしく、あれこれと質問を繰り出しては田中を閉口させている。

 

 一方の深雪はそれには加わらず、手渡された黒封筒を開け、中身を確かめた。

中からは一対のキャッシュカードと通帳が出て来た。そこには、深雪の名前が印字してある。冷凍睡眠(コールド・スリープ)に入る前に、斑鳩科学研究センターに預けてあったもので、現金にして一千万が振り込まれてあるはずだった。

(……説明通りなんだな)

 斑鳩科学研究センターの白衣を纏った、不気味な研究員の、無機質な説明を思い出す。


『これは君が我々のゴースト研究に協力してくれた謝礼だ。遠慮しなくていい。最初からそう決められていたんだ。ご両親にはもっと莫大な金額の謝礼が渡されている筈だよ』

 

 ―――謝礼。

 

 別にこんなものが欲しくて研究に協力したわけではない。ただ、未来に行きさえすればゴーストを治療する方法も見つかり、すべてが元に戻るのではないかと思っただけだ。


 だが現実は、何も変わらない。それどころか、より悪くなっただけだった。


「くそっ……!」


 深雪は小さく吐き捨てた。一瞬、このカードと通帳を封筒ごと捨ててやろうかとすら思った。東京湾に、これを投げ捨ててやったら、どれだけ清々するだろうか。


 だが、深雪はそれをしなかった。これから東京の中で生き残っていかなければならない。この薄っぺらいカードと通帳が深雪の全財産であり、命綱とも言えた。失えば無一文になってしまう。感情に任せてそんな無駄なリスクを負うわけにはいかない。

 

 深雪は顔をしかめると、苦々しい思いでカードと通帳を封筒に仕舞い、乱暴にコートのポケットに突っ込む。そして街中を目指し、ターミナル施設の中へと向かって歩き始めた。


「おい、兄ちゃん! どこに行くんだよ⁉」

 深雪の動きに気づいた河原が声をかけてきた。

「あのう……あまり単独行動はとらない方がいいですよ。僕達、まだ右も左も分からないわけですし……!」

 田中の声がそれに続くが、深雪は彼らの呼び声を全て無視し、歩き続けた。



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